ネルフ本部の通路にある休憩所。
数人がたむろしているその場所に通りかかったのは、先ほどアスカと話し込んでいた少女であった。
「ねぇねぇねぇねぇねぇ」
呼びかけられて、なにかと顔を向ける。
「なに?」
「あんたさぁ、さっき、セカンドと話してなかった?」
セカンド? そんな滅多に使われない呼び方に、彼女は少なからずとまどいを見せた。
「……それがなに?」
「なに話してたか……ちょっと教えてもらいたいんだけど?」
女の子二人に、男の子一人。
そんな組み合わせと、彼らが浮かべている表情と、声音と、内容。
全てに不審なものを感じて、彼女は少々身構えた。
「でさぁ」
──シンジの部屋である。
「あんたってどう? あんたもそういうの、考える方?」
レイの頬がなぜだか赤らむ。そしてそれを見逃すアスカではなかった。
「なに考えてんのよ。えっちぃ!」
「アスカだってぇ!」
「アタシは違いますぅ」
「……ウソツキ」
「はぁ!?」
「人が横で寝てるってのにぃ、タオルケットの下でもぞもぞもぞもぞ動いてなにしてたんだかぁ?」
「あ、あ、あ、アンタねぇ!」
「……なにやってんの?」
シンジは自分の部屋で髪の引っ張り合いをしている二人に目を丸くして驚いた。
「ケンカ?」
アスカとレイは顔を見合わせ、バツも悪そうに離れた。
「そんなんじゃ……」
「ねぇ?」
なんだろうと首を傾げるシンジである。
「どうでもいいけど、二人ともどうしたの?」
「ちょっとねぇ……」
「うん。ちょっと」
やけに曖昧な話である。
「で、アスカ、さっきの話なんだけど」
「あん?」
「女の子の夢のハナシ!」
「ああ……」
アスカはレイの視線の意味に気が付いた。
シンジを巻き込もうというのだろうと。
聞いてない風を装い、冷蔵庫からジュースを取ろうとするシンジに聞こえるよう、わざとらしく説明口調で再開する。
「女の子の夢ってさ、普通はやっぱり結婚じゃない? 優しい旦那さまとかいてさ、イチャイチャイチャイチャするとこ想像するの。それで子供はこんな風に育ってって想像して」
「ふんふん」
「でさ? 理想のタイプってそういう妄想から形作ってくもんなんじゃないかって思ったのよ。そういうのに付き合ってくれそうかな? だめかな? なんだか合わないなって……」
「アスカでもそういうの考えるんだ?」
「考えてなかったから落ち込んでるのよ」
「はい?」
「だってアタシにはシンジがいるもんねぇ」
シンジは我関せずと背を向けて何かを飲んでいた。
ちっと舌打ちするアスカに、くくくと笑うレイである。
「つーまーり、アスカって先にシンジクンありきだったわけだから、将来こんな家庭を築くんだってのがないんだ?」
「ま、まあね」
なにをいうつもりだろうかと身構える。
「シンジクンとだったら、きっとこんな感じになっちゃうんだろうなと夢も希望もないと」
「誰もそんなこといってないじゃない」
「その点あたしは普通にシンジクン好きになったしねぇ? 普通にあたしの理想にぴったりだったし?」
ねぇ? っとシンジに振ろうとしたところ、ぱたんと戸を閉じる音がした。トイレの戸の音だった。
くくくくくっと腹を抱えて身をよじるアスカである。
「もう!」
「ばぁか」
「笑ってる場合じゃないと思うんだけど」
「……そうね」
素に戻る。
「勘のいい連中は気づき始めてるんだけど……みんなシンジみたいになるんじゃないかってさ」
「なんの話?」
「ATフィールドが使えるようになったりとか、シンジってみんなの一歩前走ってたじゃない? だからあれも……」
「みんなエヴァになるって?」
「そう」
「……ならないと思うけどなぁ」
「なんでそんなことわかんのよ?」
「あたしだから……ってのは?」
「はぁ?」
「だからぁ……あたしってほら。一応超古代人の生き残りっていうか、再生体っていうか」
言葉を濁したレイであったが、アスカは頓着しなかった。
今更口にしたところで意味のない話だからである。
「でもあんたの記憶って、イマイチあてにならないとこあるじゃない」
「そりゃまあそうなんだけど……でも誰も彼もエヴァになるなら、エヴァが別に作り出されたのはなんで? って話になるじゃない」
「アンタたちをレベルアップさせれば済む話だから?」
「そう」
「確かに……って昔はそうだったんでしょうけどねぇ」
「はい?」
「リツコさんの話だと、あんたみたいな『内蔵系』と、エヴァみたいな『外装系』は、同じ物を途中で分化させて生成したんじゃないかってことなのよね。その末裔である人類なら、エヴァンゲリオン化していくこともあるんじゃないかって」
「化け物になっていくって?」
「乱暴な話だけど、狼男とかって、そういう先祖返りを起こした人たちのことなんじゃないかって」
「でも……」
それでも否定しようとするレイに、アスカは自分もと口にした。
「そういうのになっちゃったらしいのよね、あたし」
「アスカが?」
「うん……あたしは覚えてないんだけど、エヴァっぽいのになったって」
「ふぅん……」
どういう状態なんだろうと思うが想像が付かない。
「シンジクンは知ってる?」
トイレから出てきたシンジにレイは訊ねた。
「アスカがエヴァっぽいのになったって……見た?」
「うん……見た。っていうか、リツコさんに頼めば見せてもらえるんじゃないかな? 記録映像」
「どんな感じだったの?」
「リツコさんはATフィールドの塊じゃないかっていってた」
「ATフィールドが物質化したとか?」
「ううん……もっと難しいこといってたな」
「覚えてる?」
「ちょっと待って……」
シンジは必死に思い出そうとした。
「確か……一時的にアスカって存在が五次元以上……少なくとも三次元+時間一次元の四次元より上の世界に飛んじゃって、その影みたいなのが巨人の形になって見えてたんじゃないかってさ。二次元の……紙の上に落ちてる人の影みたいに、三次元の世界にアスカの影が落ちて、ああいう風に見えたんじゃないかって、そんなこといってた」
「ふぅん……じゃあシンジクンとはまた違うんだ?」
「僕のはあくまでこの世界での変質なんだってさ。物質変換とかなんとかいってた」
「でもあたしはシンジクンの中で宇宙みたいなのが広がってるとこに出たけどなぁ」
「そんなのは僕にもわかんないよ」
「なんであんたにわかんないのよ? あんたのことじゃない」
「僕だってはっきりしたことはわかんないよ……なんとなくできるとかできないとか、その時に思っちゃうだけだし」
「はぁ!? なによそれ……」
いつだってそうだよと、シンジは珍しく打ち明けた。
「前からだよ。そういう気になって、やれちゃうんだよね。ま、きっとやれるだろうなとかってさ」
「それって……調子乗ってんじゃないの?」
「そうかなぁ?」
「そういう風にも見えるけど? ねぇ?」
「ははは……」
曖昧に笑うレイである。
「まあ……力って認識次第なんだから、逆の影響だってあるのかもしれないし」
はぁ? そういいかけて、アスカはちょっとだけ考えてみた。
「そっか……そういうこともあるか」
「うん。壁があってね? 飛べるか飛べないか、飛べそうだなとか、あるじゃない? 認識的にはそんなレベルなんじゃないかなぁ?」
「案外難しい話じゃないのよね……エヴァがらみってさ」
「なぁんだ、そんな程度の話なんだ? ってのが多いもんねぇ」
「でしょ? 小難しい理屈はないはずなんだけど」
むぅんと唸る。そんなアスカに、レイはどうしたのかと声を掛けた。
「なに唸ってるの?」
「……どうしてエヴァが使えなくなっちゃったのかなぁっておもってさ」
「惜しかった? やっぱり」
「そうじゃ……ないんだけどねぇ」
「はい?」
レイはどうして恨めしげに見られるのかわからなかった。だがアスカにも恨むのは筋違いだという思いがあったからそれでよかったのかもしれない。
(このままじゃ、あたしって部外者になっちゃうのよね)
例えばリタイヤしたトウジのように。
ヒカリのように。
シンジを中心とした流れがあって、ついていくためには少なくともミサトやリツコ程度の立場が必要になる。
セカンドチルドレンの立場をなくした自分はもう、お払い箱と口にされても仕方がない立場なのだ。
アスカはもう十分に、そのことについて理解していた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。