「あれまぁ」
 きょとんと目を丸くした女性が一人。
「ゴリアテが女の子連れてるよ……視力落ちたかな?」
「随分な言いぐさだな」
「なんだ、じゃあ、これって夢か」
 エヴァンゲリオンの開発局である。
 ここでは主にアポトーシス作業のための、モデル作成を行っている。
 それなりの広い部屋にコンピューターが数台設置されており、それぞれの机にある端末機に、長いケーブルで繋げられている。
 真っ白な部屋だった。
 生物と同様に、エヴァを構成している物質にもまた、最初に決まった形というものはない。
 その肉のかたまりの一部が壊死し、死滅していくことによって、指などの形状が誕生していく。
 彼ら彼女らは、より発達した素体のモデリングを研究している職員だった。
 ──ぽかんとマユミは彼女を見上げた。
「ん?」
 愛想良く小首を傾げる。
 その容姿は渚カヲルを女性にして、髪を伸ばせばこうなるだろうというものであった。髪の色も、瞳の色も同じである。
 つまり……とても人相は悪かった。
「どうしたの?」
「いえ! あの……テレビで見たアースの渚カヲルさんにそっくりだなって思って」
「あたしあんなに人相悪いかなぁ?」
 彼女は口をへの字に曲げてゴリアテに振った。
「どう思う?」
「そのいやらしい笑い方がまたよく似ている」
「あ、あ、あの、ごめんなさい……」
「いいのよ」
 にっこりと微笑む。それはもう、マユミがぽーっとしてしまうほどの笑みだった。
「実際、あたしの顔は彼のマスクを元にモデリングしたものなんだから」
「モデリング?」
「本当の顔は……内緒。チルドレンにはあたしみたいに、力で顔の形や髪の色、瞳の色まで変えられる子がいるのよ?」
「そうなんですか?」
「まあ、かなり難しいんだけどね」
 彼女はこちらへと部屋の隅にある椅子に誘った。
 マユミを座らせ、コーヒーメーカーから紙コップにコーヒーを移す。二つだ。
 壁際に背を預けて立つゴリアテに一つ、そしてマユミに一つ手渡した。
「どうぞ。本部の赤木さんのお勧めなのよ?」
「……彼女は博士を知らない」
「ええとね……すっごい天才なの。キータッチなんて能力者がコンピューターに直接接続して操作してるよりも早くプログラミングしちゃうんだから」
 どんな指だとゴリアテがつぶやく。
「それからね? ホームページを開いてて、猫のイラスト書いてたりするの。そのページにコーヒーなんかについて色々とね」
 ついでに陽電子砲の設計図なども公開されているので、かなりわけのわからないページである。
 もちろんそれらを解説するのも猫型マスコットだ。
「改めて……」
 自分の分のコーヒーを入れ、マユミの前に椅子を移動させ、彼女も腰掛けた。
「わたしはリュン。リュン・ザ・バルタザール。リュンって呼んでね?」
「はい」
「この顔はさっきも言ったけど偽物……本物はあんまり好きじゃないの。可愛くないから」
 力に目覚めてなかったら、絶対整形手術を受けてたわ、と陽気に笑う。
「あたしにとっては手術代を儲けたようなものなのよね、力って」
「そういうものなんですか……」
「あなたは……ナンバーズじゃないの?」
「彼女は非能力者だ」
「それで……驚いたでしょ?」
「は? えっと……」
「能力者なんて、もっと力を凄いこととか、悪いことに使ってるもんだって、思ってたんじゃない?」
 いたずらっぽく、片目をつむる。
「でもたいていの人はこんなものよ……。ちょっとしたいたずらとか、おもちゃくらいにしか考えてない。昔は凄いことをやってみせるって意気込んでた人もいたらしいんだけど」
 飲み物で唇を潤す。
「何しろ世界に何千万人も目覚めた人がいるんじゃね……全然大したことないじゃない? 特別っていうほど特別な存在じゃないってことになっちゃうし」
「でもわたしには十分特別に思えます……」
「ま、全員が全員、善人だって保証するつもりはないから、ね? 能力者の中にも非能力者の中にも悪人はいるんだし」
「そうですね……」
「比率で言ってしまえば似たようなものなのよね……。ただ能力者の場合は何事も大事になっちゃうから、どうしても目立つんだけど」
 規模も大きくなるしとため息を吐く。
「それで、今日は見学?」
「はい。お父さんと一緒に」
「お父さん?」
「国連の監察官だ」
「そういえばそんな人が来るとか言ってたっけ」
 ご苦労なこととまたコーヒーをすする。
「本部にアプローチするための下準備なのかな?」
「国連では査定のつもりがあるそうだが」
「査定?」
「植民地……と言ったか? 要はそういうことだ」
「支部をアースの属領とか、そういう位置づけにするってこと?」
「各国の政治、軍、宗教とは切り離したいのだろうな、国連は」
「まあ戦争の道具とか、駆け引きの道具にされるよりはその方がいいのかな?」
「思っていたよりもうまくいっているからな。日本国とアースは。ならばということでもあるのだろう」
「よくご承知で……」
「耳には入る……だが決定するのは上だ」
「不満があるの?」
「政策的には本部……アースへの帰属と言うことになるのだから、俺の立場を考えればな」
「なるほどね……」
 マユミは話がわからないからか、両手でカップを持って顔を隠していた。
 飲んでいるふりをしているが、中はとっくに空である。
「あ、ごめんなさいね? 退屈させちゃって」
「そんな」
「でも退屈なんじゃない? ここには遊べるものなんてないし……ああ」
 パンと手を打つ。
「トレーニングルームはどう? 面白いものが見られるかも」
「面白いものですか?」
「そう。たとえばこれ」
 彼女は左右の頬にそれぞれ三つ指を当てて皮を下に引っ張って見せた。
「この顔も、力で作り替えてるって言ったでしょ?」
「はい」
「でもこういうことをするにはとてつもないイマジネーションが必要なのよね。人の顔なんて基本的には左右対称だし、目、鼻、口なんかの距離にも法則があるし、記憶力や認識力……そういったものを育てるトレーニングをしないとうまく化けることってできないのよ」
「化ける……ですか」
「そうよ? 面白いんだから! 顔を変えるのと同じレベルで妖精(フェアリー)とか小鬼(コボルド)なんかに変身してるの」
「はぁ……凄いですねぇ」
「面白そうでしょう?」
「はい」
 こういう話は好きなのかとゴリアテは黙っている。
「でも時々悪のりして困るのよね……。講師にハリウッドで特殊メイクやってた人が居て、本物っていうのはこういうものだぁって指導しちゃって、この間なんてトレーニングルームを人外魔境に変えちゃって」
 なぜだかそこには樹海があって、オーク鬼が居て、ドラゴンが居て、剣士と魔法使いが戦っていたらしい。
「トレーディングカードゲームを現実でやっちゃうんだから、頭痛いわ」
「そ、それは……凄いですね」
 額を押さえていたリュンは、クスッと笑って顔を上げた。
「それ、口癖? 凄いって言うの」
「え!? あ、その……ごめんなさい」
「そのごめんなさいっていうのも口癖でしょう?」
「はい……ごめ、あ」
 リュンはくすくすと笑い、ゴリアテを見上げた。
「面白い子ね」
「そうだな」


「まったく父さんもいきなりなんだから」
 ぽーっとしながら後を着いてくるマユミに、ねぇっとシンジは話しかけた。
「山岸さんもそう思わない?」
「え!? あ、はい……ごめんなさい」
「なんであやまるの?」
「え? えっと……ごめんなさい。癖なんです」
 赤くなる頬に手を添える。
「直さなくちゃって思ってるんですけど」
「いや、良いんだけどね」
 なんだかなぁと後頭部を掻く。
「山岸さんって訓練生なんだよね? なにをやるの?」
「わからないんです」
「わからない?」
「はい……未分化って言われました」
 なるほどとシンジは納得した。
「あんまり力のこと、詳しくないんだね?」
「ごめんなさい……」
「謝る必要は……ってまあいいや。力ってのはさ、基本的にみんな同じものなんだよ」
「そうなんですか? でも……」
「アポトーシスって知ってる?」
「はい」
 へぇっとシンジの瞳に感心したものがよぎった。
「頭良いんだ」
「そんなことないです」
 慌てて手を振る。
「ちょっと、教えてもらったことがあって」
「そっか……アポトーシスってさ、肉の団子を手とか足とか、指とかの形になるように、その間の肉を殺して削って行くじゃない? 力も似たようなものでね、その人の潜在意識とか、色々なものが影響して、こういうことしかできないっていう風になっていくものなんだよ」
「え!? じゃあ訓練をしたからって、凄くなるものじゃないんですか?」
「全然。洗練はされるけどね。その分だけできることの幅は小さくなるし、凄さも小さくなるよ」
 でもと告げる。
「普通に暮らす分には、爆弾みたいな発火能力なんていらないんだよね……。暴走させない。制御する術を身につけさせる……そういうことをするのが訓練校なんだよ」
 マユミははぁっと生返事をした。
 それはまだよくわかっていないという証明であった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。