──無言。
 葛城家のリビング。
 睨むシンジと萎縮するマユミ。
 そしてそっぽを向いて、ごまかすように缶を傾けているミサト。
 ──非常に色濃い緊張感であった。
「まったくもう」
 はぁっと、シンジは諦め口調で、それを崩すことにした。
「つまりね? 僕も居候してるんだよ」
「は、はい」
「でね? 保護者役に抜擢された人間は、私生活でも面倒を見ることになってるんだよ。この街の人は力の使える人ばっかりだから、普通とはルールがちょっと違うしね」
「はい……」
「そのことは、もう承知してるんだと思ってたんだけど……」
 ミサトさん……と口にする。
「どうして説明してあげなかったんですか?」
「い、いやねぇ、もう」
 缶を置く。
「ほらあたしもさぁ……呼び出されたときにはもうこの子居たし? 碇さんからの話だって一方的だったから、説明は終わってるもんだって思ってさ」
「確認しなかったわけですね」
「まあねぇん」
 まあねぇんじゃないでしょう……そう嘆息する。
「それで、どうするんですか?」
「どうにもできないわよ……総司令の命令なんだから」
「はぁ……どうして僕なんでしょうね?」
「一番害がないからなんじゃない?」
「なんですかそれは……」
「まじめな話、彼女の能力って未分類のものらしいのよね。となると監督は誰にするかってことでもめるのよ」
 不安げにしたのはマユミだった。
「あの……もめるって、わたしのことでですか?」
「そうよ」
 恐い話じゃないのよと微笑みを向けて安心させる。
「能力って言うのはね、たとえば透視とか発火とか、いろんなタイプに別れているのよ。だから使い方とか制御の方法を教える人間は、原則的に同じタイプの能力者があてがわれることになっているわけ」
「はぁ」
「でも未分類じゃどう扱うかで問題が出るでしょう? 下手なことして怪我なんてさせると問題になるしね?」
 なぜだかマユミはうつむいた。
「それって……わたしが」
「マユミちゃんの事情はわかってるわ。でもそれとは関係のないことよ」
 顔を上げ、マユミはすがるような目をしてミサトを見た。
 どこか怯えも混ざっている。
 シンジは二人の様子から、聞かないでおこうと一歩引いた場所に立った。
 経験上、こういう人間は面倒な裏を持っている。それを知っていたからだ。
「……マユミちゃん?」
「はい」
「ここに居るシンジ君は、あなたのことなんて何も知らないから注意してね?」
「え? あの……」
「女の子には素っ気ないしつれないのよねぇ〜〜〜。まあそれが良いって子も多いんだけどさ」
「ミサトさん!」
「そんなわけでね? ちゃんとかまってって合図出さないと、結構無視されちゃうから」
「……そんな言い方ないでしょう?」
「あらぁ? じゃあアスカとレイに突っ込んでもらっても良い?」
「……遠慮します」
 畜生と唸る。それは非常にまずいからだ。
「ま、人格はともかくとして、能力的にはシンジ君はずば抜けてるから」
「はぁ……」
「大抵のことには対処してもらえるから、安心してね?」
「はい……わかりました。あの……」
「ん?」
「よろしくお願いします」
 そう言って、頭を下げる。
 二人はヨロシクと返しながらも、その目は視線を交わし合っていた。
 今ひとつ信じてくれていない……。諦めのようなものがかいま見えて、そのように感じさせられてしまったからであった。


「え? 外出禁止?」
 最初にもめたのは研究所の正門であった。
「どうしてよ?」
「現在研究所は完全封鎖の状態にあります。ご協力を……」
「まあ、わかりましたけど……」
 ぶつぶつと少女たちは門から建物へと引き返していく。
 いつものことだから、いつものように、非常態勢中でも配置場所を指定されていない自分達は外に出られる……そう思っていたのだろう。
 実験や訓練のスケジュールがすべて止まってしまっているのだから、街で暇を潰してこよう……。少女たちはそんなグループの一つであった。
 ──しかし、同様のことは、門の外でも起こっていた。
「なんで戻れないんだよ?」
「現在完全封鎖中でして……」
「バイオハザードでも起こってるのかって聞いてんの!」
 彼らにとって外は安全な場所ではないのだ。
 非登録者も存在しているのが外である。彼らはネルフに登録されることを、管理されることだと思い嫌っている。
 そんな彼らはナンバーズを嫌悪しているし、小馬鹿にもしているのだ。他に、一般市民の存在もある。
 誰も彼もが友好的なわけではないのだから、(しょ)に戻れないとなると泊まる場所にも困ることになってしまう。ホテルに飛び込んだところで、お断りされてしまうのが落ちであった。
「困るのはこっちなんだよ!」
「ですが……」
 研究所に勤務している警備員たちは非能力者である。だからこそ内側の警備員は少女たちがおとなしく引き下がってくれたことに対して安堵する様子を見せたのだ。
 少女たちとて、力を持たない、それでいてわずかな給料を得るために、日夜怯えて警備員勤めをしてくれている彼らを怖がらせるのは本意ではない。
「ですがじゃないの!」
 しかし外側でのもめ事とには、あまりにも温度差がありすぎた。
「野宿でもしろっての? あんた?」
「この辺にだって人住んでんだよ? 俺たちがうろついてたらどうなると思ってんの?」
「どうせ悪さをしに来たんだろうってな? あいつら俺たちにはジンケンなんてないと思ってやがるんだぜ? 熊とおんなじなんだよ、俺たちはな! 襲われないためには罠仕掛けたり銃向けても良いんだって思ってやがるんだよ」
「な? 別にあんたが悪いってわけじゃないんだからさ」
「んじゃ通るぜ?」
 まるで突き押すように、先頭に立っていた少年が初老の警備員の胸を叩いた。
「駄目です!」
 それがいけなかったのかもしれない。カッとなった男性は、反射的に腰に納めていた武器を使用してしまっていた。
 ──バジ!
 銃に似たそれはショックガンだった。引き金を弾くとケーブルが発射され、対象に巻き付きグリップの電池から高圧電流が放たれる仕組みとなっている。
「ゲイン!?」
 倒れた仲間に少年たちは過剰な反応を示した。
 伏した友達を抱き起こし、なにをするんだと男を睨む。
「うっ、動くな! 駄目だと言ったはずだ! 駄目だと……」
「てめぇ……」
 銃はリボルバータイプで、計八回、ケーブルを撃ち出せるようになっている。
 ゲインの体を横たえて、少年はゆらりと立ち上がった。
 他七人の少年少女も追従する。警備隊側も人数が集まって銃を構えた。
「大人しく下がれ! これは所長の命令だ!」
「そうかよ……だったら所長に会わせてもらうぜ!」
 少年の髪から火が噴いた。


 ──非常警報が響き渡る。
「なんてことだ……」
 所長は頭を抱えて突っ伏した。
 机に埋め込まれている七インチの液晶画面には、暴れている少年たちの様子が映されている。
 力を使って破壊活動まで行っているのは、興奮しているが故のはしゃぎすぎであろう……、しかし、やりすぎであった。
 通路で腕から炎を噴いて、押しとどめようとする者たちを追い払う。
 その行為と方法はスプリンクラーを作動させるし、多くの電子機器や開発製品などを故障させる。
 もちろん重要なものは別にされているし、濡れた程度で壊れてしまっては話にならないと、耐水処置などは施されている……にしても、重要でない機器はそうはいかない。
 これらに対する復旧予算だけでも頭が痛くなってくる。
「経緯はわかった。ここまで通せないのか?」
『無理です。彼らの目的はすでに破壊そのものへと移ってしまっています。発砲許可を』
「だめだ! 非はこちら側にあるのだから、それはできん!」
 彼もまた必死である。
 事情を考慮すれば最も悪いのは自分ということになる。情報を事細かに通達しなかったからだ。
 ナンバーズならば勝手に調べるだろうという考えが働いてしまっていたのかもしれない。情報から切り離されている外出組のことなど忘れていたということもあった。
 状況を鑑みるに、喧嘩両成敗とするのが一番妥当ではあろうが、これでは耳など貸さないだろう。
(発砲許可を出せば禍根が残ることになる)
 このようなつまらないことで、後々(のちのち)にまで尾を引くような問題を作りたくはない。彼はそう考えていた。
 しかし、そう悠長にはしていらなくなってしまった。
「どうして彼女がそこに居るんだ!」
 少年たちが向かう先──そこには先ほど父親と共に退室していったはずの、山岸マユミの姿があった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。