「話はそこまでだ」
ヤンが割り込む。
「あれを見ろ」
「……エヴァンゲリオンか!?」
木々の向こうに赤い巨人の姿が見える。
さらにその向こうに、ゆっくりと上半身を持ち上げる紫色の機体があった……いや。
機体というには違和感がある。
装甲がどこか生物の光沢を見せているのだ。
「エヴァ01!? あれは失われたはずだが」
わからないがと、ヤンは現実的な相談を持ちかけた。
「ここは近すぎます。退避しましょう」
わかったわとおとなしく従ったに見えたアネッサであったのだが、彼女は小屋を出る一瞬の隙を衝いて逃げ出した。
「アネッサ様!」
「まさに01ね……」
「シンジクンが取り込んだものが復活したの?」
問いかけているわけではない。ただ不安から口にしてしまっていた。
アスカと発令所から通信が入る。
『どういうことなの!?』
「シンジの意識が飛んじゃったのよ! それで……」
『暴走しているということ?』
違うわねとリツコが言った。
『数分前からパターンが変わっているわ』
『まさか、使徒化!?』
『いいえ、パターンはエヴァを示しているわ』
『エヴァを? どういうこと……』
『シンジ君がいないのよ……あそこには』
「アスカ……」
不安げなレイに、アスカはぺろりと舌なめずりをした。
「大丈夫よ」
「どうして言い切れるの?」
「シンジを感じないの?」
「え?」
「ATフィールド? よくわからないけど感じはする……あそこじゃない、どこからか」
感覚が鋭敏になっているのだろうか? それもまたおかしなことだとレイは思った。
コクピットは狭い。もともと一人用であるのだし、無理に位置しようとするとレイはアスカとシートに挟まれる形で立つしかないのだ。
アスカの腰に手を当てるようにして、彼女の肩から前を見ている。
そこにあるミサトを映しているウィンドウに、真剣な表情のリツコを見つけて、その目がなにかを訴えていることに気が付いた。
──頷いておく。
(アスカのこと、見ておけって)
それくらいは、長いつき合いだから読みとれる。
「いっけぇ!」
気合いを発して02をその懐へと飛び込ませる。
しばらく離れていたと言っても、頭はしっかりと覚えていた。
慣れた調子で思い描き、それを指示として実行させる。
肩の武器庫からナイフを抜いて、両手で握って心臓へ。
本来ならばコアを狙うところだが、この相手に同様の弱点があるのかどうかがわからない。
胸部装甲の下、脇腹のおうとつ、肋骨らしき形のへこみにうまく突き入れる。
01の目がカッと輝いた。目を見開いたのだとレイにはわかった。
──ォオオオオオ!
吼えて、腕を振り回し、02をはねとばす。
「くぅううう!」
滑る足が樹木をなぎ倒す。
耐えてアスカは、レイに大丈夫と声をかける余裕まで見せた。
「けっこう利いたぁ……そっちは?」
「フィードバックがこないの」
「うそ!? じゃあ完全にシンクロしてるの? あたし……」
自分一人で……それがちょっとうれしくなる。
「そっかぁ……」
「なに?」
「あたし、まだ用済みにならないでよさそうだなって思っただけ!」
(アスカ……)
確かに、エヴァンゲリオンを動かせると言うだけでも十分な価値とはなるだろうが。
「たとえ力が使えなくたって、エヴァには一万二千枚の装甲があるんだからぁ!」
レイっと彼女は叫んでいた。
「ATフィールドで防御!」
どこに向かうのだろうと思えば、先の固定台だった。
足下にある電源ユニットを開いて、中にあったソケットを取り出し、背中に装着させる。
「アスカ?」
「あたしだけなら……悔しいけど力が使えないから、それほど電力消費量は少なくてもすむでしょうけど」
アンタは違うでしょうと肩越しに目を合わせる。
「今のアンタの力だったら、内蔵電源とか、増設電池なんかじゃ追いつかないかもしれない」
「うん……」
「アンタは防御、あたしは攻撃!」
無茶よと叫ぶ暇もない。
ズシンズシンと地を噴き上げてエヴァは走る。アスカは足の裏に奇妙な感触を覚えて、それが土を踏み倒木を潰す感触であると思い至った。
(地下は堅い床だったから)
長く乗らずにいたからだろうか?
神経が繋がっているのだという感覚に、酷く感動してしまう。
「シンジの乗ってない01なんてぇ!」
伸ばされた右腕をかいくぐり、その裏の関節の腱をナイフで断つ。
「アタシの敵に、なるわけないでしょう!?」
さらに腹にけりを入れて飛ばし倒す。
滑るようにして吹っ飛んだ01は、そのまま背から倒れて小さくはない地響きを起こした。
「どうよ!」
小さく拳を引いたポーズを決めるが、やはり気負いすぎているのか息が荒くなっている。
「あ……」
ゆっくりと……01が起きあがってくる。傷口がぼこぼこと泡立って、血の流れを止めてしまった。
断たれた筋が元通りになったのか、ぐっと握った手を持ち上げる。
「アスカ……」
「ちっ、エヴァが使徒と同系列の兵器だってのは伊達じゃないわね」
「……あんまり刺激しない方が良いんじゃない?」
「なんでよ!?」
「だって、あれがシンジ君の意志から離れてる状態だって言うなら、防衛本能とか、そういうのかもしれないし」
「そんなの後になってみなきゃ、わかんないじゃない!」
『アスカ!』
「ちぃ!」
ミサトの声に反応して身をかがませる。
その頭上を倍ほどに伸びた01の腕がかすめていた。
「あんなのあり!?」
驚くアスカ。
ミサトはそれでもアスカに新たな評価を付け加えていた。
「今のよく避けられたわね」
「アスカが?」
「ええ」
リツコの問いかけるような目に解説する。
「興奮してるなら、つい癖でって、力を使って避けようとしてたかもしれない……昔のように」
「でもかがませることを選んだ……」
「そう……ちゃんと今の自分にできるやり方を取ってる」
「頭の芯は冷静なのね」
「むしろちゃんと乗れてるってことに、危うくなってもいいくらいだと思うんだけど、レイ!」
『はい!』
「アスカは忙しいようだから、あなたが状況を説明して」
『はい……えっと』
なにから話そうか? そう迷う彼女の言葉に耳を傾けながら、ミサトは別のことも考えていた。
(こんな時に、避難警報も、情報の工作も指示しない。姿も見せない。なんなの?)
それはあの二人のことだった。
「エヴァンゲリオン01の再生と復活」
──加持リョウジである。
「これもあなたのシナリオですか?」
問われてゲンドウは薄く笑った。
──そこまで万能に見えるのか?
まるでそう告げるかのように。
「でも」
シンジは二機の戦いに……、特にアスカの遠慮のなさに唖然としながらも、口にしていた。
「どうして、今更」
「なに?」
「今更なんで、エヴァなんだよ?」
隣の彼女に問いかける。
「エヴァンゲリオンって、力を強めるだけのものでしょ? だから力が使えない人が乗っても大したことはないんだよ。なのに、どうして」
彼女は厳かに告げた。
「確かめるため……」
「確かめる?」
「そう……そのために、わたしはこのときを待っていた」
「このとき?」
「あなたの意識と肉体が離れるときを」
「だからどうして!?」
彼女はシンジをじっと見つめた。
「使徒は……まだ来るから」
「使徒!?」
ええと頷く。
「忘れているの? あなたたちはまだ、月の中心に至っただけ……」
はっとする。
「そうか……」
「ええ……月はまだ、半分も残っているのよ?」
それはただの思いこみに過ぎなかった。
月の残り半分が……上半分と同じだなどと、一体誰が決めたのか?
「地下にはプラントがあるかも知れない」
「そう……だからがんばって」
「え!?」
──パパ。
くすくすと笑い声が聞こえてきて……。
シンジは意識をまた失わされた。
「てぇい!」
アスカのナイフが01ののどを刺し貫く。
がくんと動きを止めたとき、01から通信が入った。
『アス……カ』
「シンジ!?」
寄りかかってくる01を受け止める。
すると首の裏の甲羅が何重にも開かれて、うつぶせになったシンジが外へと吐き出されてきた。
[BACK][TOP][NEXT]
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。