「シンジ! シンジ!」
 肉壁に押し出されてきたシンジが、必死になって立ちあがろうとしている。
 まるで生み出されたばかりの小動物だった。懸命にふるえる四肢を突っ張っている。
 粘液が全体をぬらしていた。右腕を、左腕を、足を粘つくものから無理やりはがす。
「アスカ、01が……」
 シンジが離れようとしているからか? 甲羅が乾き、石のように変化していく。
 さらにはシンジを吐き出した切れ筋のような部分も、どこか乾いて機械的な形状を見せ始めた。
 これに驚いたのはリツコだった。


「形而上学的進化の法則……」
「なに?」
 怪訝そうなミサトの声が、リツコを現実へと引き戻す。
「アスカ! 離れなさい!」
『バカ言ってんじゃないわよ!』
「そうよリツコ! シンジ君を」
「シンジ君を殺したいの!?」
 びくんと02がすくんだ。
『どういう……』
「ちょっとリツコ!」
「いいからすぐに01から手を離して、ATフィールドの干渉圏外に離れなさい!」
 まだまごつこうとする動きを見せたが、02は急に別の動きを見せて、01から手を離し、距離を取った。
『ちょっとレイ!』
『これでいいんですか?』
「もう少し離れて」
『説明しなさいよ!』
 いいわと言って、リツコは内ポケットからたばこの箱を取り出した。
「ちょっとリツコ……」
 いさめる声も気にせずに、箱の下を親指で跳ね上げる。
 一本だけぴょこんと跳びだした物をくわえて、彼女は火を点けようとした。
 ──ちっ。
 手が震えているの気が付き、舌打ちする。
 結局たばこは吸わずに、白衣のポケットに握りつぶした。
「シンジ君は……今、復活の時を迎えているのよ」
『どういうことよ……』
「形而上学的進化の法則……」
『はい?』
「昔、たしかそんな言葉を母さんから聞いたことがあるのよ」
「赤木博士から?」
「元は碇博士の言葉だそうよ」
『なんなの?』
 初号機の変化をつぶさに観察する。
 モニタごしだけに悪い画像ではあったが、それでも十分なようだった。
「神はいかにして神としての形を得たか? そこにこめられているのは人の願望よ。神はこうであって欲しいというね」
『……それが?』
「進化についても同じことが言えるわ。太古の動物はこうであり、その子孫が我々である。でも本当にその生き物はそんな形や色をしていたの? すべては想像に過ぎない」
「だから?」
「現在の自分……それを鑑みて、過去はこうであったと考える。こうであって欲しかったと想像する。それは神を彫り上げていくのと同じなのよ。そして未来の自分達に対しても同じ空想をする」
『それが今のこれとどんな関係があるって!』
『アスカ落ち着いて!』
『うるさい!』
 02が妙な挙動を見せている。
 シンクロ率ではアスカが上回っているものの、エヴァを発動することのできるレイの方が、圧倒的にハーモニクスの数値は高いのだ。
 そのために、両者の命令は拮抗した形で02を縛っている。
『シンジ! シンジぃ!』
『リツコさん!』
「落ち着きなさい……」
 そういうリツコもどこか苛立たしげだった。
「……(けもの)はいかにして進化という名の形態適応を引き起こしているのか? 単なる奇形児の中から生存に適したものが生き残り、その遺伝子が引き継がれている……ほんとうにそれだけなの? でも時に人は自らに課した役割に適した肉体を作り上げることがある。つまり生物は自らの意志の力によって肉体に変化をもたらすことができるのよ」
「それって……」
 ごくりとのどを鳴らす。
「まるでエヴァを得た子供たちじゃない」
 そうよと頷く。
「そしてそのような力の発動が、ATフィールドと呼ばれる局地的な変動場を発生させているのよ。ATフィールドを発生させて、その中でなにかをしているんじゃない。なにかをしようとして発生させた力が空間をゆがめているのよ。そのゆがみの正体がATフィールド」
「じゃあ……ATフィールドは彼らが力をふるえる領域のことじゃないの?」
「それだと遠視はどうなるの?」
「そっか……」
「シンジ君はね……今、自己変革のために力を振り絞っているのよ。繭的な力場が発生しているはずよ?」
 マヤが頷き、肯定する。
「で、あれがどう重なるの?」
 それはねとリツコ。
「親は子を産むわ。でも子の形状は親に依存するものよ? でないと遺伝というものが成立しないから」
「…………」
「その上で、子はいつしか自分という物を持ち始める。自我の形成。でもそれまでの間は? 親に倣うわ。親が伝えるのよ、つまり……」
「シンジ君は……子供を産んでるっての!?」
「逆よ」
「逆?」
「きっとエヴァンゲリオンが、シンジ君を生んでいるのよ。あの子のために適した肉体を生み出そうとしているのよ。自分の体を取り戻すために」
「そんな……」
「エヴァは元に戻るつもりなんだわ。シンジ君の中にあるエヴァンゲリオンの情報を踏襲してね? だから以前の初号機とは違って、ああも機械的な形質が見られるんだわ」
「わかんないわよ……」
「02や00(ゼロ)のイメージが混ざっているんだろうってことよ」


 膝をつく01が見える。それを横目にカヲルは走っていた。
「なにやら予想外の事態も起こっているようだね」
 道路に出る。
 湖岸の林に沿っている道路だ、一車線のみで片側には林があり、反対側には宅地造成中の棚状敷地がある。
 カヲルはエンジンを吹かしている車を見つけた。黒のワンボックスカーだった。
「不審者の一つ目だね」
 バンと音がした、ドアを閉じたのだろう。
 逃げ出そうとする動きに、遅いよとつぶやいて、カヲルはくるりくるりと指を回した。
 ──カッ!
 指先にぽっと灯った光が回転速度を上げて強烈なものとなり、放出されて車のタイヤを撃ち抜いた。
「ふむ……粒子の加速というものは、思ったようにはできないものだね」
 貫通してしまったのが気に入らないようだった。
 後部右タイヤを車輪ごと失ったワンボックスカーは、そのままキュルキュルと異音を放ちつつ蛇行して、ついに横転して停止した。
「……ま、いいね」
 さて次だ。簡単に口にする。
 本来はタイヤをバーストさせて、ブレーキを踏ませるつもりだったのだ。
 木々の向こうにエヴァンゲリオンが二機見える。それを右手に走り出す。
 そして走りながら背には翼を生み出して舞い上がった。
「敵は、どこだい?」
 ──キィイイイイ!
 妙な声をのどからしぼる。
 それ自体に意味はない。しかし巨人機の出現に緊張していた者たちは、この声にとっさの反応を示してしまっていた。
(パターン検知……というところだねぇ)
 赤い目をにやりと細める。
 シンジほどではなくてもATフィールドを広範囲に展開することはできるのだから、後は干渉するものを感知すればそれでいい。
 とっさに身構えてしまった彼らは、微弱であってもATフィールドを展開した。それがカヲルのフィールドにささくれ立って感じられたのである。
(ここまでできる人間が居ないから、彼らは警戒していないんだよね)
 だがそのうちにこのような方法もあるのだと気が付くだろう。
 そうして押さえ込むよう訓練を始めるだろう。
(まあ……僕たちほど強力なフィールドを展開できるような人間が、そうそう出てくるはずはないだろうけどね)
 それでもじわじわとは増えていく。
 それがカヲルの見解だった。




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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。