──ドン!
 雑木林といえども範囲は広い。中には山と繋がって森に近い様相を為している場所すらある。
 湖が見えなければ現在位置を見失うような深さもあった。
 そんな林の一部が、空に向かって吹き上がった。爆発だった。
 枝葉や、軽くだが折れた木の幹も浮き上がるのが確認できた。目撃したアスカたちは、一瞬だけ立ち止まってしまっていた。
「あれなの?」
「みたいだね……」
「派手ぇ……」
 三者三様の表情をしている。
 アスカは顔をしかめ、シンジは呆れ、レイは感心してしまっていた。
「なに考えてんのよ? こんなところで」
「戦争やってるみたいだ……」
「ほっといても保安部の人たちが出張ってくるんじゃない?」
 レイの意見はもっともなものだった。
「どうかな?」
 否定したのはシンジである。
「場所が場所だからね……外との境だし、刺激しちゃいけないとかなんとかで、様子を見ようとかするんじゃないかな?」
「へぇ?」
「なんだよ……」
「あんたもそういうこと考えられるようになったのねぇ」
「なんだよもぉ」
 ちょっとだけ拗ねる。
「僕だって勉強してるんだからなぁ」
「……なんの勉強なのよ」
「処世術とかって」
「誰が言ったの」
「父さん」
 なにを教えてるんだろうかと心配になるアスカである。
「あんたもちょっとは注意しなさいよ」
「なんであたし?」
「あんたの保護者でしょ? シンジのパパって」
「そうだけど……」
 三人とも歩調が遅くなり、歩いてしまっている。
「最近ぜんぜん話してないし」
「そうなの?」
「あたしはシンジクンがいつお父さんと話してるのかって、そっちの方がギモンなんだけど」
「なんでさ?」
「だって、ほとんどあたしかアスカと一緒にいるのに、いつお父さんに会ってるの?」
「そんなに一緒にいるかなぁ?」
「ふうん?」
「なんだよ?」
「じゃああたしたちが寝てる間とかに、こっそり歩き回ってるんだ?」
「なんでそうなるんだよ?」
「そんでもって、いろんな子のところとかに行っちゃってたりしてて」
「だからなんでそうなるんだよって」
「シンジクンってイマイチよくわかんないとこあるから」
「そうなの?」
「自分のことでしょうが……」
「そうなのかなぁ?」
 まあそんなことを話している場合ではないと、三人は足を速めることにした。




 不意に枝が爆発する。
 爆ぜて飛ぶ形から、指向性の力が働いていることはわかる。しかし出所に人影はない。
 アインは立ち止まって叫ぼうとした。相手の正体を誰何するためだ。
 だが結局はしゃべらずにまた駆けだした。駆けるというよりも飛ぶ、跳ねるといった表現が合う早さで移動した。
 相手の正体はわかっている。だがそれは彼らの口からしゃべらせなければならない。それが彼らの目的だった。
「ウィッチ!」
 アインの声に彼が答える。形態進化を行ってモグラと犬の中間の生物になった彼は、土中に潜んでいた。
 さらに背中から蔦に似た触手を生やし、それを気づかれぬよう木々に巻き付かせて辺り一帯を支配下に置いていた。
 その蔦の一本に姿の見えなかった者がかかった。
 とらわれた者は締め上げられて正体を現した。
 ダークグリーンのプロテクターに身を包んだ少女だった。ただし性別がわかるのは胸のふくらみからであって、本当に少女だという保証はない。ヘルメットによって口元も見えない。
 そのことはアインもウィッチも承知していた。自分たちがそうであるように、形状などはどうとでも変化させられるものだからだ。
 ウィッチは捕縛した少女をそのまま土中に引きずり込んだ。軟らかな土とはいえ人一人潜らせるにはかたすぎる。
 少女は頭から土に飲み込まれる感覚に恐怖したのか、必死になってあらがった。
 ──カッ、ハ!
 不意に拘束が解けて慌てて逃れる。二・三歩進んだところでのどに手を当てて息を吐く。
 ずたずたに裂けたウィッチの蔦が転がって跳ねた。
「空気を操るというのは伊達ではないか」
 少女の姿が見えなくなる。
 少女がやっているのではない。他に居る能力者だと判断する。
 大気の屈折率を変えて見えなくしているのだろう。その力を使って圧縮した空気による刃も撃ち出す。先の爆発もそうだった。
 固まりにした大気を落としたのだ。
 アインはどうしたものかと悩んでいた。実を言えば能力者との集団同士の戦闘などしたことがなかったからだ。
 能力者は普通人に対して使われることが多い。もちろん一人、あるいは少人数での行動になる。
 目だけでは足りないから耳を足す。その程度の感覚でだ。
 だからこそ、戦闘となると連携の方法がつかめなくなってしまっていた。敵陣の連携を崩し、自軍の動きをスムーズにするなど、特殊な訓練を受けた者でなければできないことだからだ。
(それは向こうも同じのようだが……)
 勝手がわからないからこそ、最初のような無謀な攻撃もするのだろう。
 あの爆発では巻き添えもあったに違いないと彼は踏んでいた。だからこそ先の少女はどこか動きが堅かったのだ。
「しかし、それがわかれば手の出しようはある」
 彼は自身の力を解放した。
 ──キィン!
 硬質な音が彼を中心として放たれた。それは超音波と口にされるたぐいのものだった。
 右で、左で、木の上で……土中以外の場所でくぐもった声が漏らされた。
 よろよろと耳の辺りを押さえて人間がふらつき出てきた。木の上からどさりと落ちてきた。
 人を破壊するほどのものではなくとも、聴覚を破壊するには十分な音。それが彼の放ったものだった。
 しゅるしゅると地面から生えた茎のようなものが、くるりと丸まって彼らを捕らえる。
「他には……」
 彼は首を巡らせてぎょっとした。
「カヲル様……」
 ほんのわずかに離れた場所……。
 自分の力が影響したはずのその場所に、何事もなかったかのように立っている。
 だからこそ彼は驚きを表していた。


 カヲルは蔦に縛られている者たちを見て、軽くため息を漏らしてしまった。
「なんて下品なんだろう……」
 三流紙のような格好だと思う。胸を強調するように縛り上げるなど品性に欠ける。
「世間に毒されてしまったんじゃないのかい?」
 しかしこれにはアインこそなにをという顔つきになった。カヲルのいうことがわからなかったからだ。
「ああ……そうか、そういうことなのか」
 一人で納得するカヲルである。
「勝手な連想をしてしまう僕こそ毒されてしまっていると言うことか」
「あなたがなにを考えているのかはわかりませんが……」
 アインは手出し無用と牽制した。
「これはわたしたちに課せられた使命ですので」
「使命ねぇ……」
「あなたはこのものたちが何者であるのかご存じなのですか?」
「アスカちゃんを狙ってきたラングレーの者じゃないのかい?」
「は?」
 カヲルは目を丸くして驚いた。
「違うのかい?」
「この者たちはフェーサーの分家の者たちです……」
「フェーサーの?」
「身内の恥……とご理解ください。ラングレーの者を迎え入れるなどとはと考える者もいるのです。同時に、この機会にアネッサ様を亡き者にしようという者どもも」
 が、カヲルは最後まで話を聞いてはいなかった。
「しまった! てっきり君たちが守ってくれるのかと期待していたんだが、違ったのか」
「なにが……まさか」
「シンジ君が言っていたんだよ。アスカちゃんをさらいに来ている連中がいるとね」
「では」
「君たちでは守りきれない……こういうことなのかい? シンジ君もやってくれる」
「カヲル様」
「君たちは行ってくれ、君たちの方が速い」
「ですが、このものたちは」
 カヲルは冷たく微笑した。
「処分は僕がしておくよ……こういうことは、僕の専売特許だからね」
 アインはゾクリとする感覚に硬直してしまった。
 薄れかけていた感覚……それをカヲルに、恐怖の形で見せられてしまったからだった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。