「なに考えてんのよ!」
 久方ぶりの警報。そして発令所への呼び出しと、よほどの事態でなければ認められないはずのエヴァの地上射出の許可。
「遅かったわね」
「どうなってるの!」
「さっきからATフィールドの検知警報が出ずっぱりなのよ」
 リツコの言葉に、ミサトはマヤの手元をのぞき込んだ。
「このパターン……なに?」
「シンジ君よ」
「まさか!? 全然違ってるじゃない……」
「でも、シンジ君なのよ……」
 ミサトはメインモニターに目を向けた。
 そして同僚の言うことが、本当に嘘ではないのだと知ってしまった。


「来た!」
 湖岸の変電施設に見せかけた建物が割れて、そこに十数メートルという赤い巨人が打ち上げられた。
 グルルと唸って、獣が警戒感をあらわにする。
「早く!」
「って、あたしも!?」
「そうよ! 今のあたしじゃ動かすコトなんてできないんだから」
「で、でも!」
 何かを口にしようとするレイ。しかしアスカは言わせなかった。
「あんたはそこで持ちこたえてて!」
「無茶を!」
 言うなと、こちらも言わせてはもらえない。
「持ちこたえろって……」
 目を戻すと、獣は彼を見つめていた。
「う……」
 やるのか? 彼にはそう言っているように見えてしまった。
「うわああああ!」


 ──うわああああ!
「アスカ!」
「大丈夫だって!」
 なにが、どう大丈夫なのか?
 レイは問いつめたい気持ちになったが、そんなことよりもと思い直した。
 弐号機がある。大きい。久方ぶりに見るとエヴァンゲリオンは本当に大きい。
 その背に回り込むと、エヴァンゲリオンを駐機させている固定台があり、コクピットに乗り込むためのエレベーターが設えられていた。
 驚いている親子連れが、その周囲に人垣を作り始めている。
 アスカはどいてどいてと押しのけると、そのエレベーターに乗り込んでスイッチを押した。
「レイ、あんたがバックアップね!」
「バックアップって……」
「いまのアタシじゃエヴァには乗れないもん」
「あ、わかってるんだ」
「ついでに、エヴァのない人間が乗ったら、下手すると精神汚染で死んじゃうこともあるってね?」
 そこまでわかってるのなら、言うことはないとレイは判断した。
「けど、一緒に乗ったからって、アスカへのフィードバックを肩代わりできるとは思えないんだけど……」
「まあ……ね」
「ん?」
「本当はさ」
「なに?」
 アスカの表情に決意の色が窺えた。


「アスカ……乗るつもりなのか。エヴァに」
 シンジは『そこ』から様子を見ていた。
「なんで……」
「乗れるかもしれないから」
「乗れなかったら!?」
「死ぬことになる」
「どうしてそこまでして……」
「あなたとは対等でなければならないと思いこんでしまっているのよ。でなければ緩慢な死を享受することになるだけだから」
 シンジはうらめしげに彼女を睨んだ。
「……君は誰?」
「綾波レイ」
「嘘だ。僕の知ってるレイはあそこに……」
「でもわたしも一人の綾波レイ」
「一人の?」
「そう」
 両腕を広げる。
「この世にたくさん生み出された綾波レイの中の一人……あるいは集合体として在るもの」
「エヴァ……」
「そう。わたしはあなたたちがエヴァと呼ぶもの」
「違う……違う。逆じゃないのか?」
 シンジはかぶりを振って考えた。
「エヴァたちが集まって君になったんじゃなくて……君が切り分けられて、エヴァというものが」
「……どちらでも同じことよ」
 彼女は告げる。
「でも一つだけ違うことがある……それはたくさんの綾波レイの思い出に、この魂を為すものは染まっている」
「でも僕が知ってるのは一人だけだ」
「それは嘘よ」
「どうして……そんな」
「すべからく人は綾波レイの子供だから」
 遠い過去の記憶が蘇る。
 あるいはそれは記録だった。
 荒れ果てた荒野に散っていく作られた命たち。その命たちが育んできたもの。そして営み。
「こんなことって……」
 その子孫によって満たされた世界。
「綾波レイは、その中で最も原始に近いもの」
 ──だから。
「その思いは、エヴァを通じて皆にも戻る」
「それじゃあ僕が好かれるように、この世界はなってしまってるって言いたいの!?」
「綾波レイはあなたが好きよ?」
「レイが世界を決めるって言うの?」
「すでにあなたに敵意を抱く者はいないわ」
「なんで……」
「それがユイの……お母さんの望んだことだから」
 シンジはわからないよと唇をかんだ。
「もう一度だけ聞かせてよ……」
「なに?」
「君は、誰……いや」
 まっすぐににらみつける。
「君は、なんなの?」
 その問いに対する答えは、ない。


「エヴァンゲリオン弐号機、起動!」
 02がゆっくりと立ちあがる。
 おおっと大人たちが驚き、子供たちがきゃっきゃとはしゃぐ。
「緊張感ないなぁ」
 苦笑うレイ。
 アスカは単純に喜んでいた。
「やった! あたしにもまだ動かせるんじゃない!」
 レイはここでも首をひねった。
(やっぱりわかんないなぁ……)
 どうにも納得がいかないのだ。
(下手するとアスカって死んじゃうかもしれなかったのに、こんなに簡単にエヴァに乗せるなんて、使わせるなんて)
 鈴原トウジとは扱いが大きく違ってはいないだろうか?
(やっぱり……あれが原因なのかな?)
 レイは思い出していた。
 あの、アスカが見せた現象のことを。




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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。