「はぁはぁはぁはぁはぁ……」
 アネッサは林の途中で、痛いと足下を見てしまった。
 折れた小枝がサンダルの隙間に入って足を切っていた。それほど深くはないのだが、血はにじむように出て止まらない。
「このくらい……の、ことで」
 泣きそうになるのを何とか堪える。
「わたしは一人で生きるもの」
 顔を上げる。
 もし彼女の過去を知るものが居たなら、懐かしい表情をしていると顔をしかめたかもしれない。
 それほどまでにかたくなで、どこか思い詰めたものをにじませていた。


 ──空より凶鳥が舞い降りる。
 バサバサと翼の音を立てて酷く暴れ、そしてまた空高く舞い上がっていく。残されているのは不審な装備をしている男や女だ。気を失ってしまっている。
 そんな急降下攻撃を数度繰り返した後に、カヲルは偶然アレンとヤンを見つけてしまった。


 ──ばさりと突然舞い降りてきた。
 とっさに身構えてしまったものの、その相手がカヲルであると気づき、二人は一応の警戒を解いた。
「カヲル様……」
「もうしわけありません……」
 その消沈ぶりを見れば、なにがあったのかは明らかだった。
「やれやれだねぇ……」
 わざとらしく肩をすくめる。
「どこまでも無茶なお姫様だよ……」
「お言葉ですが……」
「なんだい?」
 恨めしげに伝えるヤンだ。
「綱渡りのような精神状態は以前からのものでした……。そのバランスをかろうじて支えていらっしゃったのはカヲル様なのでは?」
「それが?」
「どうして今になって、突き放すようなことを?」
 カヲルは簡単なことだよと明かした。
「もっと大切なことができたからさ」
「大切な人……ですか?」
「こと、だよ。僕にとっては最重要の問題なのさ」
「それは?」
「碇シンジ君だよ」
 時間が惜しいと二人を促し、走り出す。
「アレン、見えているんだね?」
「はい」
 彼は特殊な能力者だった。
 物体の変化を知覚することができるのだ。
 今の場合、彼はアネッサが踏んだと思われる落ち葉の様子を観察していた。
 踏まれた落ち葉はその弾力性故に元の形状に戻ろうとする。
 その変化を辿っているのだ。
「便利だねぇ……君の力は」
「他に能がありませんもので」
「拗ねているのかい?」
「そういうつもりでは……」
「では謙遜か」
「はぁ……」
「君はもっと自分に自信を持つべきだねぇ」
「それより、サードチルドレンの話ですが」
 ごまかされませんよと彼は睨んだ。
「なぜ、アネッサ様ではなく、彼なのですか?」
「恋のお相手を務めていられる状況ではなくなってしまったと言うことさ」
 ごらんと彼は木々の隙間から見える巨人を示した。
「この状況……どう思う?」
「それは……」
「わからない、そうだろう?」
 はい。そう頷くしかない。
「ですが、それが?」
「つまり……ね。僕にとってはどちらが楽しいかということなのさ」
「楽しい?」
「そう……僕にとってアネッサは妹のようなものだよ。それは彼女が僕に依存しているからさ、甘えようとするばかりだから、それをあやしている以上の感覚を()ることができないんだよ」
「だから、妹のままであると?」
「そうだね……そして僕にとって妹をあやすような真似は退屈なだけの作業に過ぎないんだよ。片手間でもできることさ。同時にその気になればフェーサー家を牛耳ることもできるだろう。血脈を大切にする彼らだよ? お祖父さまやお父さまを軟禁して、あの子を仮の当主に立てれば、僕は労せずして実権を手にすることができるだろう……僕に彼女を骨抜きにすることなんて、とても簡単なことなんだからね」
 言葉で口にするほど簡単なことではないはずだが、その気になればその程度の男を演じることなどやってのける。
 彼らはカヲルの演技力を知っているから、その言葉を鵜呑みにした。
「ですが……」
 ごくりとのどを鳴らしたのは、決して走っているから口が渇いたためではなかった。
「ですが、あなたさまは常々そのようなことに興味はないと」
「そうだよ? できることと、やれることと、やりたいことは違うということさ」
 さらに足を速くする。
「つまらないだろう? 先の読めること、やれることをただやっていくだけの人生なんて。僕にとってはフェーサー家と言う権力も、おぞましいだけの始末屋を続けていくことも、どちらも同じく等価値なんだよ」
 どちらにせよ、先は見える。
「だから、僕は自棄になっていたのかもしれないね。そんな時に彼に──シンジ君に出会ったのさ。彼はこの世で唯一僕の手には負えない存在なんだよ」
 だからこそと楽しげに言う。
「なにが起こるかわからない。どんな難題が降りかかってくるのかわからない。そういう場所にこそ居てみたいとは思わないかい?」
「それは……」
「さっき言ったことなんて、普通の人にもできることさ。普通の人ではない僕たちは、どんなことになら全力を尽くせるんだろうねぇ? ……もしかするとないのかもしれない。けど、どこかには全力を尽くしたとしても手に負えないことがあるのかもしれない。あふれ出すもの……そう、情熱、熱意、そういったものを僕も持っていたのかと驚いているよ。そう、心が弾んでいるってことさ」
 だからと彼は口にする。
「彼女では魅力が足りないんだよ」
 ついに三人はアネッサを見つけた。




[BACK][TOP][NEXT]


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。