「ああもう、むっちゃくちゃ腹が立つ」
 ぷりぷりとしているレイの様子に、カヲルは「なんだい?」とアスカに訊ねた。
 しかしカヲルの執政室……その応接セットに、レイと向かい合って腰掛けているアスカもまた怒っていた。
「おじさまよ! またシンジに押し付けて」
「なにかの実験かい?」
「違うわよ!」
「……新人の研修監督だって」
「ああ……女の子なのか」
「そうよ! 悪い!?」
「嫉妬するのもいいけどねぇ」
 ここは喫茶店じゃないんだよと、カヲルはゲンドウのようなポーズを取った。
 ただし、ゲンドウが表情を隠すのにそのポーズを取るのに対して、カヲルの場合は単に笑いを堪えているだけだった。
「そうやって足繁(あししげ)く通ってくるから、妙な誤解が広がるんだよ?」
「誤解ってなに?」
「ああ……あんたと愛人契約が成立してるってアレ?」
「げぇっ!? なにそれ!? 趣味悪っ」
 そこまで言うことは……。カヲルは消沈して見せた。
「こんな、わざわざ誤解が広がるようなことをしてまで」
「でも監視の目がないのってここくらいなもんなんだもん」
「どこに行ったって目を引いちゃうのよねぇ」
 この美貌がと長くなった髪を掻き上げ、色気を振りまいてみせる。
「むむ……」
 唸るレイ。
「ま、それはともかく、来てんでしょ? ここに」
「なんだい?」
「マユミの資料」
「もちろん届いているだろうね……部外秘だよ」
「ケチくさいこと言わないの」
 テーブルの端末を操作して、アスカは投写型ディスプレイにマユミの情報を写させた。
「う〜〜〜ん、やっぱ司令に聞いた以上のことは書いてないか」
「今やもっとも安全な情報伝達方法は口頭伝言だからね」
「預けるなら誰でもいいわけじゃない? わざわざシンジを、それも総司令直々にあてがったって言うのがねぇ……」
 ふむとカヲルもまた考え込むような顔つきになった。
「そうだね……シンジ君はアネッサとのお茶会もかかさないようにしてくれているはずだし」
「は? なにそれ?」
「さっきの誤解に繋がる話さ」
 肩をすくめる。
「アネッサとシンジ君が親しく付き合うようになってから、君たちが僕の元にこうして訪れてくるようになった……。はなはだ心外な話だよ。妹がしでかした不始末のために、僕は君たちを慰めようとして、このような関係に落ち込んでしまった」
「はぁ!? 慰められて転んだとか思われてるわけぇ!?」
「そういうことだよ」
「……ガクゼン」
「なんだい? レイ」
「どうせ慰めてもらうならもっとマシなの選びたい」
「……本当に遠慮しないね、君たちは」


「え? じゃあアースって……」
 所長室。
 退屈しているマユミのことを見かねてか? 所長は気さくに話を明かしていた。
「アース……は、国連によって認められた正式な国だけれど、これが茶番だと言うことは当のアースの人間にだってわかっていることなんだよ」
 公然の秘密というものであるが、外部の、それもチルドレンではないマユミには縁遠い話である。
 そこで彼は、内緒だよと指を口に当てて、さも重大な事実であるかのように暴露して見せた。
「例えばだよ? アースにはジオフロントと呼ばれる地下森林があるんだが、そこは農作物を育てるには不向きなんだよ、どうしてだかわかるかな?」
「さあ……ええと、陽が照らないからですか?」
「おしいね。昼間は十分な光量があるよ。問題は明け方だな」
「明け方……あっ、霜」
 正解だよと彼は褒めた。
「よくわかったね。ジオフロントは異常に冷えるのさ。だから作物は気孔をふさがれて枯れやすいんだよ。もちろん回避する方法はあるが、それでもアースの総人口をまかなうだけのものは作れない。絶対的に総面積が不足している。……つまりだ、アースは経済封鎖を行われてしまうと、国を維持することができずに壊れてしまうんだな」
「あ、でも、国って確かそれを認める条件みたいなのがありましたよね?」
「だから茶番なんだよ。特例というやつだな。それを認めた大きな理由というのは、やはりチルドレンの管理の難しさにあるんだよ」
「ナンバーズの?」
「彼らは大きな力を持っている。それだけに使い道を与えないとろくなことをしないんだよ。使い道がわからなくって持てあますんだな。そしてそういう無軌道を嫌う人間も多い……となれば、発生するのは衝突だ」
 なるほどと彼女は頷いた。
「新聞で読んだことがあります……そういうのって」
「まあ、もちろん集めておけば処分がしやすいという政治的判断もあるさ」
「処分?」
「ああ」
 深刻に……。
「一つところに集めておけば、核のようなもので一度に消すことができるだろう?」
「そんな!?」
「もちろんそれらは表向きの理由に過ぎないよ」
「そ、そうなんですか?」
「それはそうさ。街の地下には……知ってるかい? 黒の月」
「はい」
「今じゃ有名な話だからね。そこの中心にはあのセカンドインパクトを起こす何か……サードインパクトと呼ばれることになる現象を発生させる何かがあることが確認されている。これを押さえるために、彼らは集められているんだよ」
 それでは人身御供じゃないかとマユミは思ったが、あの街に住んでいる人間すべてがそのことに気が付いているのだと思い至った。
「あの……なのに、どうして」
「ん?」
「ごめんなさい……」
「なんだい?」
「あの……」
 聞きづらそうにマユミは訊ねた。
「ナンバーズの人たちって、みんな頭が良くって……そういうこと、知ってらっしゃるんでしょう?」
「ああ」
「なのにどうして怒らないのかなって思ったんです」
 なんだそんなことかと彼は表情をほころばせた
「簡単なことさ。自分達ならどうにかできる。そう信じているんだよ」


「よいしょっと……」
「あの、ごめんなさい」
「良いよ、これくらい」
 マユミが案内されたのは、立派すぎるマンションであった。
 こんなところで暮らすことになるのかと呆然と見上げている。
 ──シンジは顔をしかめて彼女を見つめた。
 そして行くよと呼びかけた。
「あ、はい!」
 ──エレベーターで最上階へ。
(コンフォートマンションか……)
 マユミは名前もかっこいいなと、とぼけたことにはしゃいでいた。
 ──エレベーターを出る。
「あれ?」
「あ……確か」
 総司令さんのところに居た人だ……とまでは思い出せたが、名前までは無理だった。
「あっ、シンちゃあ〜〜〜ん!」
 その女性は、非常に情けない声を発すると、シンジに抱きつき泣き出した。
「なっ、なんですかミサトさん!?」
「鍵落としちゃったぁ」
「ええ!? またですか!?」
「せっかくマユミちゃんの歓迎パーティーの準備しようと思ってさ、買い物してきたのに」
 落とされているスーパーのビニール袋に嫌な予感を覚えてしまう。
「……なに、買ってきたんです?」
「カレーの材料」
 シンジはミサトの両肩をしっかりと押さえた。
「やん♥ なに? シンジ君」
 ふるふるとかぶりを振る。
「ぜったいに……やめてください」
 そんな洗礼はいりません。
 彼は、「え〜〜〜!?」っとむくれるミサトの不平を完全無視した。
「まったくもう」
 ねぇっとマユミに振り向くと……。
「…………」
 こちらは赤くなって止まっている。
「どうしたの?」
「あっ、いえ……、その、ごめんなさい!」
 明らかに誤解している。
「その……碇君と……えっと」
「ミサトさん?」
「ひっどぉい。マユミちゃん。あたしちゃんと挨拶したのに」
 ねぇっとシンジの肩になれなれしく腕を組む。
「あたしは葛城ミサト。覚えてね?」
「ご、ごめんなさい!」
 後ろ髪がぐるんと前に飛ぶほどの勢いで頭を下げる。
「ひ、人の名前って、覚えるの苦手なんです!」
「まあそうだろうけどねぇ……これからは一緒に住むんだから」
「え?」
「あたしと、この! シンジ君と一緒にね?」
「え? え? え?」
 えええええ────!?
 シンジは後ずさったマユミの様子に、やっぱり説明していなかったな? と、ジロッとミサトを睨んだのだった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。