──しかし、オペレーターたちの心配は、決して大げさすぎるものなどではなかった。
「現実的にはナンバーズが封印したという使徒らしき怪生物のことがあるわけですが……」
 いつしかリツコとゲイツの二人は、紫煙をくゆらせながら話し込んでしまっていた。
「使徒……ですか」
「わたしはそう聞いていますが?」
「でもあれが使徒なのかどうなのか、わたしには判別がつきませんわ」
 なにしろデータがないのだと彼女は明かした。
「隠しているわけではないのですが、今までのこともあって、誰も信じてくれませんの」
 ゲイツはそれもまた学者のいぎたなさだと笑った。
「大事な研究成果を他人に軽々しく明かすことができない……。同様に貴重なデータもね」
「あなたはここには最近?」
「ですよ。だから驚いています。あまりにもオープンで」
 でしょうねと微笑する。
「ここは能力保有者たちが暮らす施設の中でも、総本山ともくされている場所ですよ? その能力についても種類は多様です。どこに目が、耳があるとも限りません。電子関係については信用するだけ無駄ですしね」
「だからますますわからなくなる」
 おっとと携帯灰皿に灰を落とす。
「普通の人間は、どこで見られているか……覗かれているかわからないとなれば、警戒しすぎて神経をやられてしまうものなんじゃありませんか?」
「秘密を持てないから……ですか?」
「というよりも、人間誰しも人には知られたくない性癖というものがあるのでは? 時にはパスケースに写真をしのばせるような純真な感情もあるでしょう。その全てがどのような人間に暴かれ、口にされているかわからないとなれば、そうそう耐えられるものではないでしょう?」
「……それについては」
 どうもと灰皿を借りるリツコである。
「面白いデータがありますわ」
「とおっしゃいますと?」
「……『力』の発現結果が深層意識のなにかに関わりがあるというのなら、精神異常者ほど強力な『適格者』はいないのではないでしょうか?」
「例えば身体能力に問題がある非健常者や、思考に破綻の見られる異常性癖者などですか?」
「そうです。そのような人間であるほど、このようであったなら……という願いがより具体的なのではないでしょうか? 欲求や欲望もです。さらにいえば、生まれつき脳に異常が見られるような人間は、しばしば常識外の能力を示すことがあります。彼らなら」
「より『発展的』に使用するだろうと? あるいは積極的に」
「そうです。……ところがここに矛盾が生まれるわけです。先ほどセカンドチルドレンのことを口にしましたが、具体的すぎる思考は逆にエヴァの発現を阻害します」
「確かに……」
「矛盾……そう、矛盾なのです。子供が理屈抜きに解を導き出すことがあるように、エヴァは不必要であると願っている者にほど、より強大な力となって現れます」
「不思議なことです……しかしそうでありながら、決して無欲というわけでもない」
「欲がなければ形にはなりませんから」
「そのバランスについても考察が必要になりますか」
「ですがこの前提がもう適当な話に過ぎないのですから」
 苦笑する。
「事象や現象として確認できている……というだけで、見える範囲で考えてしまうのは、やはり誤りではありますでしょう?」
「その通りです。しかしながら此度の実験については、彼は明確な目的があって望むのでは?」
「それは……」
「ですが能力的にはどのような能力が必要になるのか、まったくわかっていないときている」
「…………」
「その辺りに先ほどの答えがあるような気はしますが」
 なるほどとリツコはタバコの火を指でこすり消した。先ほど飲んでいたコーヒーのカップに捨ててしまう。
「欲求と、手段ではなく。目的と、手法。そうなるわけですね」
「そうなりますか……まあ、それもわたしの私見ではありますが」
「それもわたしの見解だけを基準にした?」
「そうなりますね」
 時計を確認して立ち上がる。
「結局はこういうことです。あなたがたネルフ上層部が発表するものには、検察や考察といったものが欠けているんですよ。どのような発表であろうとも、そこには疑問の差し込まれる余地があるはずですよね? それが検証によって晴らされていくという過程があって、我々は初めてわかりましたと納得することができるわけです。ところが現実としては、我々は鵜呑みにして、我慢することしかできないわけです」
「その不信感が……反対意見に成り代わっているのだと?」
「信じさせていただきたいものですね。でなければとても共同研究者……協力者とはなりきれない」
 それはもちろんそうだろうなとリツコは感じた。
 なぜなら自分が、自分の上司である総責任者の考えることに、疑問を感じていたからである。




「来たね」
 唸るような音が空から降る。
 それは旅客機が降り立ってくる時に発する独特の音だった。
 この日、渚カヲルは旧厚木基地にまで出向いていた。
 目的はドイツからの新しいメンバーを迎えいれるためである。
 先日のことで、ゴリアテが拘束されてしまった。本部は当然のごとくドイツ支部に対して不信感を表明している。
 これに対して、ドイツはゴリアテへの処罰を決定したのである。彼らはゴリアテの代わりとして送り込まれてきた『補充戦力』であった。
(なにをもくろんでいるのやら)
 最大戦力であるサードチルドレンが消えたなら? セカンドチルドレンも不調の現在、本部にはつけいる隙などいくらでもあるだろう……とでも考えているのだろうか?
(力による恐怖支配が通用するのは、力による支配が行われている政治世界のみなんだけどねぇ)
 それをするには、日本はあまりにも平和すぎた。
 力による恐怖を植え付けたところで、従順な姿勢は見せないだろう。逆に価値観の違いを知らしめられることになる。
(独裁……というものを知らないからだろうか? たった一人の人間が巨大な権力を持って支配権を行使する。そのような映像(ビジョン)を持っていないからかもしれないね)
 一人の意見に従わなかったからといって、どれほどのことになるというのか?
 誰かに逆らったからといって処刑される? 日本人はそのような発想を抱いてはいないのだ。それがカヲルの見識だった。
 日本人はグループで固まりこそすれ、決して一人のリーダーを選んだりはしないのである。固まった派閥の中から、不可思議な協調精神によって同調できる意見を取る。
 そのような人種であると考えていた。
「問題は僕がどちらの側に見られているかということだけど」
 それもドイツと本部の両方にと思うと気が重い。
 彼は厚木の広い敷地をガラス越しに一望した。
 昔は基地であったらしいこの空港は、現在は厚木国際空港と名を改められている。旅客機は翼を休めているものも合わせて、数十機の姿が確認できた。
 旧空港のほとんどはセカンドインパクトに伴う地殻変動によって破壊されてしまっている。内陸部にあったこの基地は、比較的損傷が少なかったということで、避難民などへの補給物資や配給品の輸送のためにと、一時民間にも開放されていた。
 この流れをそのままに、国際空港として使用することになったものである。


「ドイツ支部も慌ただしいな」
 コウゾウである。
「ゴリアテ……レイの同類か。その代わりとなる戦力を寄越すから返せとは。よほど大事だと思える」
 ふんと鼻を鳴らすゲンドウである。
「メンバーは各方面のスペシャリストだということだ。つまらん」
 苦笑するコウゾウである。
「各部署を押さえるつもりなのだろうさ。こちらの首根っこを押さえるつもりなんだろう」
 尊敬を集めることができれば、自然とリーダーとして認められることになる。
 遠回しだが、穏便に影響力を得る方法としては、実に穏当な手段だった。
「だが勘違いしているな」
「ああ……やつらは日本の伝統を知らんからな」
 年功序列といったような、くだらない因習の話である。
「どれだけ正論を吐く実力者であろうとも、その者に従うことで反旗を翻したとみなされてはたまらない。サラリーマンだからな。多くは」
「それはそれで問題があるだろうが……」
「だが真実だ。そして『うち』のナンバーズは、それほど単純ではない」
 コウゾウはぴくりと片眉を上げた。
 うちといったような表現をすることが珍しかったからだった。ゲンドウは基本的にネルフは妻のためにいるだけの場所に過ぎないと考えている。だからこそ自分の物のような言い方はしない。
(少しは愛着を持っているということか)
 笑ってしまう。
「やつらはどうするかな……」
「ナンバーズの中にもシンジたちに対して不信感を募らせている者たちがいる。接触するだろうな」
「戦争になるか」
「闘争だよ。お前には懐かしいだろう?」
「俺はそこまで年寄りではないよ」
 学生運動など経験していないと、わざとらしく憤慨してみせるコウゾウであった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。