「碇ゲンドウと?」
「はい。おつきあいさせて頂いてます」
 ──1999年秋。
 紅葉している山に赴いて、二人はハイキングを楽しんでいた。
「この間は、すみませんでした……その、あの人、わたしもですけど、色々とあって」
 ゲンドウが警察に捕まり、それをコウゾウが身元引受人として迎えに行ったのである。
「……迎えに行けないんです。わたし」
 コウゾウは思い切って口にした。
「ゼーレかね」
「ご存じでしたか……」
「うちに噂されている教授がいるからね。じゃあ君はゼーレの?」
「保護を受けています」
「またどうして君のような子が?」
「…………」
 困ったような顔をして、彼女は答えなかった。その理由を知ることになったのは、ずいぶんと後になってからのことになった。


 ──二人は並んで浜辺へと歩いていた。
「シンジ君」
「なに?」
 林の木々の隙間から降ってくる木漏れ日が、薄着の肌に暖かい。カヲルはシンジの恰好を上から下へと目を通して口にした。
「また味気ない恰好だねぇ」
「……カヲル君は、派手だね」
 そうかいと言ったカヲルの恰好は、ビキニのパンツに、アロハシャツである。
 対してシンジは海水パンツに普段も着ているようなシャツであった。本当はカヲルのような服もあったのだが、カヲルの胸とお腹を見て、見せたくないなと劣等感を感じてしまっていたのである。
「しかし……ねぇ?」
「なにさ」
「いや……色々な力を手に入れても、やっぱり楽しいと感じることはそのままなんだと思ってね?」
「そりゃ……どうなのかな? 父さんが言ってたけど、大幅に変わってくるのは、もう一つくらい下の世代からだろうってさ」
「生まれたときからそうであるのと、これまでの生活様式や趣味や趣向を変えられない世代とでは、当然そこに差は生まれる……か」
「特に僕なんてね……」
「なんだい?」
「こういうところにみんなで遊びに来たって記憶ないからさ」
「昔はあったかもしれないのかい?」
「いろいろあったからね……その前の、楽しかった頃もあったはずなんだけど、そのころのことが曖昧でさ。思い出せないんだよ」
 ふうんとカヲルは相づちを打った。
「そんなものなのかもしれないね……」
「カヲル君も?」
「どうだろう? でも生まれが面白いものでないのは確かだよ。でもシンジ君とは逆に今の喜びがあるから忘れていけそうな感じがするよ。ただ……」
「なにさ?」
「忘れさせてくれない人たちもいるけどね」
「え……」
「あるいは忘れることを許してくれない人たちか……まあ自業自得とも言うんだけど」
「カヲル君……」
 苦笑して言う。
「そんな顔しないでくれるかな? 僕のしてきたことを思えばそれは当然の結果なんだよ。今もどこかで苦しみ、辛い想いをしているんだろうからね? その人たちから見れば僕なんて……」
「…………」
「なるようにしかならない……僕はそう思っているよ。そしてその問題が解決されない限り、僕は誰とも付き合わないし、付き合えない……恋はできない」
 寂しいね……とシンジはこぼした。
「カヲル君が望んだ生き方じゃないでしょう?」
「それでも拒絶するという道はあったはずなんだよ……。僕は結局捨てられるのが嫌で従ってきたんだから……。傷つきたくないのなら、他人を傷つける仕事に手を貸せ。そんな脅迫に乗ってしまった僕って人間は、実は臆病だし、恐がりなんだよ」
「……そうだね」
「そうだよ。用意周到な人間は、それだけ小心者だってことさ。そして泰然としているのは、いつなにが起こってもいいように準備ができているからなんだよ。だから予想外の事態に対しては酷くもろい」
「誰のことを言ってるの?」
「わからないかい?」
 くつくつと笑った。
「……おじいさま方になにをしてやろうかと思ってね」
 どこが臆病なんだろうかと思ってしまったシンジである。


「シンジぃ!」
 シンジは恥ずかしいなぁと身を小さくして歩いた。浜辺の視線がシンジ達へと集まる。
 一目で外人とわかってしまうアスカが手を振っているのだ。当然のごとくその視線はカヲルへと集中し……誰もが何かを納得する様子を見せた。
「おっそーい! なにやってんのよ!」
「ごめん……」
「あんたが遅いから自分でサンオイル塗っちゃったじゃない!」
 ぷんすかと怒る。あっちがシンジって奴だったのかと……微妙に戸惑う空気が流れた。
「…………」
「なによぉ?」
「僕に塗らせる気だったの?」
 カッとなにか叫ぼうとしたアスカであったが、なんとか堪えてシンジにそこに座れと命令した。
「なんで……」
「いいから!」
「なんだよもぉ……」
 といいつつ正座する。
「いい? シンジ……」
 アスカは真面目に語り始めた。
「こういうのは寝てる時も起きてる間も、全部の時間がレクリエーションなの」
「はぁ……」
「レクリエーションってのはみんなでやるもんでしょう? 何一つ自分だけでやっちゃいけないのよ。誰かに手伝わせたり、手伝ってもらったりして過ごすもんなの。おわかり?」
「ならレイとか……」
「アンタって……」
 つくづく駄目だと言い諭す。
「シンジ……」
「はい」
「浜を見なさい」
「え? なんだよ……」
「どういう人たちが多い?」
「そりゃ……家族連れとか、女の子と来てる人とか」
「そうね? そしてあたしたちも男と女よね? なのになんでレイなのよ!」
「痛い痛い痛い」
 両拳でこめかみをぐりぐりとやられてしまったシンジであった。
「痛いよ! もう!」
 アスカはシートに腰掛けるとため息を吐いた。
「はぁ……これじゃあ思いやられるわね」
「はぁ?」
「晩のことよ! 怖い話をしたりとか、ちょっと危ない肝試しとか! 夜ばいでドキドキしたりとか!」
 シンジは赤くなって反論した。
「そんなことしないよ!」
「しないんじゃなくてするもんなの! もしくは覗くとかそれくらいは考えるもんなの!」
「無茶くちゃだぁ……カヲル君なんとか言ってよ」
「……勉強になるねぇ」
「カヲルくぅん……」
 カヲルはにやけたままで肩をすくめた。
「良いんじゃないのかな? それが女の子の期待というものなら……」
「……だからって、あんた」
「僕は遠慮するよ」
 両手でノーとゼスチャーする。
「ちゃんとわかってるよ。人によるってことくらいはね」
「ならいいのよ」
「あくまでシンジ君に期待してるということだろう? 大丈夫だよ。ちゃんと夜には」
「なんのことだよ?」
 ジト目のシンジに、カヲルはこれ以上とない笑顔を見せてさらっと答えた。
「なんでもないよ」
「…………」
「それより、我が愛すべき妹君(いもうとぎみ)はどこにいったのかな?」
 アスカはあそこよとにやけた笑みを浮かべて指さした。
 そこは湖の上だった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。