カヲルが前を歩き、その後をアネッサが追いかけ、後にシンジたちが続いている。
浜を横切って、その先にある林に入ろうというのだろう。テントがあるのはさらに奥だ。
しかしそんな楽しげな様子を、対岸からのぞいている少年たちが居た。
力を用いているのだろう、額に手をかざしている。
「やりたい放題だな」
一人が吐き捨てる。同調した少年が、それでもと彼をたしなめた。
「だからって、焦って手を出すわけにもな」
二人の背後には四人ばかり居た。雑木林の中で、腐葉土に足が沈みそうになっている。そんな斜面だった。
丸刈りの少年が、崖の縁ぎりぎりから戻ってきた仲間に訪ねた。
「どうだった?」
肩をすくめる。
「隠そうとするどころか、見られてるってことも気にしてないな。平気で体を作り替えて、それを見せびらかしてる」
「どうしようもない連中だな……」
「まあ、その方がやりやすいさ」
彼らは車座になって顔を寄せた。
「で、どうするんだ?」
「連中の予定は二泊三日だろう? とりあえず今日のところは様子見だな」
「意味あるのか?」
「じゃあお前、土地勘あるか?」
怪訝そうな表情をする。
「だいたいは知ってる……っていうか、お前だってわかるだろう?」
「でもどこにどんな道があるかなんて知らないだろう?」
そりゃあ……まあ、と、皆お互いの表情を確認した。
「それを調べるっていうのか?」
「覚える程度でもいいさ。ほら……第三新東京市だってさ、考えてみたら、知ってる場所なんて知れてるだろう?」
「……そうかぁ?」
「じゃあお前、観光名所なんて回ったか?」
「……それは」
「だろ?」
足を崩してくつろぎに入る。
「地元とかってさ、案外知ってるようで知らないんだよな……向こうの方が土地勘があったら話になんないぜ?」
「でも……どうするつもりなんだ?」
「なにをやるかって?」
誰が聞いているわけでもないのだが、声を潜める。
「ようは騒ぎを起こせばいいんだよ」
「それだけか?」
「それだけだよ」
簡単だろう? 彼は笑った。
「ようするにさ……上の連中に下のやつへの接触実験を考え直させればいいんだよ。だったら碇シンジってのがそんな実験をやるのにふさわしいかどうかってさ」
「でも延期になるだけじゃないのか?」
「中止にならなかったらまた考えるさ。でも今は時間がないだろう? 一度躓けばどうせ会議会議で一年二年止まるよ」
「それもそうか」
納得顔で皆はうなずいた。
「けど騒ぎって言ってもなぁ……」
「とりあえずのねらい目はあれだな……あの渚の妹だよ」
「あの子か? 嫌だぜ? なんか酷いことするのって……」
「ばぁか……俺だってそんな度胸ねぇよ」
「じゃあなんだよ?」
「あの子のお付きの四人だよ。さっき見てたんだけどな」
レイのよけいなちょっかいに怒ったのだろうと、彼はおおよそで言い当てた。
「だからさ……ちょっとしつこくナンパでもすれば」
「向こうから手を出してくるかな?」
「で、挑発してやり過ぎって感じになったところで、碇や渚を巻き込む」
「どうやって……」
「泣きつくんだよ。それで向こうが悪いどっちがって感じになったら、結構単純そうだからな……プライドも高そうだし、連中、渚や碇にかみつくんじゃないかな?」
「……そんなにうまくいかないだろう?」
「だからアレンジできるように下調べするんだよ。ほかにうまくいきそうな感じのがあったらそれでもいいし」
「まあ丸一日あるしな」
「そういうこと!」
立ち上がって尻をはたく。
それに合わせて、皆も腰を上げた。
「そういうわけだから、今日は適当に遊ぼうぜ」
「いいのかなぁ……こんなので」
「いいんだよ。どうせネルフに残ってる奴ら、自分たちには関係ないって思ってるんだろうしな」
「それもそうか」
納得したのにはわけがあった。
ネルフ本部で、実験を妨害しようとしているナンバーズは、組合を作って委員会などと名乗っていた。
彼らはその中から実行犯として指名されてやって来ていた。しかし実際には雰囲気に逆らえなくて仲間入りしたのが本当だった。
……そんなだから、このような捨て駒としても利用されているのだが。
そのような彼らである。達成しようという意気は低かった。
右に左に別れて散る。明日またなどと、さよならの挨拶を交わす緊張感のなさだった。
──その頭上で枝ががさりと鳴った。
そして揺らぐ色彩が、どこかに向かって去っていった。
「そうか、わかった」
携帯電話を片づける。
遊覧船に乗っていた痩身の男である。波止場で乗船客と乗降客を入れ替える船。彼はそんな人を避けて、上司である小太りの男性に話しかけた。
「やはりナンバーズが来ていたそうです。狙いは彼らだと」
「すべて予定通りか」
「はい」
彼らは遊覧船の切符売り場まで歩くと、そのすぐそばに待っていた黒塗りの車へと乗り込んだ。
「やってくれ」
運転しているのは軍服の男であった。制服は戦略自衛隊のものである。
「しかし本部のナンバーズを出し抜けるとはな。わが隊の能力者も使えるということか」
各国軍隊にも、多少は能力者が存在してる。シンジたちが力に目覚めたのが十四歳。同時期に力に目覚めたものの中には、十六から十八歳の少年少女も居たのだ。
そんな子供たちの中には力を隠していた者もいた。あるいはネルフからの勧誘を蹴った者がいた。
そのような者たちは、その後、さまざまな場所へと流れている。もちろんネルフはその動向を監視している……が、手出しはしていない。
自由選択を尊重しているからである。
(まあ……本当のところはナンバーズを縛ることなどできないからだろうがな)
通常の兵器や恫喝が通じる相手ではないのだ。
戦略自衛隊には、その能力を見込まれた人間、果ては就職のための武器として入隊している者、さまざまな隊員がそろっていた。
ざっと音を立てて林から男が飛び出してきた。
彼はスラッとした黒いスーツを着込んでいた。防弾仕様なのか、妙な感じでふくらんでいる。
そしてヘルメットを脱ぐと、脇に抱えて敬礼した。
「監視対象はB−2地区を超えました。引き継ぎは完了です」
「では待機だ」
「はい」
簡易作戦司令部……とでもいうのだろうか? しかし場所は芦ノ湖に面している峠道である。
ほんの少し崖へと張り出した場所だった。十数台の車を停められる駐車場があり、そして崩れかけた建物があった。
元は喫茶店かなにかだったのだろう……彼らはその中に、通信機などを持ち込んでいた。
「しかし暑いですねぇ、ここは」
「仕事だ、我慢しろ」
「泳いできちゃだめですか?」
「交代の時間が過ぎればな」
「それじゃあ夜になっちまいますよ」
ぶつくさと言って、彼はクーラーボックスを開き、ジンジャーエールの缶を手にした。
「でも……なんですね」
「なんだ?」
「いや……正直こんな力なんて、のぞきくらいにしか使えないと思ってたから、こんな風に実戦風味で使えると面白くて」
「楽しくて……の間違いだろう?」
男も通信機の前から離れ、ジュースを手にして、プルタブを開けた。
「能力者か……しかしネルフのナンバーズほど強力ではないのはなんでかな? 訓練か教育か……」
「素質じゃないんスか? うちの研究所じゃ、力の発達具合が進んでるやつほど、この街に惹かれてるって言ってましたが」
「発達なぁ……」
「なんです?」
「……怖いなと思ってな」
「そりゃあ歩く核弾頭なんて」
「そういうことじゃないさ」
いいかと彼は、腐りかけの椅子に座って、缶を持つ手の人差し指を部下に向けた。
「力ってのは、要は使い方次第だと言うことだ。目的があるから、使用方法が定まるんだろう? だから対岸を見渡せるほどの目を持ってる連中でも、覗くってことにしか意識が行ってなかったから、頭の上なんて盲点が生まれてた」
「そりゃまさか監視されてるなんてねぇ……」
「そういうことさ。子供はチームワークなんて磨かないからな、結局は個人プレーだ。でも俺たちは違う。それぞれの役割を分担して行動することで、もっと強力で、もっと強大に展開することができるんだ」
「はぁ……」
「そうやって翻弄して決着をつけることができる……でもああいう子供は萎えかけたらどうする?」
「そりゃあ……」
「適当に」
ぱっと上向けた左手を開く。
「ぶちキレる……そうだろう? そのキレるってのが本部の力が発達してるガキってわけだ。それが怖いんだよ」
「ああ……どんな惨事を引き起こすかわかんないから」
「そういうことだ」
ぐびっとジュースをあおる。
「コントロールを学ばせるって意味じゃ、軍事訓練って言うのはいいもんなんだがな……だからファーストからフィフスは特別なんだろう」
「地下でやってたっていう発掘事業ですか?」
「そうさ。だから連中は人に危害を加えるようなまねは自重してる。力の程度の範囲をしっかりと自覚してるんだろうな」
「そうなんですかねぇ……」
彼は、どこかから盗み取っている映像を見た。
ノートパソコンのくたびれた液晶画面には、子供に話しかけられてにこやかに応対している渚カヲルが写っていた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。