「反則よぉ……」
 アスカは呆然とその建物を見上げてしまった。
 向かった先のキャンプ地には、立派なログハウスが組み上げられていた。
「ヨーロッパで流行っているというものらしいですわ。丸太に見えるものは軽プラスチック製で、床の下には水とガスのタンクがありますの。予約を申し込めばこの通りに出張して組み立てておいてくれますのよ?」
 もちろんアフタサービスも完備している。
「それでテントはいらないと言ったのかい?」
「はい」
「でもこの中にみんなは狭いんじゃないのかい?」
「あら? キャンプではこの程度の小屋の中で窮屈な思いをして眠るのものだと耳にしておりましたが……違いましたか?」
「うーん……」
 確かにそういうものだった気も……と弱気である。
「ちっ、シンジ!」
「はいはい」
「こっちは王道で行くからね!」
「はいはい」
 諦めて大荷物を広げ始める。
「ええいこのヤブ蚊が! ヤブ蚊が!」
 アスカは殺虫剤を手に大忙しになった。
 ……シンジ達が取れた場所は、湖からわずかに林の中に入った場所であった。林といってもキャンプ場として整備されている林である。茂みというものはないし、草木もまばらで、地面は踏み固められていた。
 以前の利用者が作ったらしいかまどは、まだススがしっかりとはりついていた。そこを基点にそれぞれの荷物を放り出していたのだが、一際大きな荷物の上に、ぐでっとした状態でレイがのびてへたばっていた。
「大丈夫?」
「うう……アスカ酷いよぉ……」
 レイが下にしているものはテントであった。ここに到着してから自宅に『力』で跳んで持ってこいと命令されてしまったのだ。
「なぁによぉ? 文句あるわけ?」
「最初っから持ってきておけばよかったじゃない」
「嫌よ。なんで汗だくになってこんなの運ばなくちゃなんないわけ? 好いじゃない。便利な力があるんだし」
「うう……。でも情緒ってものが」
「はぁ!?」
「足りないものを家に取りに帰るキャンプって、キャンプって感じじゃないっていうか……っていうか、これじゃあなんのために電車に乗ったんだか」
「キャンプって感じを満喫するためでしょう? あたしは堪能できたけど?」
「あたしはぁ?」
「無視!」
「うう……こういうのって何プレイっていうんだろ?」
 もそもそと降りて、シンジに荷物を譲り渡す。
「シンちゃんあとよろしく……」
「いいけどね……じゃあ泳いでくれば?」
 ぴんっとレイの髪からネコミミが生えて立ち上がる。
「こっちは僕がやっとくから」
「手伝うよ」
「ありがとう……えっと、アイン君」
「ああ……お嬢様も」
「わたくしにあのような『池』で泳げと?」
「ウィッチがおります。ウィッチ、水の浄化を」
「わかった」
 さあとカヲルに促されてログハウスに消える。レイとアスカは頼るつもりがないのか、キャンプ場が設けている脱衣所へと向かった。コンクリートの箱であるが、一応シャワーも完備されている。
 ……水道水が降ってくるだけだが。
「ふぅ……やれやれだねぇ」
「大変なんだ?」
 カヲルはその通りなんだよと冗談めかして口にした。
「アネッサには悪い癖があってね……楽しいと感じるときほど皮肉を吐くんだよ。そうやって相手の反応を楽しむんだけど」
「なにさ?」
「大抵の人間は、気分を概して帰ってしまう」
「……そうなんだ」
「これを切っ掛けに、少しは友達との交遊というものを知ってくれれば好いんだけど……なんだい?」
「いえ……」
 アインはそれで誤魔化そうとしたが、カヲルにくわえてシンジにまで目を向けられて、白状することにした。
「仮にもご家族のことです。よろしいのですか?」
「ああ……はっきり言ってしまえばシンジ君には関係のない話だろう? これはアネッサとアネッサを案じる僕の問題だ」
「ですが……」
「じゃあこう言い直そうか? それで可愛そうだなんて思って気を遣うシンジ君じゃないよ。ね?」
「……そんなに冷たいかなぁ、僕って」
「自覚がなかったのかい? 他人のことだし、好きにすればいい……そう、関わってこない限りは。そういうスタンスを保っているんだとばかり思っていたけど?」
「そういえばそうかな? っていうかさ、面倒なんだよね。別に僕には関係のないことだし」
「というわけさ」
 向き直る。
「どう間違ってもアネッサとシンジ君の人生が交わり合ったり絡み合ったりしていくということはないんだよ。今度のように交差することはあったとしてもね? アネッサもシンジ君も、今度は互いに違った世界の住人となっていくことになる。だからここでのできごとが、互いに良い糧、あるいは良き想い出となれば良い。僕はそうであるように願っているんだ。それだけさ」
「ですが」
 首を傾げる。
「その想い出や、影響を与えた人物として、シンジ『様』がおられた場合はどうなりますか?」
「様ってねぇ……まあ、シンジ君がその気になったならば別としてもだ、例え影響が残るにしても、あの子は別の道を進まなければならない定めにあるんだよ? そして本人はそれをわかっているから、その時その時を楽しみはしても、深い関係を結ぼうとはしていない。記憶に残すような人を作ると辛いだけだと知っているんだよ」
「あなたのようにですか?」
「そういうことさ」
「では……」
 アインは鋭く切り込んだ。
「アネッサ様にも、カヲル様のようになられる可能性があるのでは? カヲル様がお家のことよりもシンジ様との付き合いを優先なされておられるように」
 こりゃまいったねと降参した。
「だけどその仮定には根本的な間違いがあるよ」
「なんです?」
「それはまだ秘密さ」
 カヲルは片目をつむって見せた。




 打ち寄せる波。
 浜辺には家族連れが多かった。
 そんな一角にベンチシートを置いて、腰掛けているのはアネッサであった。もちろんパラソルも忘れてはいない。
 普通には座らずに、横を向いてお尻を置いているだけである。
「ウィッチって、魔女でしょう?」
 質問したのはアスカだった。並べて敷いた青いシートの上である。
「それは英語でしょう? 彼の名はウィッチ・ベン・ラインハルト。小貴族の次男ですわ」
「でもやってることは自然と森を愛するドルイドって感じだけど」
「それもウィザード……まあ厳密には違いますが」
「ま、あたしの知識なんてゲームから持ってきてるもんだから気にしないで」
 そういいつつ、あぐらをかくような恰好で腕にサンオイルを塗り広げていく。
 なんて破廉恥なとアネッサは顔を赤らめていた。人前で着る水着として、上下2ピースの下着同然のもの……というところまでは許容できても、またを開くような恰好を平然と人目にさらすなど信じられなかったからだった。
 ちなみに彼女は左肩から右腿の方向へと走るラインに沿って、白とライムグリーンとに塗り分けられているワンピースの水着を身につけていた。パレオと肩掛けも忘れてはいない。
「……こんな人がお兄様の婚約者として名が上がるなんて、なにかが間違ってますわ」
「だったらあんたからそう報告してくんない? それで片がつけば楽なんだけど」
「……フェーサー家が引き下がったとしても、他家についてはわかりませんわ」
「でもそういう噂って、広まるモンなんでしょう? ろくでもないって」
「ですが貴族といってもわたくしどものような上流貴族もあれば、市井の民と変わらぬ下級貴族もおりますもの」
「そちらに払いおろすって? 変じゃない。上流貴族が下級貴族になんの用があんのよ?」
「あからさまにいえばお金ですわね。威光だけではなにもできない時代ですから」
「お金がないといけない……ね」
「でも……」
「なによ?」
「おかしな話ですわね? ゼーレの徒である者たちによって作り上げられたネルフ。そのチルドレンの中でもセカンドと少ないナンバーを与えられているお姉様が、そのようなことに不快感をお見せになられるだなんて」
「ゼーレ?」
「それもお知りにならない?」
 ええと顔をしかめたアスカは、レイに知っているかと訊ねて呆れられてしまった。
「ネルフ史に載ってるじゃない……」
「ネルフ史?」
「パンフレット! 元はゲヒルンって研究機関で、その出資者がゼーレ。元はセカンドインパクト前からあった政治結社で、今はいろいろやってる複合体なんだって……本気で知らないの?」
「うん。知らない」
 頭痛を堪えるレイである。
「昔の新聞とか見れば? オジサマとか載ってるよ?」
「オジサマ……ってシンジのパパのこと?」
「うん。お偉いさんの警護とか秘書とかいろいろやってたみたい。一度だけ聞いたことがあるんだけど」
「なによ?」
「……元々、オジサマは関係なかったんだって。シンちゃんのお母さんがゼーレに参加してて、それで入ることにしたらしいとかなんとか、冬月さんが言ってた」
「へぇ……じゃあ冬月さんってなんでネルフに入ったんだろ?」
「セカンドインパクトで職が見つからなかったからだとか言ってたよ?」
 そんなものかと納得してしまったアスカであったが、もちろんそんなはずはなかった。
 大人達には、大人達なりの事情というものがあったのである。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。