──あ!
 切れた。そう感じた。
「でもそれは死への旅とは違うもの」
「誰?」
 振り返ったシンジは驚く。
「レイ?」


「グ……、ウ」
 ドシャリとエヴァが一歩を踏む。
 肉汁が装甲の隙間よりブジュリと散った。中身はまるで固まっていない。
 なのに甲殻をしっかりと支えているのだ。
「シンジなの!? きゃあ!」
 そのエヴァンゲリオンの目から、くすぶる煙を突き抜けて、熱の固まりがカヲルを襲った。
「──!?」
 驚愕する。
 カヲルの顔に、大穴が空いたからだ。
「きゃん!」
 どしゃんと落とされて腰を打ったが、痛がっている場合などではなかった。
「な、な……」
 血が出ていない。
 それどころか、ぶよぶよとうごめいている。穴が空いたというのは、そのままの意味で、肉のかたまりに穴が穿たれた状態となっていた。
 骨も、脳も、なにもないのだ。
「な、渚ぁ!?」
 その形状が変化していく。
 徐々に体つきが変わって、頭も穴がふさがっていく。
「あ……あんた」
 その後、復活したときには、彼はアネッサの付き人の一人──アインへと戻っていた。
「なんで……どうなってんのよ!?」
 アインはアスカに下がれと命じた。
「どういう状況なんです? これは……」
「はぁ? あんたなに言って……」
 アインは彼女を背後にかばいつつ、ぼそぼそっとした調子で自分のことを伝えた。
「肉体は魂の従属物であるという話をご存じですか?」
「知らないわよ、そんなの!」
「……逆を考えれば、魂にとっては宿りやすい肉体があるという話ですよ」
 彼の言いたいことは簡単だった。
 肉体が魂に依存するものだというのであれば、その形状や形質は、魂の影響を受けて固有の形を取るに至る。
 魂は、肉体を、最も収まりやすい形へと作り上げていくのだ。
「大人になるとエヴァが発動しなくなるのはだからなんですよ。ゆとりがなくなるから」
「って、それがどういう……」
「つまり、わたしはカヲル様のマトリクスをコピーし、この体をあの方に預けたのです」
 はっとする。
「だから!」
 体を貸していたというアインには理解し得ないことであったが、アスカには先の戦いでのカヲルの言葉に合点がいっていた。
 ──通じない。
 その通りだ。肉体を借りているだけだというのなら、何度でも借り直せば済む。それだけのことなのだ。
(って、ちょっと待ってよ……)
 アスカは自分の想像にゾッとする。
(こいつらって……もう生き霊みたいなもんで、好き勝手に憑依してるとか、オカルト?)
 とんでもないことになりつつある。それがわかる。
「シンジクン……なんでしょ?」
「レイ!」
 しかし悠長な会話を交わしているときではなかった。
「逃げなさいって!」
「で、でも……」
「あんたにも変な悪霊が取り付いてるかもしれないんだから!」
「ええ!? それってなに!? どういうコト!」
「説明してる暇はナシ! 全力で逃げる!」
「なんでこんなことにぃ!」
 それはアタシも言いたいんだけど!
 しかしアスカは、妙なことに気がつき始めていた。
(シンジはエヴァの体を使って自分に合った体を作り出した……。それで、魂だけで収まってたってこと?)
 ならば彼らはどうなのだろう?
(こいつらはシンジみたいに成長してきたわけじゃなく、いきなりそんな真似ができてるっての?)
 昔は、第三新東京市こそが最も発現率が高かったはずだった。
 またその質も桁違いであったはず……なのに。
(逆転してる?)
 それはなにを表しているのか?
 今のアスカにはわからなかった。


 林を駆けていたカヲルであったが、彼は唐突によろめいて、手短な木の一本に手を突いて体を支えた。
「く……」
 頭を振る。
「パーソナルの一部を切り分けていただけだというのに、これほどまでにダメージをもらうとはね」
 フィードバックの大きさに笑ってしまう。
 いくら魂の一部を分けていたとは言っても、魂は魂なのだ。
 肉体の痛みまでもらうことはない……はずなのだが。
「さすがだね。ただ毎日を過ごしているだけでも、その能力は見事に目的に向かって精錬されてしまっているらしい」
 より精神的な方面への影響力を付けつつある。
「さて……それほど心配することではないんだけども」
 カヲルは今度こそ、『全力』で林の中を駆けだした。
 人あらざる……エヴァのような足を作って。


「シンジクン!」
(なんでこんなことに?)
 レイが感情的になってくれているからか? アスカは冷静になれていた。
「だいたい渚が悪いのよね……勝手に突っ走るから」
 ふつふつとこみ上げてくるものがある……怒り? だろうか。
「ねぇ……」
 彼女はアインに問いかけた。
「結局さぁ……あたしが悪いの?」
「は?」
「あたしが狙われてんのよね?」
「そう……なりますが」
 アスカはふむふむと頷いた。
「だったらさぁ……」
「ええ!?」
 いやそれは……さすがにアインも止めたくなったが、こういう時のアスカは止まらない。
「いい考えでしょ?」
「…………」
「エヴァにはエヴァよ! これしかないわっ、レイ! 携帯貸して!」
「あ!」
 アスカは強引に奪い去ると、ネルフに出動を要請した。
 この要請が受け入れられた背景は……それはアスカたちにはわからなかった。




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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。