「なんて……」
次元の違う戦いなんだろう? 彼は動きが取れないでいた。
部隊長から送り出されて、状況把握に努めるというのが戦自の彼の役割だったのだが、シンジたちのそれはあまりにも桁が違いすぎて、理解することもできなかった。
「いい加減に!」
シンジは面倒になったのか、ATフィールドの質量を増大させた。
球を描いて枝が曲がり、ついには木々が押し倒される。
あらゆるものをなぎ倒して、シンジは林の中に直径六十メートルほどの更地を作った。
「……シンジクンがキレた?」
レイは目を丸くしてしまった。珍しいものを見たと思ったからだ。
それはアスカも同じだった。
「コワ〜〜〜……」
内心で思う。
(あたしってほんとはかなり大事にされてたのかも)
最初の頃、かなり嫌われていたのだ。こちらに来たとき。
それでもシンジはわめくだけでお願いだから近づいてこないでと言っていた。
今ならわかる。これ以上嫌いになりたくない。無視するしかないと思いたくない。
そんな相手は確実にいるのだ。
好きなのではないかもしれない。愛している……というのはさらに遠いだろう。
それでも親しかった頃の思い出があるから、無視できないという相手が確実に存在する。なぜならその相手の存在を無視するためには、自分の中にある懐かしい思い出もまた消していかなければならないからだ。
そこまで僕を追い込まないで欲しい。あのころのシンジはそんなことを思っていたのかもしれない。だからこそ第三新東京市へと移り住んだのかもしれなかった。
そうすれば、後は懐かしく思うだけで済むからだ。
そんな具合に……ようやく心の均衡を取り戻しかけていたところに、自分のような存在が現れたのならどうなるか?
ならばやむを得ないだろうと、破壊衝動に任せた処分を味合わされていたかもしれない。
(なのに……シンジは)
あくまで自分の中に納めようとしてくれた。
それがどれだけ重要なことであるのか? わからないようなアスカではない。
「むぅ……」
レイはなぜだか場違いにぽうっと赤くなったアスカにふくれた面をした。
「なんかロクでもないこと考えてる」
どきっとするアスカである。
「ばっ、そんなわけ……」
「なんでドモる?」
「だからあたしはぁ!」
「……なに?」
「ええと……シンジがちょっとカッコイイなって、ほら、野性的な横顔とか」
「むぅ……」
反論できないレイである。
「…………」
シンジはそんな二人のじゃれ合いなど聞いてはいなかった。
あの二人が並んで立っている。シンジのATフィールドを飛び下がって避けたのだ。
「…………」
しかしその二人もまた驚いた顔をしていた。それもそのはずで、このような強力なATフィールドを展開できる人間など見たことがなかったからだ。
ATフィールドは人間が持っている形態維持のための特殊な磁場のようなものであると考えられている。それが強力になると位相差が発生し、バリア的な役割も持つようになると思われていた。
だとして……だ。
シンジは半径三十メートルにまでそれを広げて見せたのだ。チェックの少年の顔は本当に青ざめたものとなっていた。自分の能力に照らし合わせてしまったからだ。
核を擬似的に形成することで位相差空間を現出する彼である。だがせいぜいが二メートル、これが限界であったのだ。
もちろん核を大量に発生させればもっとのばすことはできるだろうが、それすらも比較にはならないだろう。
相手が発生させたのは半径三十メートルの『半球状空間』である。この調子であれば完全な球状空間を発生させることもできるだろう。
──サードチルドレンは、最大で身の丈六十メートルの怪物に変貌することができる計算になる。
それはまさに恐怖だった。
「くっ」
一人がようやく口を開いた。
「アレン!」
誰? シンジがそう思うよりも早く、結果はシンジの身に起こっていた。
「あれ?」
がくんと体が崩れ落ちる。
「シンジ!?」
助け起こそうとしたアスカであったが、体が動かなかった。
「なによこれ!?」
全身を濃密な大気に絡め取られている……アスカはそれが先の少年の仕業だと感じたが、体が動かないために確認は取れなかった。
「アスカ!」
レイはどうしたものかと身構えた。
「だから言ったろう」
三人目が居たのだ。
声だけがする。
「功名心にはやるのは勝手だが、目的の達成以上のことは考えるべきではないと」
く……と、悔しげな感情が霧から感じられて、やはりあの少年なのだとアスカは確信した。
「だ……れよ」
「お迎えに上がりました」
「シンジクンになにをしたの!」
ふっとあざけるようなものが聞こえた。
「人はエヴァに目覚めたときから、体を動かす神経のようなものを、魂からエヴァへとスライドさせていくのです……そのスイッチを切ってさしあげただけのことですよ」
「そんな……そんなこと」
「フィフスチルドレンだけにできることだと思っていましたか? 切り札というものはどこも隠しているものです」
どこに? さっと目を走らせるが見つからない。
「どうしてこんなことをするの!」
「アスカ様をお連れするのがわたくしどもの役目ですので……では」
「い……いや、いやぁ!」
「アスカ!」
徐々に浮いていく。
空へと。
「アス……!?」
レイはそこに探していた相手を見つけた。
空に浮かんでいたのだ。そしてずっと見ていたのだ。
シンジが張っていた知覚圏外から、ずっと。
「アスカは渡さない!」
「邪魔を!」
光を操る少年が、レイに向かって光線を放った。
「レイ!」
アスカが絶叫する。次に来たのはレイの悲鳴であった。
「きゃあ!」
しかしレイに怪我はなかった。
「渚君!?」
カヲルだった……着衣であるシャツの背が奇妙なモーフィングを見せて翼を形作っていた。
そしてレイをかばっていた。
「…………」
カヲルは抱きしめるようにしていたレイを離すと、空に飛んでアスカへと手を伸ばした。
「させません」
アレンという名の少年がカヲルを睨んだ。
「無駄だよ」
だがカヲルはニッと笑って、アスカを霧の中からもぎ取った。そのまま上昇してアレンの懐に入り込み、彼の顔に顔を近づけた。
「君の力は、通じない」
その目が赤く、赤く光る。
「あ、う……」
今度はアレンが力を失う番だった。
カクンと力尽きて落ちようとする。カヲルは律儀にもアスカを抱く腕とは反対の手で彼を助けた。
「い……一応、礼はいっとくわ」
「大丈夫だよ。借りを返しただけだからね」
「借り?」
「シンジ君のさ」
「そうだ! シンジ!」
アスカは下を見て驚いた。
「あ……」
シンジは最初に見た場所には居なかった。
Tシャツの少年の首を締め上げていた。
「シンジ!」
アスカからはよくわからずとも、レイにははっきりと彼の異常がつかめていた。
「シンジクン……」
恐れるようにして後ずさる。
──グルルルル。
シンジの口からは異常な声が漏れていた……それは、まるで。
「使徒化しているのか」
「え!?」
ガァッと吼えた。その声はいつか聞いたことがあった気がした。
(初号機の、暴走の!)
アスカとレイは真にゾッとした。
「……今のシンジ君は、エヴァンゲリオン初号機を取り込んで成り立っているんだよ。その本能を制御していたのはシンジ君の魂なんだ。それを切り離したときどうなるか? もう一つの自我に目覚めて動き出す……」
「あれも……シンジだって言うの?」
「そうさ。おかしく思ったことはないかい? かつてのシンジ君は生きることがつまらなくて、無理に生きる理由を作っていた」
──漫画本やゲームの続きを楽しみとする……そんなくだらないものを生きる理由として耐えていた。
「今はどうだろう? 君たちと過ごすことも、そんなに悪くないと思うようになっていたんだよ? だからこそ洞木さんと言ったかな……その人を失いたくはないと思っている」
「好きだから?」
「違うよ……棘を残してままにして楽しく生きることなんてできやしないさ」
「あたしたちと居るために?」
「笑うためにだよ。ならば君たちを失うこともまたいけないことなんだよ。君たちを失っては、たとえ洞木さんを救出できたとしても、やはり笑うことはできないからね」
「それは……そうだけど」
「君たちと居ることは、彼にとって確かに楽しいことのはずなんだよ。なのにそれを表現しなかったのは? しなかったんじゃない。できなかったのさ」
「どうしてよ!」
「あれがその原因だよ」
アスカは気が付いていなかった。
自分が口を開かずに、一瞬で会話を完了させていたことにである。
(やはり、君は)
カヲルは確信するに至った。
アスカは力を失ってなどはいないのだと。ただ、形が変わっているために、見えなくなってしまっているだけなのだと。
「シンジっ、だめ!」
アスカは叫んだ。
「殺したら、あんた!」
一生悔いることになる。
それはすべてを台無しにしてしまうことだ。将来……、いや。
コダマを救うという計画でさえも。
「だめぇ!」
その時動いたのは霧となっていた少年だった。
めくられた地面に現れると、急激に体を分解し始めた。
「な!?」
レイは焦った、彼はやる気だと。
体を細胞単位にまで分解して、そのすべてを核として展開する。
さらには発生させた位相差空間同士を共鳴させて、破滅的な破壊力を生み出そうとしている。
「だ……」
だめだと叫ぼうとして、できない自分に気が付いてしまった。
レイもまた彼の空間の中に囚われてしまっていた。動けない。
(シンジ君!)
シンジの姿をした獣は泡を吹いて動かなくなった少年を投げ捨てた。首の骨は折れていない。その点に置いてはチェックの少年の行動は間に合ったと言えた。
──このまま、こともなく終われば、だが。
(だめぇ!)
共鳴現象によって高められたエネルギーが、量子ビームとしてシンジを基点に立ち上った。
──いや、落ちた。
「くうっ!」
「シンジぃ!」
カヲルでさえも身を守るのがやっとのほどの熱量だった。レイは量子の流れを操って熱を避けた。
「ぐぁあ!」
光が消えると同時に少年の上半身が転がった。
「くっ、は、はぁ、くそ!」
毒づき、手を伸ばす。
そこにあった倒木に触れる。
倒木はぐずぐずと形を失っていった。その分、少年の失われた半身が復活していく。
(木を……食ってる)
ゾッとする。
「シンジクン……」
どうなったのだろう?
じゅくじゅくと溶解した地面が煙を上げている。その中で影がゆらりとうごめいた。
「シンジクン!」
レイの叫びに、少年は嘘だろうと振り返った。
ドシャリと足が沸騰する地面を踏みつけた。
シンジであったはずのものが歩み出してくる。その姿はエヴァ初号機とそっくりの鎧によって覆われていた……。
──いや。
顔もまた初号機と同じ化け物のように変貌していた。
「うわぁあああああ!」
背丈も二メートルを超えている。少年は恐慌に陥って全身を霧に変えた。
「くうっ!」
悲鳴を上げたのはレイだった。
「レイ!」
アスカが心配する声を放った。
「渚っ、レイが!」
「…………」
「渚!」
カヲルは無視した。
彼はなにかを見極めようとしていた。
そしてそれはすぐにわかった。
「え……」
レイの背後に、誰かが居た。
その者は手を伸ばすと、無造作に『霧』をつかんで引きはがした。
「くっ、あ、あ!」
霧は徐々に人の姿に戻っていった。彼は首を絞められる形となっていた。
頸動脈を直に押さえられていたからか? 彼はかくんと気を失った。
「……レイ?」
アスカは目を丸くした。
レイの背後にいるのは……同じレイの顔をした誰かだったからだった。
その少女はシンジへと目を向けると、とてもいやらしく微笑を浮かべた。
──そして一歩踏み出すと、レイに重なって消えてしまった。
「な……」
アスカは事態についてはいけなかった。
混乱してしまい、カヲルが深刻な表情をしているのにも気づかなかった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。