「おにいちゃんは天使さまですか!」
「残念だけど違うんだよ?」
「でもお背中から羽が生えてます!」
「でもこれは天使さまの羽じゃないんだ。これは鳥の羽なんだよ」
「鳥ですか?」
「そう……僕は鳥のように飛びたかったんだ。だからこんな羽が生えちゃったんだよ?」
「じゃあどうすれば天使さまの羽がもらえるんですか!」
「君が天使のようなほほえみを忘れることがなかったら、きっと天使さまが翼をくれるよ」
 自分の腰ほどの身長もない子供に、とてもきれいな笑みをあげる。
 真っ赤になってしまった女の子を見て、アスカとレイは噂し合った。
「見た?」
「見た見た。渚君って見境ないよね?」
「でも将来を見越して……かもよ?」
「そう思わせといて、みんなが寝静まった頃に、夜のお散歩……なんて」
(あ……引きつった)
 シンジは見た。
 カヲルの口元が、非常にぎこちなく歪んだのを。そしてそれでも笑みを崩さぬようにがんばったのを。


 ──夜。
「夜といえばキャンプファイヤーよね!」
「でもちょっと台無しだけどねぇ……」
 レイの言葉にふんぞり返っていたアスカは、うらめしげに背後を見やった。
 そこには立派なコテージがあって、林の中のキャンプ場だという雰囲気を台無しにしてくれている。
「……これじゃあまるで、軒先に場所借りてる貧乏人みたいじゃない?」
「じゃああんたあの小屋吹っ飛ばしなさいよ」
「できないって」
「できるでしょうが!」
「じゃなくて……」
 レイはじぃっと小屋を見た。
「あの中で渚君とアネッサちゃんってなにしてるのかなぁ?」
「なにって……そりゃ」
「後が怖いし、やめとこうよう」
 この場合のやめておくは、そっとしておくにも置き換えられる。
 アスカはシンジの隣に腰掛けると、棒でたき火をかき回した。
「けどまあそれでも、一応ちちくりあえる相手が居るだけ幸せと言えるわけだ」
 これにぐさっと来たのは、居場所のない四人であった。
「悪かったですね……女性に縁がなくて」
「そうなの? 別にドイツに残してきた彼女がいない……なんて言ったつもりはなかったんだけど?」
 ウィッチは引っかけられたかと苦々しく顔をゆがめた。
「あなたたちのように、日々ただ暮らしているだけというわけにはいかなかったもので」
「あの子のおもりがあるから?」
「それは……」
 ねぇっと訊ねたのはレイだった。
「ずっと聞きたかったんだけどぉ……アネッサってお貴族様ってやつなんでしょ? それってアレ? 足が完全に隠れちゃうようなスカートはいて、扇子持ってオホホホホとかやってるの?」
 あんぐりと口を開いたウィッチに替わってアインが答えた。
「昔と同じなのは土地と屋敷だけですよ。少しばかり豪奢な家屋に、ごく普通に暮らしてらっしゃいます」
「でもしつけとか厳しいんでしょ?」
「それは……まあ」
「どうもピンと来ないのよねぇ……責任とか義務とか。それが嫌なら逃げちゃえばいいのに」
「逃げる?」
「だってそうじゃない? 渚君のことが好きだけど、家のことがあるから結ばれない……っていうんなら、家から出ちゃえばいいわけでしょう?」
「それでは生きてはいけません」
「どうして?」
「縁を切るとはそういうことでしょう?」
 古くさ……とアスカが吐き捨てた。
「ばっかばかしい……大昔じゃあるまいし、勘当されたからって生きてくくらいなんとでもなるじゃない」
「ですが世間は確実に厳しい目を……」
「それこそ関係ないじゃない! 世界の人口知ってる? 何十億よ!? そのうちの何パーセントがそんな貴族のことを知ってるの? つもりがあるなら、どこでだって生きていけるじゃない」
「力もあるしね」
 口を挟んだのはシンジだった。
「でもアスカ……そういうことすると、父さんとか、もっといろいろなところとかに迷惑がかかるんだよ」
「はん?」
「たとえばアネッサさんがこの街に逃げ込んだら? 当然お家の人たちは黙ってないだろうね。それはネルフには関係のないことだけどさ、連れ戻すためだからって、たくさんのナンバーズを送り込まれたりしたら、それはそれでもめるでしょう?」
「そりゃそうだけどさ……」
「どこに逃げたってそういうことになりかねないんだよ。そりゃあ? アネッサさんのお父さんとかが、勝手にしろって見逃してくれるならいいんだろうけどさ……」
 四人の少年は、なにやらその先を語ろうとしないシンジに顔を見合わせた。不安げに。
「どうかしたのですか?」
「え? あ……いや、うん」
 ぽりぽりと頬を掻く。
「問題なのはカヲル君なんだよなって」
「はぁ?」
「ほら……いろいろ話は聞いたんだけどさ、カヲル君って、もとは僕たちみたいなナンバーズから力を奪えるってことで大事にされてたんでしょ?」
 これは四人に対しての確認だった。
「あの力って、普通の人間にはなんの害もないものだったから……でも今は? 今は僕と同じくらいの力が使えるから」
 ちょっと待ってよと焦ったのはアスカだった。
「そんなに……なの? いまの渚って」
 うんと頷く。
「カヲル君はなにも言わないけどさ……やっぱり困ってるんだと思うよ? でなきゃカヲル君みたいな人が、僕にいろいろ話したりしないよ」
「いろいろと話すのに……肝心なことは相談しないってこと?」
「うん。僕なんかじゃ役に立たないしね」
「なによそれ?」
「だってさ、カヲル君の悩みってのは……、みんなにもてあまされてるってことだから」
「はん?」
「自分たちにとって安全だったから、使い道もあったってことだよ。でも今は違う。そうでしょ?」
 また四人に対して確認する。
「それを承知で……」
 アインが代表となって訊ね返した。
「あなたはどうなさると?」
「どうもしないよ」
 アスカから枝を奪って火をつつく。
 ぼっと大きく火の粉が舞った。
「僕が手出しすると話がややこしくなるからね……それに」
「なんです?」
 シンジはなんでもないよとごまかした。
 そのごまかしにアスカとレイはなにを感じたのか顔を見合わせたのだった。


「ねぇ……シンジ」
 たき火を消して、皆それぞれの寝床に入った。
 シンジとアスカとレイは同じテントの中である。寝袋を三つ並べて、アスカは右、レイはシンジの左だった。
「さっきなにを言おうとしてたの?」
 ごそりと動いたのはレイだった。
「あ、それあたしも聞きたい」
「うん……」
 シンジは両側から圧迫する重さに耐えながら口を開いた。
「たいしたことじゃないんだよ……カヲル君はどうだかわかんないけどさ、アネッサさんはお父さんとかお母さんが好きなんだろうなって」
「はぁ?」
「だからカヲル君のことはそれ以上に好きなのかなって思っただけなんだ。どっちかを取らなきゃいけないなんて辛いでしょ? だったら曖昧なままの方が楽じゃない?」
「あんた……」
「そんなこと考えてたの?」
「うん……」
 正直に明かす。
「怖いのは人の考え方なんだよ……カヲル君がそう考えたとしても、それに不満があったらアネッサさんはカヲル君になにを言うのかな? それでその気持ちを家の人たちが知ったらどうなるかな?」
「どうって……」
「アネッサさんが、その場の勢いで家を捨てるなんて言い出したらどうする? 家の人たちがなにかしようとしてもカヲル君が居る。さっきも言ったけど、カヲル君にならどうとでもできるんだ。今はただ、手に余るかも知れないって思われてるだけですんでるけど、本当に手に負えないってことがわかったら、みんなどうするのかな?」
「…………」
「僕がそうだ。だんだんみんな僕のことなんて気にしなくなってきてる。放っておこう……触れないでおこうってさ」
「シンジ……」
「それが嫌なわけじゃないんだ。でも基本的に僕たちって問題は話し合いで解決しないと大変なことになるんだよなって思っただけだよ。でもみんなは力のことを怖がるから、まず力をつけて襲ってくるんだ。それで話し合いってことがなくなる」
「馬鹿な人間は、プロセスを省略して、話をこじれさせていくって訳ね」
「うん……どうするのかな? カヲル君は」
 頭の上に首を向ける、シートの向こうにはコテージがあるはずだった。
「ま……友達だしね。悩んであげるのもいいけど」
 アスカは完全に横向けになると、ぬふふと妙な笑いを漏らした。
「とりあえずはいまこの状況についてを悩むべきなんじゃない?」
 寝袋の中で足を動かしているのだろう、もそもそと動いて尺取り虫のようにシンジの上に乗ろうとする。
 しかしなかなかうまくいかなかった……それは反対側からも、シンジの上に乗ろうとする、ミノムシの存在があったからだった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。