「良いのか碇?」
 コウゾウである。
 他にリツコもいる。
「あの子の存在は驚異にもなりかねんぞ」
「だからこそシンジを付けた」
 リツコははぁっとため息を漏らした。
 ゲンドウが珍しく見とがめる。
「なんだ?」
「いえ……ますます皺が増えそうだと思って」
「生体細胞の活性化でも受ければ良い」
「司令はお受けに?」
「肩こりが取れた程度だがな」
 頑丈な人だとリツコはうらやましがった。
 チルドレンの使うヒーリングは、微量ではあるがテロメアの再生までも行ってみせるのだ。
 ただし患者の肉体はその効果に慣れていくものらしく、個人差はあるものの、一定段階で再生はストップしてしまう。
 不老不死は無理だとしても、長寿くらいはというのが研究者側の見方であった。


「ここですか」
「そうだ」
 マユミは魔境を想像していただけに、拍子抜けした顔をした。
 奥の壁が鏡張りになり、右手にサンドバッグなどが吊され、左にジム器具が並べられている。
 マユミの知っているどの学校の講堂よりも広くはあったが、さほどおかしなところはなかった。
 土足のまま上がり込んだゴリアテに、マユミは慌てて従おうとしたが、こらぁ! っと耳元で叫ばれて首をすくめた。
「きゃ!」
「ちゃんと靴の裏を拭く!」
「ご、ごめんなさい!」
 慌てふためいて下にあったマットで靴を拭く。
 それから誰の声だったのだろうかと姿を捜して、マユミは妙な景色の揺らぎを見つけた。
 目を細くしてじっと見る……まるでそこだけ空気の密度が高いかのように、向こう側の景色が揺らめいていた。
 ──にぃ。
 その揺らぎに口ができて、笑った。まるでチシャ猫のように。
 ──キシシシシシ!
「きゃあああああ!」
「やめろ」
 ゴリアテはその口を大きな手で塞ぐと、力任せに持ち上げ、放り投げた。
 どすんと音がして、徐々に尻餅をついた人らしきものに色が宿っていく。
「いったぁ……なにすんの」
「そういう悪質な冗談はやめろ」
「きゃあああああ!」
 またもマユミが悲鳴を上げる。
「いやぁああああん♥」
 そしてどこに居たのか? 少女たちも羞恥の悲鳴を上げた。
 もっとも顔を手で覆ってはいても、指の間はしっかりと開いていたのだが。
「うわぉ!」
 少年は股間を隠して「こりゃどうも!」っと逃げていった。
 耳まで真っ赤になって、両手で顔を隠し横を向いていたマユミの肩に、ゴリアテはもう良いぞと手をかけた。
「先ほど話していた変化能力者だ」
「あ……あう、あ」
「変身するときとは逆に、自分を想像しなければ透明になれる。そういう逆転の発想で……大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……はい」
 どっどっと少々早く鳴りすぎている鼓動を落ち着けようとしている。
 これもくせなのだなとゴリアテは見下ろした。胸元にマユミは手を当てている。
 胸の谷間、みぞおちの少し上にだ。
「まあここではあの程度のいたずらは日常茶飯事だからな。慣れろといわんが……慣れなければならないほどここに居るわけでもなかろうし」
「だ、大丈夫です……慣れます」
 変なところで気丈なのだなと、さらに心のメモに付け足しをする。
「ねぇねぇ、ゴリ、その子誰?」
「ああ、この子は……」
 ゴリアテはやけにスムーズに、彼女の紹介を行っていった。


 ──その頃、リュンの研究室では。
「どうしたの?」
「あの……廃棄した細胞の監視装置なんですが」
「なにこれ? やだ。ちゃんと処理したの?」
「しましたよ。いつもの通り、手順に従って四回も!」
 聞かずにリュンは実験のために用いた『使徒細胞』のデータを確認し始めた。
「まさか学習したんじゃ」
「でも廃棄した段階ではちゃんと死んでましたよ」
 使徒細胞はネルフ本部で確保された使徒の残骸から回収したものである。
 サンプルを培養し、そして新たな遺伝子設計図を組み込み、そうしてエヴァを生産しているのだ。
「殺したはずの細胞から、生理反応を検出しちゃうなんて」
「どうしますか?」
「もちろん報告するに決まってるじゃない」
 彼女は壁にあった赤い受話器を上げて耳に当てた。
 それは所長室に通じている直通電話である。
「使徒細胞がこちらの処分方法に対して抵抗力を身につけた? いえ……それにしては反応が瞬間的すぎるし」
 所長が出るまでの短い合い間にも指示は出す。
「すぐに調査班を編成して」
「はい」
「あ、所長ですか? 問題が発生しました。実はですね……」


 死んだ細胞が蘇ったとなれば、完成しているエヴァンゲリオンにも危険が潜んでいるということになりかねない。
 だからリュンは慎重になっていた。
「はい! では取り()だしましたるこのバケツ」
 金髪の少年が防火用水と書かれたバケツを軽く持ち上げる。
 そのバケツが少年の自慢の一品だと言うことはあまり知られていないのだが……。
「はい!」
 ざばっとその中から、くりっとした目のミニ竜が顔を出し、「くりゅ?」っと首を傾げて見せたものだから、女子からはきゃーっと悲鳴が上がったのだった。
「かっわいー!」
「やるじゃない!」
「この間までゲテモノばっかりだったのに!」
「げてもの……」
「…………」
 あは、あは、あははと、マユミはかなり困った顔をして笑った。
 すでに宴会場のような様相を呈してきている。
 同年代の子供たちが集まっている。マユミは一番前に座らされていた。
 一人一人が芸をして、彼女を楽しませようとして……困らせているような状態である。
 可愛いと思ったし、本当に感動して拍手まで送りかけたのだが、周囲の物言いに完全にきっかけを失ってしまっていた。
「畜生! おぼえてろよ!」
 謎の捨てぜりふを吐いて次の者に交代する。
「…………」
 ふ……ん……と、ゴリアテはそんな様子を壁際から眺めていた。
 腕を組んでむっすりとしている。
 面白くないと思っているわけではない。ただ、彼には理解できなかっただけだった。
「ドイツ支部も変わったものだな」
 それはゴリアテへと歩み寄る少年が吐いた言葉であった。


 ──所長室。
「間違いないんだな!」
『はい。微弱ですがATフィールドの反応も検知しています』
「しかし処置したはずの細胞が蘇るなど……」
『生きていた細胞があったのかもしれません。それが周囲のものをエネルギーに転換して、増殖を』
「憶測は良い! すぐに調査を開始しろっ、エヴァの方も技術部職員に動員をかけるんだ!」
『わかりました』
 電話を切り、彼は苦々しく振り返った。
「お聞きの通りですよ」
「間が悪いですな」
 ゲンゾウは同情的な瞳を向けた。
「なにもわたしが来ているときでなくても良かったでしょうに」
「いや……むしろこのようなことは隠したと取り立たされるよりも良いでしょう」
「胸中お察しします」
「その人の死を(いた)むような言葉はやめていただきたい!」
「失敬」
 こほんとわざとらしく咳をする。
「それで、どうなさいますか?」
「本部に連絡……それからナンバーズの非常招集。お嬢さんを呼び戻しましょう」
 所長は受話器へと手を伸ばした。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。