「平和だな……」
「平和だな」
 のんきなことを口にしているのは、アインとウィッチの二人であった。
 二人とも今日は黒のシャツに黒のスラックスをはいていた。シャツはハイネックであり、袖も長い。
 そして黒の革手袋をはめる。しかし靴は白のスニーカーだった。
「この格好は目立つんじゃないか?」
「かまいはしないだろう。迷彩が通用する奴らを相手にするわけじゃない」
「気が重いな」
「アネッサ様には気取られるな?」
「それはどういうことでしょうか?」
 がさりと草を踏んで現れた少女に、二人は酷く狼狽した姿を見せた。
「アネッサ様……」
 黄色のワンピースに、白いサンダルを履いている。足の横は軟らかな土のために汚れていた。
 それだけ人が入り込む場所ではないのだ。キャンプ指定地からはずっと林の奥になる。
「あなたがたは……なにをたくらんでいるの?」
「わたしたちは」
「わたしの護衛をするためだけに訪日したわけではないでしょう?」
「それは誤解というものです」
「ではその姿はなんです!」
「…………」
 アネッサは肩を怒らせ、ふるえていたが……やがて全身から力を抜いた。
「わかりました」
 ふぅっとため息を漏らし、背を向ける。
「アネッサ様……」
 不安げに声をかけるも、アネッサの足を止めることはできなかった。


「……アネッサ?」
 林から出てきた彼女に、カヲルはわずかに首をかしげた。
 意気消沈しているように思えたからだ。
「お兄様……」
「どうしたんだい?」
 倒れ込むようにカヲル胸に体を預ける。
 受け止めながらも、カヲルには首をひねることしかできない。しかし、それを見ていて真剣な表情になっている者たちがいた。それは一人はシンジであり、もう一人は波に足を取られそうになりながら、『第三眼』を展開して浜を見ているレイだった。


「誤解されてしまったな……」
「それも仕事の内だと割り切るしかない。後の二人には悪いが……」
 すげなく扱われてしまうだろうなと同情する。
「しかし護衛をするためだけではない……か」
 歩き出し、さらに人の通らない場所へと入っていく。
「酷く過大な評価をされたものだ」
「各家から選りすぐって決められた面子だから、そうも考えられるんだろうな」
「それだけ健やかにお育ちになられているということだ……カヲル様と違って」
「そうだな……」
 たとえば同じく訪日しているミューゼンの動きは彼らにもわかっていない。だがただの執事ではないのだ。彼はカヲルにも仕えている。
「裏の汚い世界は想像もできないような場所だ。カヲル様ですらどの程度お知りになられているのか」
「自らが関わってきた部分だけ……と見るのが自然だろうな」
「毒はあまりにも強い。それに犯されることのない立場に『捨てられた』僕たちは幸せなんだろうか?」
「能力を認められなかった者のひがみと受け取られるのが落ちだろうな」
「しかしそうとしか受け取れない人間にはなりたくないな」
「そういうことだ」


 バスが行ってしまう。
 停留所には数人の男子がへたり込むように座っていた。
「遠いんだよ……」
「俺なんて朝六時起きだぜ?」
「こっちは五時だよ。ちっくしょう、お前は好いよな、跳べばすむんだから」
「ばぁか、跳んだらMAGIに見つかって終わりだろうが」
「そうなのか?」
「E反応のパターンはきっちり見本取られてるんだよ。そのためのスーパーコンピューターらしいぜ?」
「げぇ……数千人とか数万人の反応見張ってんのか?」
「そういうもんだとよ……ってわけで俺も六時起きだ」
 うだうだと連れだって歩き出す。
「くっそ〜〜〜、絶対あのくじ引き、仕掛けがあったんだぜ?」
「偉そうにしてる連中、みんなにやにやしてたもんな」
「あっつ〜〜〜……、普通に泳いで帰ってやろうか?」
「ほんと、そうしたい気分だぜ」
 そんな一同を監視しているのは、やはり昨日と同じく戦略自衛隊の男たちである。
「今日もまた元気なもんだ」
「元気ですかぁ?」
 カメラ越しの映像に呆れた声を吐く。
「しっかしまぁ……なにがやりたいんでしょうかねぇ?」
「なにもやりたくないんだろう、気持ちはわかるだろ?」
「そりゃまあ」
 モニタから目を離してカップ麺をすする。
「不満はあっても上は気持ちを聞いてくれない。となれば手っ取り早いのは邪魔してやることですからね」
「不満があるのか?」
「そりゃもう……とりあえず簡易携帯食(レーション)の改善を求めたいですね」
「……国内でそんなものを食う必要はないだろう?」
 実際口にしているものは、コンビニエンスストアから買い込んできた品である。
「しかしごっこ遊びにしては怖いからな」
「そうなんですよねぇ……」
 本気であるのなら、自分たちも監視されているかもしれないのだと、緊張感を持つはずだ。
 少なくともバスで移動などするわけがない。
 本気でないから緊張感が足りず、ああもうかつなのだと知れる。
「それを食ったらお前も行くんだぞ」
「わかってますよ」
 ずずっと残っている汁をすすった。
「動くなら、今日でしょうからね」




「カヲル君……ちょっといいかな?」
 落ち着かせるためにログハウスに戻ったカヲルを、シンジは外から呼び出した。
「どうしたんだい?」
「ちょっとね……」
 入り口のところで小声で話す。
 きっちりと戸が閉まりきらないようにしているのは、中にいるアネッサが不安がってはいけないからだろう。それはシンジにもわかることだった。
「僕、午後からちょっといなくなるから」
「どうしたんだい? 急に……」
 やっぱり気づいてないのかとため息を吐く。
「昨日から見張られてるの、知ってる?」
「戦自だったかな? 君のお父さんの差し金だろう? 知っているよ」
 シンジはかぶりを振った。
「ちがう……それとは別にだよ」
「別に?」
「うん」
 さらに声を小さくする。
「ナンバーズの何人かが来てる。それは知ってるよね?」
「君にちょっかいを出そうっていうグループのことなら把握しているよ」
「アインさんたちが何とかしようとしてるみたいなんだけど、無理なんだ」
「彼らならそのどれとも……」
 待てよとカヲルは真剣な表情になった。
「まさか……そんな」
 こくりとシンジは頷く。
「狙いはアスカだ、間違いない」
「ラングレーの? こんなところに?」
「……ここに来てから、ずっとだよ。それがだんだんと緊張感を増してるんだ」
「なんのことだい?」
「ATフィールドだよ……ずっと張ってたんだ」
「君が?」
「薄くね……父さんにも気を付けるようにって言われてたから」
 これはまいったなとカヲルは後頭部を掻いた。
 気づかなかったからだ。自分がずっとシンジのフィールドの中に保護されていたことに。
「驚くほど力を使いこなしているんだね、君は」
「これくらいのことができないようじゃ、コダマさんは助けられないからね」
「君の好みが年上というのも、少し意外だったけどね」
「そうかな?」
「僕にとっては、ね……」
「でも昔からそうだよ? 僕は甘えん坊だからね、年上の人の方が好きなんだ」
「たとえば赤木さんかい?」
「なんの話よ?」
 ぎくっとしてシンジは振り返った。
「え?」
 そこには腰に手を当てて怒っているアスカと、むぅっと頬をふくらませているレイが居た。
「で?」
「え?」
「何の話かって聞いてんのよ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「なに焦ってんのよ!」
「カヲル君!」
 カヲルは笑って見捨て、階段を飛び降りた。
「待って!」
「だめだよ、シンジ君」
「カヲル君!」
「君が出張ると問題になるからね……僕の方が好いさ」
 どうしようと、最後には僕のところに面倒が回ってくるのだからと、婚約者の候補に上げられている立場をカヲルは語った。
「カヲル君! ちょっとアスカ、レイ!」
「逃げようったって、そうはいかないんだからね!」
「だから違うんだってばぁ!」
 さっと駆けだしたカヲルのことを、シンジはすぐさま追いかけられなかった。
 しかしすぐにアスカの邪魔はやんだ。
「アスカ?」
「んじゃ、行きましょうか?」
 アスカの顔を見て、全部知っててやったんだとシンジは悟った。
 そしてその理由についても……誰がアスカに教えたか?
 笑っているレイを見れば明らかだった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。