──バタン。
惣流家を辞した老ラングレーは、運転手から状況を伝えられた。
「フェーサーのものが動いたとのことです」
「こちらの者はどうしていますか?」
「ご指示の通りに、アスカ様に接触を試みていると……」
「どうしましたか?」
「いえ……碇シンジが、思っていた以上の障害であるようで」
それそうでしょうと彼女は頷いた。
「そのようなことはわかっています……ですから、あの『三人』に任せたのです」
彼らならばやってくれるだろう。老ラングレーの顔は自信に満ちあふれていた。
「きゃあ!」
アスカは顔を腕でかばった。
その直前に金色の障壁が出現する。いや、障壁は初めからあったのだ。姿が見えたのはそこに何かがぶつかったからのことである。
「この……」
アスカは立ちふさがっている者どもに向かって命令した。
「無駄なんだからどきなさいよ!」
「って守ってるのは僕なんだけどな……」
あれだ、虎の威を借る狐……と言ったのはレイだった。
「でもなんかアスカが狐ってのは合わないなぁ」
「そうだよね」
「女狐って言うほど頭よくないし」
「相手がなんなのかとか聞こうとしないもんね……」
「どけの一言ですませるんだから」
「あんたらねぇ!」
アスカは振り返って叫んだ。
「どっちの味方なのよ!」
「アスカだよ?」
「アスカに決まってるじゃない」
思わず拳を振り上げたくなるアスカである。
彼女たちの前には二人の少年が立っていた。それが誰なのかはわからない。見たこともない顔だった。
アスカの誰何にも動じない。格好は一人はチェックのシャツにスラックス。
もう一人は灰色のTシャツにジーンズという出で立ちだった。
「一体……」
どういうつもりかと問いただしたくなる。と、油断したときだった。
「え!?」
急に辺りが暗くなった。その分Tシャツの少年の右手に光が集まっていた。
その固まりから光が線となって放出される。
「レイ!」
シンジはレイの胸の辺りに手のひらを出した。ATフィールドが直前で光を空へと弾き上げる。
「殺す気なのか……」
シンジは愕然としてしまった。
「どうして……」
「それが使命……ってことなんだと思う」
「レイ?」
シンジは醒めた目をしているレイに驚いてしまった。
「どうしたんだよ……」
「なんでもない」
「え? でも……」
「いいから! ……使命って言うのは、なにがなんでもアスカを連れ去ろうって、そういうこと」
「僕たちを殺してでも?」
「邪魔者を……ってことね」
そんな無茶なとシンジはこぼした。
「どうしてそこまでして」
「アスカが欲しいからよ。決まってるじゃない」
「って、アタシの責任でシンジやレイが死んだら、アタシ、あんたたちを許せそうにないんだけど……」
無駄だった。
揺さぶりをかけても手をゆるめるつもりはないようである。
「なんなのよ……」
「死人に口なし……」
「そういうことか!」
──カヲル君もそそっかしい!
シンジには騙したつもりなどなかった。カヲルの頭がよすぎたのだ。
回転が速いために、よけいなところまで想像を働かせてしまった。そのことを今は恨む。
「シンジ、やっちゃいなさいよ!」
「だめだよ!」
「どうしてよ!?」
「僕には……人殺しなんてできないよ!」
「はぁ!?」
アスカが驚いたのは、別にそこまでのことを言っているつもりはなかったからだ。
「殺すって……」
「あの人たちは……」
シンジは両腕を広げると、アスカとレイを背中に入るようにと下がらせた。
「普通じゃない」
「そりゃわかってるけど……」
「死ぬまでやる気なんだ……それくらいちゃんとしてる人たちなんだよ」
「…………」
「仕事……って言えばわかるかな? 任された以上はって感じだよ。諦めさせることなんてできないよ」
「だから……殺すしかないってことなの?」
「僕には無理だよ」
当たり前だった。
アスカにしてみても、シンジに人殺しにはなってもらいたくない。だから。
「レイ」
「はい?」
「あんたやっちゃって」
「はいぃ!?」
「あんたがやっちゃって」
「繰り返さないでよ! なんであたしが」
「大丈夫、刑務所に入ってもちゃんと手紙は送るから……結婚式の写真と赤ちゃんの写真と」
「うわぁあああああ、性格悪ぅ……」
このいじめっ子めと言い返す。
(なんでこう余裕があるんだろう……)
シンジは緊張感がないなぁと苦笑いをした。
「来る」
レイの唐突な言葉に身構える。
ぐんっと周囲が暗くなった。まるで夜になったようだ。シンジはへたに下がることができなくなった。林の中だけに間違って動けば枝や葉で怪我をする。
だが真っ正面に立つ少年がかき集めている光と、それが持つ熱には本能的な恐怖心が働いてしまっていた。
「シンジクン!」
「この!」
シンジはレイの声に反応して両手を突き出していた。ATフィールドが膨大な熱量を受け止める。
その隙を衝いたのか、シンジたちの背後にチェックのシャツの少年が瞬間移動を披露していた。
「きゃあ!」
彼の下半身が消えた。アスカは奇妙な違和感に捉えられてしまった。何かが腰にからみついている……そのような感じだった。
「シンジ! たすけ……」
「レイ!」
レイは顔をしかめた。それはシンジが莫大な量の情報を送ってよこしたからだった。
圧縮されたデータともいえるそれは、レイの第三眼によってひもとかれた。シンジが見抜いた敵の能力を、シンジが説明するままに聞いていたのでは時間がかかりすぎてしまう。
だからこそ、説明される過程を第三眼で先に見たのだ。
(あたしと同じ、能力!)
──きゃあ!
膝ほどにまでつり上げられていたアスカは、きゃんっと地に落とされてお尻を打った。
「いったぁ……なんなのよ」
「アスカはあたしとシンジクンの間にいて」
「あ、うん……」
「怖い奴……」
レイは相手をにらみつけたが、表情ほど強気ではいられなかった。
それは自分と同じ類の能力を、まったく別の……それも、信じがたい使い方をしている相手への、恐怖心からのおびえであった。
●
──レイの能力は量子を操ることである。
第三眼は世界のミニチュアを作り出し、シミュレートとエミュレートを同時に行うものである。だがこれには世界の現在を瞬時に読みとる特殊なセンスが要求される。
それはレイが特殊な生まれであることから授けられているものである。だからこそ、彼女の他に同じ未来視ができる者は存在しない。
しかし、量子というものは世界を構成しているものだから、これに干渉することで多少の破壊現象や不可思議状況を演出することはできるのだ……が、それがレイの限界だった。
(この人……)
ドンドンと音がするのは、シンジが攻撃を受け止めている音だ。
光を凝縮して放つ攻撃から、光の弾をそのまま投げつける攻撃へと変更している。シンジはそれを受け止めていた。
レイは身動きが取れなくなってしまっていた。
相手は自分よりもうまく量子エネルギーを操っている。いや、もっと過激に使用している。
人間の体は小さな粒の集まりである。その粒を固まりとして集めているのは魂と呼ばれる類の核である。
彼はその核を量子エネルギーによって擬似的に作り出し、ATフィールドと呼ばれる位相空間をリモコンマシンのように現出している。
その空間は彼の意志が支配する世界である。もっとも彼も人間であるから、その想像力には限界がある。
アスカを捉えようと思えば、手か足のようなものを想像する必要がある。しかしそれを下手に操れば、誤って本物の自分の手や足を動かしてしまいかねない。
だからこそ、彼は自分の体を分解して、アスカにまとわりつかせたのだ。
──自分の体を分解した?
そんなことを平然とやる。元に戻れない可能性もあるというのに。
(シンジクンじゃあるまいし……)
シンジは違う。もっと違った形での変容である。
しかしウィッチなどは同じなのかもしれない。エヴァに目覚めた者はエヴァを核とした生き物へと変化する。
そうなればエヴァと魂は同義となる。エヴァに自身を投影すれば、精神だけの存在ともなれるのだ。そうなれば肉体は従属物となって、どのようなものであっても問題がなくなるということになる。
もちろん、理論的には……という話である。
実際には人間でないものになるのだから、どのように生きるものなのか? その臓器や本能的な衝動に至るまで、すべてを想像し、決めなければならない。
これが変化の方向性や限界というものを定めてしまう。
ウィッチの場合は、環境の改善、改造である。
ならば彼はなにを基準にして体を崩しているのだろうか?
戻しているのだろうか?
(イメージがあるんだ……自分はこういう形をしてるって、完全なイメージが)
それがどれほど凄いことなのかは想像できなかった。
だがすごさはわかる。
レイには自分の背中がどうなっているのか? それを思い出すことすらできなかった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。