「凄い!」
 シンジは叫ぶ。


「動いた……」
 驚愕するミサト。


「予想通りだな」
 ──人類補完委員会。
「エヴァを失い、なお動かすか」


「はい」
 老ラングレーは、車載電話を耳に当てて、驚愕に目を見開いた。
「キール……なぜあなたが」
 愚問だなと男は告げた。
『初期段階において発見されたチルドレンには、監視員が付けられている。貴重なサンプルだということだよ』
 そして彼女に、セカンドチルドレンへの干渉を禁止する旨を伝える。
 ──ギリ。
 老ラングレーは唇をかみしめた。
(そういうこと!)
 アレクの不敵な様子に結びつける。
『あなたはあまりにも世界の動きに疎すぎる……』
 その通りなのだと思い知る。
 自分たちのような小物がいくらあがこうとも、より大きな者たちの意向こそが、すべてのことに優先される。
 彼女にとっては、ラングレーこそが世界である。
 だが、より大きな世界を持つ者たちにとっては、それはあまりにも卑小な世界に過ぎないのだ。
 ラングレーの趨勢(すうせい)などは、しょせん些少な出来事に過ぎない。
 自分は、ラングレーは……世界の権勢からは切り捨てられた。
 憤怒の形相で彼女は恨む。
(いえ……まだ)
 彼女は一片の理性を総動員した。
(なればこそ……世界の中枢に在ろうとしているキョウコの娘が必要なのよ)
 頑健であるからこそ、こりるということがないのかもしれない。
 彼女の意識は、まだ見ぬ孫娘へと飛んでいった。


「アスカ!」
 シンジは炎の固まりを見た。
「エヴァを使えなくなったって言ってたのに、なんで!?」
 02の中に二人が見える。
 しかし内の一人は炎そのものとして認識できた。あふれ出す炎のエヴァがエヴァンゲリオンを満たしている。
 それは失われたはずのアスカが生み出す波動であった。
「答えは簡単」
 地上から十二メートルほどの位置だろうか?
 二人はならんで見下ろしている。
「あの子はエヴァそのものになった」
「エヴァそのもの?」
「エヴァは魂……そして血肉に宿るもの。けれどあの子はエヴァそのものになってしまった。だから身肉をエヴァによって作り続けなければならなくなった」
「だから……エヴァとして使うような余裕がなくなったってことなの?」
「そうよ」
「そんな……」
「彼女はもう……人間ではないわ」
 あなたと同じにね──彼女の瞳は語っていた。


「騒がしいようですね」
 ──アネッサは落ち込んでいた。
 椅子に腕をかけ、うなだれるようにして体をもたげている。
 そのそばには残る二人が居た。
「アネッサ様……」
 ピクリと反応する。
「お気を……」
「なら」
 顔を上げる。
「わたしを行かせてください」
「それはなりません」
「あなたたちはわたしのものなのではないのですか?」
「もちろんでございます……が、そのお言葉だけはお聞きするわけには参りません」
「なぜです!」
「あなた様のためです」
「ふん……お父様の命なのでしょう? わたしを守れと」
「はい」
「わたしではない……お父様に仕えているのではないですか、それでは」
「そのように取られたとしても、かまいません」
 それでもと彼らは言う。
「拝命の際、我々はあなた様をお守りするようにとお言葉を賜りました。これはあらゆる命の最上段にあるものです」
「だからお兄様から遠ざけようというのですか? わたしを」
「いえ……」
「お嬢様は考え違いをなさっておられます」
「なにが!」
「お嬢様は嫉妬していらっしゃるのですか?」
「無礼な!」
「アレン……」
「ヤン、黙っていてくれ」
 同僚を威嚇する。
「よいですか? エヴァなど必要ないのですよ……そう、カヲル様はいつでも自由を手に入れられる人間なのです」
「自由?」
「エヴァなど消してしまえばよいのですよ。あの方にはそれができる」
「ですが……」
「いかなフェーサーといえども、エヴァ無しにはそうそう強引な真似はできますまい。今や世は報道の時代なのですから、前時代的な、闇から闇へなどということは、そうそうできぬことなのですよ。特に、カヲル様ほどの方となれば、自然とどのような方々も目をとめられるでしょう。そのような方が突然に消えたなら? 憶測は憶測を呼び、醜聞以上のものとなりかねない」
「なにが言いたいのですか……」
「そう脅すことはいつでもできる方だと言っているのです……追ってくる者はどのような手練れであろうとも意味を成さないであろう。むしろ有能な駒を失いたくないのであれば……とね? そして常に人の目にあるところにおられればよいのです。誰もあの方を処分できない」
「……なんということを」
「ですが事実です」
 よいですか? と言い含める。
「それでもあの方はフェーサーにおられるのです。それはあなた様の依存症をご存じだからなのです。あなた様にもし万が一のことがあれば、あの方はフェーサーをお出になられるでしょう。それは不幸の連鎖を生みます」
「そのためには……耐えろと言うのですか」
「はい」
「ですがわたしは女です」
「そのお言葉は、まだお早いでしょう」
「子供だというのですか!」
「女性は殿方のために耐えるものです」
「そんなつき合い方……」
「どのみち……もっとも大きな誤解は、あなた様がご自身の価値を見誤っているという点にあります」
「価値?」
「そう……お命を狙われていると言うことですよ」
 アネッサの表情が一変した。
「なんですって?」
「ここは本国ではないのです。フェーサーの重しはあなた様にとっては篭、あるいは牢獄を意味しているものであったかもしれません。ですが同時に、堅牢な城塞でもあったのですよ」
 ふんとアネッサは鼻で笑った。
「あのお父様や、おじいさまが、わたくし一人のことで」
「それでも、あなた様がお亡くなりになれば血は絶えましょう」
「また新たな子をお作りになられるだけなのでは?」
 そっと彼はかぶりを振った。
「フェーサーはあなた様が思うほど、実権というものを維持させてはおりません」
「…………」
「カヲル様を頼りとしているのが実情なのです。社交界はもはやナンバーズチルドレンの質と数を自慢し合う場となっている。カヲル様を縛る鎖はあなた様であり、そしてエヴァにお目覚めになられている直系の方がアネッサ様お一人であられる以上は、あなた様の価値は比類なきものとして捉える以外にはないのです」
「ならばなぜわたしをフェーサーの外に出そうなどという話をするのですか!」
「でなければ一族を押さえ切れぬからですよ。一族の中より優秀な者をというのが決まり事。それでも我が血を引く者をと願うのが親でありましょう?」
「……意思を統一するまでのごまかしごとであると?」
「アレン……これ以上はまずいぞ」
「変に期待をもたれても困ることは困るのですが」
 それでもと明かす。
「あなた様が大人になられないことには、カヲル様の負担は増えるばかりなのです。この地に来ているのがラングレーの手の者だけだという保証はなく、フェーサーの者もいれば、その双方を陥れようとする者たちも参っていることでしょう」
 ──泰然として待て……あるいは信じて。
 そう諭すアレンの言葉に、アネッサはくやしげに唇をかんだ。
 他人の思惑や願望を成就させるための部品に過ぎない。
 それはそんな自分の立場を嘆いてしまってのことであった。




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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。