「キャンプねぇ……」
しかしもちろん、今は色々と状況が悪く、無断でというわけにはいかないのが実情だった。
第一に、芦ノ湖のキャンプ場に予約を取るにも保護者の許可がいる。
その許可を出すのは、本来彼女──ミサトの役目だった。
「まあ多分大丈夫でしょ。リツコに頼んで司令に話を通してもらえば?」
「そんな簡単にOKって出るの?」
実に不審げなアスカである。
「芦ノ湖くらいなら大丈夫でしょ。ネルフの監視網の範囲内だし」
「監視網ねぇ……」
「保安部にもお願いしなくちゃなんないかもね。人さらいは嫌でしょう?」
「あたしたちをつかまえて売りさばこうなんて連中がいるの?」
「そりゃいるわよ……。国連とか研究所とか大学以外の民間にだって、ネットを通じてあなたたちのことはできるかぎり情報公開しているけどね? それを信じない人たちだっているのよ」
「たとえば?」
「核爆発みたいなのを起こせるチルドレンの存在だとか」
「いるの?」
「あんたができたでしょうが。シンジ君だって」
「そっか……」
「ただねぇ……力の大きさは発想力によるものでしょう? それは感情とも繋がってくるけど、暴力的な破壊衝動ってのは、それだけ無形の衝撃波として現出しやすいものなのよね」
「だから?」
「制御が利かないってことよ」
「そうなの?」
「そういうものなのよ……。逆に制御ができたとしても、それは理性によって歯止めがかかるわ。あなたたちの力はあなたたちの理性や道徳心に支配されてる。だから使えといわれても『どうして?』と疑問に思ったり嫌だと感じたりすると発現しない。そういうものでしょ? だけどさらおうって連中は、それが制御できるものだと思ってるのよ」
「だけどさぁ……催眠術とかは? 洗脳ってのは無理でも、使わせることはできるんじゃない?」
「……よほどうまくいけばできるでしょうけど」
「ん?」
「催眠術は深層心理までは操作できないわ。となれば表層心理への条件付けがやり方になってくるんだけどね、表層的な意識は深層的なものを揺るがすことはできない。当然、力の源となっているものへのアクセスはできない」
それはあなたで確かめればはっきりすることだけどね──とミサトは語った。
「催眠術で使用させられるってんなら、力を封じてしまっているあなたのことだってなんとかできるはずよ?」
「でも……あたしの場合は」
「なくなった……とはあたしは思ってないわ」
「そうだったらいいんだけど……」
どうなんだろうと、左手でほおづえをついて、広げた右手を見つめるアスカに、ミサトはわずかに目を細めた。
●
──晴天。
「暑すぎるくらいだね……」
「陽炎がたってるよ……」
シンジとカヲルは駅前のロータリーで人を待ち受けていた。
もちろんビルの影の中にはいるのだが……直射日光がなければ汗が乾くことはない。蒸れて気持ち悪くなるだけだった。
「……惣流さんと綾波さんは?」
「準備がどうのこうのってうるさいから置いてきた」
「大丈夫なのかい?」
「走ってくるでしょ? ……たぶんだけどね」
「そういう意味じゃないんだけどね……」
そういってカヲルが肩をすくめると、すぐ傍の空間が急にゆらいで渦巻いた。
「きゃあ!」
風が弾けるように散った。風が運んできたものは、レイとアスカの二人であった。
「もう! あんたねぇ、もうちょっとうまくできないの!?」
「アスカが無理やりくっついてきたんじゃない!」
「あたし一人だけ遅刻させる気ぃ!?」
あ〜あとカヲルは再び肩をすくめた。
シンジも苦笑いをして肩をすくめる。
「二人とも」
「あ────!」
アスカは持っていたバッグを投げつけた。
「うわ!」
「あんたなに勝手に先行ってんのよ!」
ナマイキに受け止めたりするなと怒りながら、シンジからバッグを奪い返す。
キャミソール風の白と赤のストライプシャツに、ジーンズとスニーカー。頭にはオレンジ色のサンバイザーをかぶっていた。レイも似たようなもので、帆船の描かれた白シャツに野球帽をかぶっている。
「…………」
「なによ?」
「なに? それ」
「ふふん。いいでしょ?」
アスカはこれと言ってサンバイザーを押さえた。
「買ったの。ミサトからだけどねぇ……セカンドインパクト前のものなんだってさ」
「へぇ……」
シンジが知っているサンバイザーとは、帽子のつばだけのようなものだったが、それはつばの部分が透明のプラスチックでできていた。
「骨董品なんだ」
「って誤魔化されないからね」
だから大丈夫なのかと訊ねたのさ……とはカヲルだった。
「恨まれるとは思わなかったのかい?」
「なんで? 自分たちが悪いんじゃないか……」
「付き合い……というものさ。こういう時は一緒に遅れてあげるものだよ」
「僕がいたらいたでよけいもめるだけだよ」
へぇっとカヲルは驚いたような顔をした。
「そういう自覚はあるんだねぇ……」
「……変な関心のしかたしないでよ」
そっとため息を吐いたシンジである。その時だった。
ロータリーにあまりにも不釣り合いな車が入ってきたのは。
「来たね」
それはアネッサたちの乗る黒塗りの車であった。
防弾ガラスなのか、ただのスモークガラスだというにはくすんでいた。だから中は見えないのだが、他に誰が乗っているとも疑いもせずに、カヲルは後部座席のドア側へと立って、軽く頭を下げて見せた。
「お待ちしておりました」
ドアが開く。果たして顔を見せたのはアネッサだったが、その顔は非常に嫌そうな感じに歪められていた。
「いい加減になさったら? お兄様」
つんとして降りる。
「それ以上は嫌味になりましてよ?」
「それでもこのような場所では、どこにどんな目があるかはわからないからね?」
「今更……お兄様が形だけの、上辺だけのものを取り繕っていることなど、誰でも知っていることでしょうに」
「それでも表立っては噂されていないだろう? だけど人目に付く場所での醜聞となると、話は別ということになるんだよ。誰も彼もが僕の耳に入るように嫌味として語るようになる。それは勘弁して欲しいからね」
「それこそ今更ですわ」
肩越しに睨む。
「お兄様の評判など、地に落ちておりますもの」
「それはそれは、情けない話だねぇ」
まったくと前に向き直ったときには、これ以上とない上品な笑顔を作り上げていた。
「遅れてまして」
「大丈夫よ。あたしたちも今来たとこだから」
「まあ! それではわたしが時間通りに来ておりましたら、どうしてくださるおつもりでしたの?」
「あんた社交辞令って言葉知ってる?」
「もちろんですわ」
「…………」
「…………」
「うう……シンちゃんパス」
「僕だってあの間に入るのヤダよ」
微妙な緊張感を孕んで不敵ににらみ合うアスカとアネッサであった。
「ふん」
そうして数秒、先に折れたのはアスカだった。かわいげのない折れ方ではあったが。
「にしてもなによ? その恰好は」
「変でしょうか?」
白のノースリーブのワンピースに、サンダルである。これで帽子と傘があれば完璧なお嬢様であったが……。
「これを」
四人の腰巾着の内の一人が同じ車から降りてきて、手渡した。
「ありがとう」
にっこりと上品に微笑み、礼を言う。
「あんたねぇ……」
アスカはひくつくこめかみを指で押さえた。
「……まあ、行きゃあわかるわ。行けばね」
ふっふっふっと悦に笑う。
しかし甘いのがどちらであるのか、思い知ることになったのはアスカであった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。