「恋人を助けようというのに、この世への未練として愛人を作っていけとは」
「どうしてそういう論理のおかしさがわかんないのよ!」
「わかんないって」
 用は終わったとばかりに追い出されてしまった三人である。
「けれど、あの人の言うことにも一理あるね」
「なによ、あんたまで」
「未練は必要だということさ。未練があるから死にたくないと考える。そういうことだろ?」
「そっか……」
「そうさ。そういう意味合いにおいては、シンジ君は生きることに対する興味が希薄なんじゃないのかな?」
「わかんないよ……」
「普通、僕たちくらいの歳なら、好きだと言ってくれる子が二人もいたなら、二人共に手を出して破滅しているものだろう? ってことさ」
「真顔でそういうの薦めないでよ」
「薦めてはいないよ」
「吹き込むなっての!」
「僕としては同じことだと思っているだけさ」
「はぁ?」
「誰かと将来の約束をして、過去を清算する旅に出ることも、今の状態に嫌気が差して、昔の人とやり直したいと考えることも」
「……それで面倒くささからそのまま、って逃げようとか思わないってなんで言えるのよ?」
「そっか……そういう選択もあるね。どうする?」
「だからそういう選択ばっかり振らないでよ」
「でも君の問題だからねぇ……」
「じゃあシンジ。アンタこいつと決闘の約束でもしておきなさいよ」
「はぁ!? なんでそうなるんだよ」
「アンタばかぁ!? あんた仮にもアタシのカレシでしょうが! だったら怪しい関係っぽい奴にはかみつくぐらいのことしてみなさいよ!」
「……いつから僕、アスカのカレシになったんだろう?」
「それはこの世の謎とか秘密とかってものだろうねぇ」
「あんたらねぇ……」
 拳をブルブルと震わせるアスカである。
「特にシンジ! 今更んなこと言ってんじゃないっての!」
「いやでもちょっと前にも言ってたじゃないか……」
「なんのことだい?」
「ええと……コダマさんを助けられたとしてもどうするのかとかさ。ほら、一応付き合ってたし、コダマさんは僕のために消えちゃったわけだしさ」
「そうだねぇ……もしそのコダマさんがその時のままだったとしたら、どうしてだってくってかかるかもしれないねぇ。自分の気持ちを無下にしたのかって」
「でもうれしくないから」
「それは伝えるべきだろうけど、修羅場にはなるね」
 ああ……見えるようだよとカヲルは大げさに振る舞った。
「必死になだめようとするシンジ君が、その人の情愛にほだされて、やっぱり付き合うことにしたよと惣流さんに断りを入れに行く姿がね?」
「あんた……」
「それはもう幸せいっぱいに肩なんて抱いてね? そして惣流さんは愕然として真っ白に燃え尽き……」
「それ以上言うなぁー!」
 今度こそ拳を振り上げたアスカであったが……不発に終わった。
「シンジクーン!」
「きゃあ!」
 横合いから走ってきたレイにどんっと突き飛ばされたのである。
「れ、レイ!? どうしたのさ?」
「え? 聞いてない?」
「うん」
 ちょっと……とアスカは足下から声を発した。
 シンジの首にかじりついてごろごろと甘えるレイに、グリグリと頭を踏みつけられたりしているからである。


「あんた覚えてなさいよ?」
「えー? なにがー?」
 いやみったらしく耳に手を当てて聞き返す。
「あたしなんかしたっけー?」
「くっ、あんたねぇ!」
「まあまあ……」
「アンタも! 彼女がやられてんだからキチッとねぇ!」
「ちょっと! 誰が彼女よ誰が!」
「アタシに決まってんじゃない!」
「いつ決まったのよ!」
「さっきおじさまに報告に行って承諾してもらったもんねぇ……そいつが証人ね!」
 僕を巻き込まないでくれないかいとはカヲルの弁である。
「なるほど……これがシンジ君の味わっている苦労というものか」
「はは……」
「当事者にはなりたくない……というものだと初めてわかったよ。僕は気を付けることにするよ」
「……普通、こんなにキツイのが二人も見つかったりしないと思うよ?」
 そんなシンジの言葉に対して、いつもの地獄耳すら忘れるほど言い争っている二人である。
「とにかく抱きつくの禁止! 甘えるのも禁止!」
「なんでアスカに禁止されなくちゃいけないのよ!」
「決まってんじゃん! あたしがシンジの彼女だからよ!」
「そんなのアスカが勝手に言ってるだけでしょう!?」
「……なんだかなぁ」
「なんだい?」
「いや……ああいうとこわかんないなって思ってさ」
 逃げようと足を速めるのだが、言い争いながらもきっちりと後をついてくる。
 シンジは恥ずかしいなぁと思いながらカヲルに打ち明けた。
「たまにね……暗い話とかするんだ。将来はどうすればいいんだろうとか」
「それが暗い話なのかい?」
「だってさぁ……アスカっていまだに昔のことで悔やんでるとかいうんだよ? それで謝りたいとかなんとかさ」
「ちょっとだけ聞いたことがあるよ。許してあげないのかい?」
「許すもなにも……もう昔のことじゃないか」
「ふむ……」
「だからいまだにぐだぐだ言われてもどうすればいいんだかわかんないんだよ」
「惣流さんはどうするつもりなのかな?」
「僕に付けた傷が癒えるのを見守るとかなんとか……そのためには結婚するのが一番だなとか」
「それもまた極論だねぇ……」
「そうなの?」
「見守るだけなら、別に一緒になる必要なんてないさ。忠告をしてあげたり、愚痴を聞いてあげる友達でありさえすればそれでいい。ただ……自分の幸せを考えると、それは難しいことだろうね」
「そうなのかなぁ……」
「だって、忠告をするためには、それだけの経験を積まなくてはならないんだよ? 思慮深くもならなくてはならない。自制心も必要だ。その上で自分を犠牲にしなくてはならない。なぜなら自分のことよりも優先してあげなくてはならないからだ。ここまでくると、よほどの気持ちがなければ苦痛になっていくだけだよ。違うかい?」
「そんなものか……」
「そうだよ? でも惣流さんの場合は、君のことが好きで、君との楽しい時を取り戻したいというのが願いなんだから、付き合う、あるいは将来を共にする、というのは、あながち悪い選択ではないんだろうね」
「僕にそのつもりがなくても?」
「君がそのつもりになれば解決するよ?」
「そっか……」
「ただ綾波さんが納得するかどうかは別問題だけどね」
 そこの角を曲がったら走ろう……と囁くカヲルである。
 もちろんシンジは……頷いた。




「あれがお兄様だなんて……」
 少女はテーブルの上に置いた拳を震わせた。
 背後の四人にはかける言葉もない。どだいレイから逃げおおせることなど不可能なのだ。彼女は未来を見ることができるのだから、先回りをすることなど苦のないことである。
 本部内を追い回されたあげくに捕まって、シンジを逃がそうとしたと締め上げられた。実際には胸ぐらをつかみあげられて罵声を浴びせかけられ、弱り果てた姿をさらしただけであったのだが、それでもアネッサにとっては、とても容認できない姿ではあった。
「し……しかし、惣流・アスカとカヲルさまの関係を考慮すれば、仲のよろしいことは」
 アネッサは彼を睨みつけた。
「本気で言っているのですか?」
 ううっとあえいだ同僚に、別の少年が馬鹿とつぶやき、フォローした。
「もちろん、彼も本気で言っているわけではありません。しかしながらラングレーとの関係は考えの内に入れねばなりますまい」
「ふん……?」
「失礼ながらラングレーのご息女にしては町の民としてのかしましさが目立ちます。とても高貴な立ち居振る舞いをご存じであるとは思えません。ならばフェーサーにとってはふさわしくない方であるのだと知らしめることも必要なのでは?」
「わざと付き合っていると?」
「そうすることで破談になるよう仕向けておいでなのかもしれません」
 彼は無難にもそう答えておいた。まさか本当は楽しんでいらっしゃるのでしょうとはとても言えない。
 (あるじ)であるこの少女が、義理の兄に対してどんな感情を抱いているのか、知らないわけではないからだ。
(時間が必要なのはこっちの方なんだけどな……)
 さきほどの芝居がかった口調とは違う、雑な言葉で考える。
(わかってはいるんだろうけど……。カヲル様はあくまで道具。僕たちと同じ。そんな者との関係なんて、誰も認めてくれはしないってこと)
 そしてラングレーとは違うと言うこと。
 女系一族であるラングレーと違い、フェーサーは男児を跡継ぎに選ぶ。
 ラングレーとの同盟を結ぶためにカヲルを差しだそうとしているように、この少女もいつかはどこかに預けられてしまう。
 そのことがわかっているからこそ……つかの間の恋心にこだわっているのだろうかと、その少年は考えた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。