──ことの発端は、アスカの不用意な発言にあった。
「しっかしまぁ……似たような水着でも違うもんねぇ」
 アスカはそんな具合に、レイとアネッサの胸元を見比べたのだ。
 アネッサのものに似てはいたが、レイの水着は真っ白だった。胸元にメーカー名らしきものが『Kanon』と入っている。
 身長ではレイが上だというのに、胸はアネッサの方が大きく見えた。それは多分に色合いの問題が大きかったのだが、二人はアスカの感想の裏にある物を読みとり、一人はかちんとし、一人はにやりとしたのだった。
「ちょっとアスカ……」
 切り出したのはレイだった。
「それってなに? あたしとこのちんちくりんがおんなじ大きさだってこと?」
「は? なにいってんの……」
「アスカが比べたのって水着でしょう!? じゃあ比較すんのに土台は同じくらいだなって見たってわけじゃない」
 断っておくが、アスカはそこまで考えたわけではなかった。ただ純白の水着よりも、色の付いている水着の方がくっきりと影が出るために、胸があるように見えるのだな……と思っただけだったのだ。
「あんたねぇ……被害妄想きついんじゃない?」
「そうですわ」
 口元に手の甲を当ててころころと笑うアネッサである。
「まあ、引き締めすぎるほど引き締まった体をしているレイ様には無理な話でしょうが」
「なによぉ! あんただって小さくせに……」
「わたしの背丈をお考えくださいませんか? この背でお姉様ほど胸があったら、バランスが悪すぎますわ」
「むぅ……」
「よろしいのではございませんか? レイ様くらいにか細い方には、それ相応の大きさというものがございますから。まあ? 果実としては少々固く締まりすぎているようですけれども」
「ふんっだ! いいんだもんね、シンちゃんはこんぐらいが好きなんだから!」
「あらそうですの?」
「でも渚君はどうかなぁ? 渚君ってアスカのことが好きなんだよねぇ? だったらアスカくらいの身長と胸が必要だよねぇ?」
 アネッサの視線に険が宿った。口元を引きつらせながら訊ね返す。
「それ……どのような意味ですか?」
「わかんない?」
 ふふんと腰に手を当てて前屈みになり、レイはアネッサの顔をのぞき込んだ。
「今からアスカくらいになるのって無理だよねぇ? そんなんで相手にしてもらえるのかなぁ?」
 ヒュンッと飛んだ平手を、ひらりとかわすレイである。
「あっぶなー……。もうなにすんの!」
「大人しくぶたれなさい! 人を侮辱するにも」
「やだぷー」
「こっ、の!」
 お尻を向けてつきだし、ぺんぺんと叩きながらあっかんべーっと目の下を引っ張り舌を出したレイの行いに、彼女は自分を見失って『剣』を抜いた。
「お待ちなさい!」
「きゃあ!」
 ドンッとレイの立っていた場所が弾けた。まるで爆弾でも埋まっていたかのように砂が噴き上がった。
「なになになに!?」
「土中に埋まって反省しなさい!」
「あたしがなにかしたぁ!?」
「悪意を見せびらかしたくせに!」
「きゃあー!」

 ──というわけである。

 シンジとカヲルはアスカの話に、苦笑いのようなものを浮かべて沖を見た。
 遠くに遊覧船が進んでいる。その手前、こちらに近い場所で突如として水柱が弾けた。ドンドンドンと、まるで爆雷が破裂しているように、連続でそれは起こっていた。
「あれが?」
「多分ね。あんたの妹」
「ふうん……ねぇ、アネッサさんって、どんな力持ってるの?」
 シンジの問いかけに、カヲルはさあっと首をひねった。
「実は僕も知らないんだよ」
「え? そうなの?」
「……元々フェーサー家は、君のお父さん、碇ゲンドウへの牽制の意味合いを持って、僕を確保したんだよね。ところが僕の力は余りにも有効すぎたんだ」
「どういうこと?」
「ナンバーズは遠からず世界を征服する……あるいはそれに近い管理機構の中核を担うものになる。そう読んだんだろうね。基盤や土台として、力はあって当然の物になる。だとすれば僕の力は通常の人類側の切り札になるんだよ。そんな世界では反発するゲリラも生まれるだろうね。このゲリラにとって一番やっかいな敵は? それはナンバーズの透視能力。盗聴能力。そして防御不可能の攻撃能力だよ。僕はその全てを無効化できるんだ」
 なるほどと頷いたのはアスカだった。
「諸刃の剣だってわけね? アンタは」
「そうだよ。抑止力として扱おうにも、いつ自分たちの側に向けられるかわからない。僕はそんな危険な存在だとして認知されてるんだよ。だから彼らは自分たちが確保している『戦力』については隠したがっているんだよ」
「アネッサのことも?」
「それはそうさ……大事な跡取り娘だからね」
 カヲルはあの辺りかと光の反射する湖面に目を細めた。
「でも……どうして彼らはわからないんだろうね。人は誰もが寂しがり屋だということに」
 そのつぶやきは、あまりにも真に迫っていて……。
 シンジとアスカには、かける言葉は見つからなかった。二人にも感じるものがあったからである。


「呑気なものだな」
 遊覧船の観覧デッキ隅で、双眼鏡を覗いていた男が口にこぼした。
「本当に遊びに来ておる」
「自覚がないのでしょう。自分たちの存在価値について」
「こうなるとネルフの対策も罪悪だな。子供達から危機感を完全に奪い去ってしまっている」
 似たようなグレーのスーツ姿の二人であった。一人は長身痩躯で、一人は背が低くやや太っている。
 偉ぶっているのは太り気味の男であった。歳は五十に達しているだろう。頭は禿かかっている。
「しかしまあ……噂に聞くファースト、セカンド、サード、それにフィフスまで揃っているとなれば、どこも迂闊は手を出さんだろうが」
 再び双眼鏡を覗き、非常に速い泳ぎを披露している少女と、それを追いかけている子供を見つける。
「総司令も気苦労がたえんな」
「は?」
「子供が街の外へ出るというだけで、逐一我々に通達し、関係各省に願い出なければならん」
「どこもそれだけ神経質になっているということでしょう……誰の目にも異常なのは明らかですから」
「異常か……」
 彼は部下らしい黒服の男を呼び寄せると、シンジ達の監視を任せて船内のテラスへ入った。
 ジュースを二杯カウンターで頼み、適当に空いている席を探す。選んだのは数十席ある真ん中付近の、日陰になっている場所だった。
「先日の報告書には?」
「目は通したがな……」
「衛星からの写真もありました。疑う余地はないでしょう」
「諸外国では、あのような現象は一つたりとも報告されていない……ところがネルフ本部に入ったナンバーズは、少なからず能力の拡張を促されている」
「あれは拡張の一つであったと?」
「それがネルフの見解だろう? 認識力が力の差違や強弱に繋がっているというのなら、逆に広がりすぎた感知能力が、処理能力を超えた情報を取り込み、精神崩壊を促すことだってあり得る」
「情報過多による暴走ですか……」
「どんな力を持ち得たとしても、それを処理使用する母胎が人間のままではな」
「では噂のサードチルドレンはどうなりますか?」
「簡単だよ。人間ではないのだろう」
「はぁ……」
「おそろしいかね?」
「正直、人間ではないものが人間の真似をしている様というのはゾッとしませんが」
「人間でなくなったものが、だろう?」
「もうしわけありません」
「それからもう一つ、肉体が人間ではなくなった……あるいは人間離れしてしまったとしても、精神までが引きずられて、人でなくなっていくわけではない。それがこの間の事件の真相なのではないのか?」
「……人にあらざるものになっていく過程の中で、人である部分が干渉を引き起こしたと? そうおっしゃられるわけですか」
「うむ……。過度な力は増長と慢心を生むものだよ。気が大きくなっていくのだな。しかし一方ではそれを過ちとし、自戒しようとする精神が働く。理性や道徳心といったものだな」
「ネルフ本部はそちら側からのアプローチを行っているわけですか……あの箱庭の中で」
「そういうことだろう」
 だからこそと、窓からの夏日に顔をしかめる。
「外で余計な毒に犯されてしまうのを恐れているんだろう。迷惑な話だ」
 自分はご苦労なことだと思いますがと、相手は反論した。
 純粋培養による抵抗力のない献体は、実社会ではまともに機能しないことを、当たり前のように想像してしまっていたからである。


「お待ちなさぁい!」
「もう! しつっこいんだからぁ!」
 レイは追い詰められていた。
 なぜならこの先は遊泳禁止区域だからである。
 それを示すボールが浮かんでいて、レイはそれに抱きついた。
「追い詰めましたわよ」
 ふっふっふっと、アネッサは鼻の下から上だけを覗かせて目で笑った。しかし息を切らせているのは丸分かりだった。
「…………」
 呆れた精神力だと苦笑いするレイである。
「溺れる前に帰ったらぁ? ここから浜までけっこうあるよ?」
「ご心配なく……あなたと違って『競泳用』の体型はしていませんが、それくらいの泳力は十分にありますので」
「かっわいくなぁい。そんなんじゃお兄ちゃんに嫌われちゃうぞ?」
「余計なお世話です!」
「おっと!」
 至近距離で弾けた水面の余波を避けるためにレイは潜った。
(まったくもぉ)
 ふくらませた頬から少しずつ空気を漏らす。
(こんな汚い水じゃ泳ぎたくないとか言ってたくせに)
 そう言えば、彼女のお付き達はどこに行ったんだろう?
 レイは湖底まで潜ると、キラキラと光る水面付近に二つの足を認めた。
 ゆらゆらと水を掻いている。左右にくるっ、くるっと回っているのは、こちらを捜しているのだろう。
(泳ぎは得意だもんねぇだ!)
 レイはそのまま十分に離れた場所まで移動した。いや……移動しようとして、驚きに目を見張り、ぐばっと空気を吐いてしまった。
(うそ!?)
 一度大きく体をくねらせ、こんな湖には生息しているはずのない大きさの生き物が襲いかかってきた。
 大きく口を開けたそれの形は……間違いなく眠っていたリリスを守っていた、あの魚のような使徒に準じたものであった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。