──駅前。
 どさりと少女が鞄を落とした。
「ふぅ……」
 やぼったい眼鏡を外して、ハンカチで額の汗をぬぐう。
 しゃれっ気というものがなく、あるとすれば唯一頭にさしている赤いカチューシャくらいのものであった。
 だがそれもよそ行きの黒いワンピースに合わせたものであるとすぐにわかるくらいなので、普段から付けているものではないのだろう。
 黒く長い日本髪をしている。顎元にほくろ。鞄のタグには山岸マユミと書かれていた。


「ハイ」
 マユミはネルフの制服を着た外人に話しかけられて大きく慌てた。
「ああ、ハイ! ええと、ハウアユー……」
 くっと腹を抱え、身をよじって外人は笑った。
「あっははははは! ごめん、あたし日本人なんだけど?」
「え? あっ!」
 しゅうっと赤くなってうつむく。
「悪趣味」
「なによケイコ。言っとくけどこの子が勝手に間違えたんだからね!」
「ごめんなさいね、山岸さん」
「あ、はい……」
「あたしは相沢ケイコ、こっちのが惣流アスカ」
「こっちのってなによぉ」
「はいはい。あれは放っておいて良いから。聞いてる? 迎えが来るって」
「はい」
「あたしはネルフ本部で総司令付きの秘書課に勤務しているの。で、こっちはアース元首様の……」
「そう言えば……テレビで見たことがあります」
「へぇ?」
 危険な類の笑みを見せる。
「なんて言ってた?」
 気づかないマユミ。
「今日も仲むつまじいお姿をとか……わたしが言ったんじゃありません!」
「……泣かさないでよ」
「ったく! どこの局よ」
 ケイコはそんなアスカの肩を二度叩いた。
「アスカも大変よね」
「わかっててからかう気?」
「あ、実はこの子、他に好きな子がいるんだけどねぇ〜〜〜。その子ってのがカヲル君の親友なのよ」
「え、え!?」
「でもその人には相手にされてなくってねぇ」
「こらぁ!」
「っとまあ、結構有名な話だから、知っといても損はないと思うよ?」
「そうなんですか?」
「中学生の時からずっとその状態らしくてね……。だからみんな知ってるの」
 まだぶちぶちと言っているアスカを二人で見る。
「ね?」
「はい」
 なにが「ね?」で、なにが「はい」なのかわからなかったが、マユミは気が楽になったのを感じていた。
 聞いていたほど恐ろしい世界ではないようだからだ。
「とりあえず、ネルフに案内するわね」
「でも、あの! いいんですか?」
「なにが?」
「そんな立派なお仕事に就いてる人が、わたしの迎えなんて」
 ああとケイコは笑って見せた。
「要するにサボりだから、気にしないで」


 う〜〜〜っと唸っているのはレイである。
 始末書など四つ八つに折ってロッカーに放り込んでシンジを探して来てみれば、かなりの良い雰囲気であった。
 ──シンジクン!
 怒って近づけば。
 ──これ、アネッサが作ったんだって、おいしいよ?
 ──レイ様もどうですか?
 ううううう、あっ、くっ、くううううううっ! ──ぱく。
 食べてしまった自分がかなり恨めしい。
「……泣きながら食べるなよなぁ」
「でもでも、おいしいんだもぉん」
 だからとても悔しいらしい。
「どうしてあたし、食べてるの? シンジクンの浮気の証拠を」
「証拠って」
「はっ!? これはシンジクンの罠ね! シンジクン、あたしに証拠を隠滅させるつもりなんだ!」
「じゃあ食べなくて良いよ……」
「食べる!」
「喜んでいただけて幸いですわ」
「ううううう────!」
 やはりなにか悔しいらしい。
「ところで、お茶はどうですか?」
「いただくよ」
「もらう!」
 はいはいと、持参したポットからカップにお茶を注ぎ、それぞれに配る。
 もちろんポットも茶器も、バスケットに入れていた。
「温かいんだ?」
「ポットの方は、技術部で開発した新製品なんですの」
「へぇ……」
「なにやら大変な技術が詰め込まれているとかで」
「……危なくないかな?」
「特に危険はないとのことで……ですがこのポット一つに数百万円の制作費がかかるとか」
「なんて無駄な……」
「でも技術部って、そういうことか武器制作しかやってないのよね」
 レイである。
 まだ口の中に残っているのか、もごもごとしている。
「そういうの作って、安くでできるものは外国に売ってるし、売り物にならなくてもできのいいやつは、難民が出てるようなところに寄付してるし」
「色々やってるんだ……」
「武器制作の方はアスカが手伝ってる……って知らないの?」
 うんとシンジ。
「僕はそう言うのは、聞かないことにしてるから」


 アスカはとんとんと人差し指でハンドルを叩きながら車を操っていた。
 ちらりとルームミラーを覗く。
 後ろの席では、ケイコがマユミに、詳しいことを説明していた。
「昔はチルドレン、ナンバーズって口にしてたんだけど、これだけ数が多くなるとナンバリングなんて意味がないでしょう? でもIDカードは必要だから」
「そのための番号なんですか」
 6108……マユミは覚えられないなと諦めた。
「この街は基本的にキャッシュレスで、すべてそれで支払いが行われることになってるから、なくさないでね」
「はい……。でもあの、わたし、お金……」
「大丈夫よ。これからあなたが入る第一職業訓練校から、あなたに対して入学金とかが振り込まれてるはずだから」
「へ?」
「あれ? 確認してない? ……広報課の奴、またトチッたな」
 小さくののしる。
「基本的にね? 訓練校って言ってもやってることは会社と工場そのものなのよ。だから入学してくれた人に対しては、それなりの契約金と保証金、それに給料が支払われてんの」
「そうなんですか……」
「それがおいしくて入学する人もいるくらいよ。まあ実際のトコ、いつまでもつかわからない制度なんだけど」
「え?」
「だって今はナンバーズとかネルフの技術力で生産されるものだからって、色々な国にいろんなものが売れてるわけよ。その売上金が結構なものだから、こんな制度ができるわけなんだけど」
「はぁ……」
「いつかはね、周りの国も良い物作るようになるだろうしね」
「はい」
「まあ山岸さ……マユミちゃんが卒業するまでの間くらいなら十分持つから安心してよね?」
 マユミちゃん……慣れない呼ばれ方に赤くなる。
「それで、あの、今日はどこに……」
「とりあえずネルフで登録作業を済ませて、それから寮かな?」
「そうですか」
「でもなんだか総司令が連れてこいって言ってるのよね……なんなんだろ?」
 お? 暗くなったな……。
 ケイコはそんな具合に観察を終えた。


 02もまたS機関の存在が確認されている。
 それでも基本的には電気駆動が行われていた。それは03のことがあったからである。
 暴走するときまで、使徒の寄生に気づかなかったのだ。ならば検査はされていても、完全に寄生を否定できるものではない。
 一応、02には渚カヲルとムサシ・リー・ストラスバーグが搭乗を経験している。それでも二者はこれに乗らないことを明言していた。
 カヲルはその役職がために。
 ムサシはトライデントを選んだがせいである。
「うーん」
 格納庫にて。
 ムサシはトライデントを見上げていた。
 作業着姿で、腰に手を当てている。
「こいつにも新兵器とか欲しいよなぁ」
「なぁに贅沢言ってるの」
「マナ……」
 こちらも作業着姿である。
「トライデントはこういうのでいいのよ。強い機体が欲しかったら量産機があるじゃない」
 ムサシは顔をしかめた。
「あれはいらない」
「でもよかったの? ムサシって優先的にあれのパイロットになれたのに」
「でもやっぱりいらないんだよ。それにエヴァを使ったことがあるって言ったって、一度きりだったんだから」
 訓練によってすぐに意味の無くなってしまうアドバンテージであった。
「ふうん……」
 マナはいつも訊ねていることだったので、今日もいつものように追及をここでとどめた。
「でも弐号機も可愛そうにね」
「02が?」
「うん。だって安定活動する量産機に活躍の場を取られちゃって……今じゃ開発部の試験用の機体扱いじゃない?」
 そして乗っているのは能力を使えないアスカである。
 能力を使えずとも、やはり彼女が一番相性が良いのだ。繊細な操作については他の誰よりも細かな動作をやって見せることができる。
 エヴァンゲリオン02──弐号機とアスカ。この組み合わせによって様々な兵器が試験運用され、そして実戦に投入されている。
「まあ、惣流はそれで満足してるみたいだけどな」
「そうかな?」
「あいつはやっぱりシンジだからな」
「なに、それ?」
「だからさ! シンジも今は01を封印されてなにもできない状態だろう? シンジが戦うってんなら自分もって思うんだろうけど」
「そっか……そうだよね」
「ま、綾波の方は単純に楽しんでやってるみたいだけどな」


 ──あ、呼び出し。
 レイはシンジと共に、総司令執務室に顔を出した。
 アネッサとは途中で別れている。
「ファーストチルドレン、サードチルドレンです」
 レイとシンジは、見慣れない少女に挨拶した。
 ゲンドウ、コウゾウ、ミサト、リツコ、アスカがすでに待っていた。
 このメンバーに、非常に嫌な予感を覚える。
「どうしたんですか?」
 シンジはヤな雰囲気だなぁと訊ねた。
「シンジ」
「なに? 父さん」
「彼女、山岸マユミの保護者役をお前に任せることにした」
 サァッと青くなったのはレイだった。
「なんですとぉ────!?」
 レイに絶叫を奪われる格好になってしまったシンジであった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。