第三の巨人が大地に立つ。
 陽光を浴びるその姿は、どちらかと言えば気味の悪いものだった。
 ばさりと大きな翼をふるわせる。
 前に長い頭には目と言えるものがなく、口は気味悪くにたりと笑っているものが存在していた。
 ──瞳はない。なのに、なにかを探して首を巡らす。
 居た……そうしゃべった気がした。そのような感じを受けて、ラングレーの賊二人は身構えた。


 ──お仕置きだね。
 アネッサはそんな意識の刺激を受けて目を覚ました。
 ATフィールドを発生させるなんらかの機関が肉体にあるというのなら、単純に巨大化している体内には、それだけ大きな出力で発生させることのできるものが備わっているということになる。
 その証明は即座になされた。
(これがお兄様のお仕事……)
 繋がっているアネッサには、カヲルがなにをしようとしているのか?
 それを知ることは容易であった。


 広範囲にATフィールドが展開される。
 それは人を束縛するものでも、何かを拒絶するものでもない。
 ただ、善意と悪意の色分けを行うものであった。
 ──次に。
 反応別に、目標が設定されていく。そして、揺らぎ。
 放出された力場風が、彼らをなぶって平伏させる。
 ──完全中和。
 一度力に目覚めた者は、無意識の内にその力の発露を維持し続ける。
 逆を言えば、この発動状態を打ち切られると、次にはどう使用していたのかまったく思い出せなくなるのだ。
 この状態は、アスカに似ている。
「お兄様……」
 アネッサはきゃっと恥ずかしがって身をよじった。
 自分が裸であると知ったからだ。
 赤くなった顔をおそるおそる上げると、敬愛する兄もまた裸体であった。
「アネッサ」
「お兄様……」
 優しく抱きしめられる。
 ああと吐息がこぼれてしまう。
 しかしぬくもりは感じられない。
「ここは……」
「君の心の中さ」
「繋がっているのですね?」
「イメージフィードバック……君の力だね。人の心を読みとり、返す。それと同じことだよ」
「なのにお兄様が感じられません……」
「僕の心は固いからさ」
 身を離す。
「だめなのですか? やはり……」
「そうだね」
 直接心を伝えあえるということは残酷だった。
 ストレートにわかるからだ。希望や思いこみが入り込むような余地もなく。
「最初から住む世界が違ってしまっていたということさ」
「そうですわね……」
「アニーのことは、好きだったよ?」
「残酷な……」
「でも愛することはできなかった……それは僕の欠陥なんだろうね。愛されたことがない者は、愛する術を知りはしない。でも、不幸ではなかったよ? 幸せだった」
「わたくしとの思い出は……よき記憶となって残りましょうか?」
「君がそれを許してくれるのなら」
「ならわたくしが命じます」
「ありがとう……アニー」
「お兄様……」
「君は……本当に」


「お兄様……」
 うっすらとまぶたを開くと、そこは自分達のログハウスだった。
 誰もいない。だがもうすがるつもりはない……ただ。
「お兄様は、どうするの?」


 ログハウスの外にはアインたちが結界を張っていた。
 もっとも、特に大したことはしていない。神経をとがらせて人が来ないか見張っているだけだ。
「……しかし」
 はぁっとアインがため息を吐く。
「怖いな、カヲル様は」
 車座になって腰掛けている。
 アインの言葉に、ウィッチが応じた。
「拡大する一方だ……。わたしたちがどれだけ力を身につけたとしても、カヲル様はさらに高みへと登られているのではないか? 一生……我々は追いつけることなく、置いていかれる」
「カヲル様にはその必要性があるのかもしれん」
「しかし、わからない……」
 ヤンである。
「だとすれば、身分違いを口になさっていたのはなぜだ? あの方はいずれこの世界の王……、あるいはそれに近いお立場に立たれる可能性がおありだ。その時にはアネッサ様と、地位が逆転している可能性がある。いや……」
「それを望むかどうかではないのか? 望んでならばともかくとして、あの方にそのおつもりはない」
「いいえ」
「アネッサ様!」
 アネッサは静かにログハウスの階段を下りた。
「いいえ……お兄様は、王という立場すらも越えてしまわれる」
「どういうこと、ですか?」
「そう……賢者。目指すものはそれ」
「それはっ、また……」
「なぜお兄様がわたしではなく、『あの方』をお選びになったのか……。今でははっきりとわかります」
「あの方……アスカ様?」
「いいえ……シンジ様です」
「シンジ……様?」
「はい」
 アネッサはシンジに対しての態度を改めてしまっている。
 だがそれが無意識のものであるのかどうかはわかりづらい。
「永劫の時を生きる者だけが知る孤独……。あの方たちは同じく共に生きる人を待ちわびているのですわ」
 アネッサは見てしまっていた。
 カヲルの中にあった姿。
『少年』シンジの、孤独な姿。その偶像を。


 バラバラとヘリの音が鳴っている。
 峠の茶屋──廃屋でもあるが。その駐車場に輸送ヘリが着陸していた。
「逮捕者は十四名か」
「しかし、どうするんですか? この坊主共」
 手枷足枷をはめられた少年少女が、さらに枷同士を縄で繋がれて歩いている。
 輸送ヘリへと後部から乗り込むよう連行されていた。
「ま……身元確認をして釈放だな。どうせ圧力がかかって終わりになる」
「力を失うと哀れなもんですね」
「そうなんだが……な」
 男の顔色は冴えない。
「なぁ……」
「はい?」
「エヴァって何なんだろうな」
「はぁ?」
「世界に広がって四年かそこらだろう? なのにもう連中みたいに、依存しきってて失ったってだけでこの世の終わりだって落ち込むような奴が生まれてる。変じゃないか?」
「そうですかね? 自分にはよくわかりませんが……」
「四年だぞ? その前は? 普通に暮らせてたはずだよな」
「ああ……そうですね」
「だろ? 生きるために必要なものじゃないんだよ、便利だけどな。それを考えると固執の仕方が異常じゃないか?」
「こういう統計があるのをご存じですか? ここ三年ほどで子供たちの身体能力は衰えてきてるそうですよ」
「はん?」
「エヴァに頼るからでしょうね……。肉体強化系の子供なんて、必要なときには必要なだけ肉体を操作してしまうから、未使用時の筋肉はそりゃもう酷いもんなんだそうです。どんなときでも無意識の内に自然と使ってしまっているから、生活習慣の中でほぐされるはずのものですらおかしくなって、どうにもならなくなってきてるそうです」
「だとすると、無くなった方が良いものなのかもしれないな」
 部下Aは肩をすくめた。
 無くなれば無くなったで、きっとあの力があればということになる。
 そう思ってのことであった。




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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。