おどおどとした様子で、マユミは通路を急ぐ父の背を追いかけていた。
「おとうさん」
「ああ、心配ない。君、どこに向かっているんだ?」
 先頭を歩いていた職員は、それでも歩をゆるめずに前を向いたままで返した。
「特にどこというわけではありません。ただこの施設には危険物が多いので、それらのない食堂や宿泊施設などがある区画へと向かっているだけです」
「そうですか」
 途中の枝道からも、同じように退避してくる職員が合流する。
「マユミ」
「はい」
 マユミは差し出された手を握って隣を歩いた。
「おとうさん……」
「すまないな、こんなことになるとは思ってなかったんだ」
「いえ……、そんな」
「俺はただ、お前に教えたかっただけだったんだが」
「教える?」
「ああ」
 通路の天井は背を伸ばしてジャンプすれば届きそうに低く、そして通路の幅は三人も四人も並んで歩けば肩がぶつかる。
 無機質な白……若干薄青いだろうか? そんな場所を白衣に囲まれて歩んでいると、妙な錯覚を覚え始める。
 だからなのか? ゲンゾウとマユミはお互いに強い存在感を望み、会話を求めた。
「兄さん……お前のお父さんとお母さんがあんなことになって、お前が内にこもる気持ちもよくわかる。でも、俺は見せたかったんだ……ナンバーズとして生きる彼らのことを」
 マユミは義理の父の語るものから、幼い日の情景を思い起こしてしまっていた。

 ごくありふれた一軒家。
 玄関を開ければ、居間に続く廊下と、二階に上がる階段があった。
 そして居間を締め切るふすまのしきりに、中より伸び出た女の手が乗っていた。
 血だまりが広がっていた。
 そして男が包丁を手に立っていた。
 その顔だけは……思い出せない。

「……ナンバーズの多くは、家庭に事情を持つ人間だ」
 ゲンゾウの声が、マユミを現実に引き戻す。
「おとうさん……」
「それでも彼らはとても明るく生きている……それは力に関係していることじゃない。むしろ彼らは力を疎ましく思ってるんだ。そうだろう? 力があるばかりに人からは恐れられ、嫌われている」
「はい……」
「それでも彼らが明るくしていられるのは、支えてくれる仲間たちがいるからだ……」
「仲間……」
「ああ。落ち込んでる間は一人でいるのも悪くはないさ。でもそれじゃあ寂しくなるばかりだろう? 毎日をはしゃいで生きるためには、どうしたって友人、仲間が必要になる。……きっと彼らを見ていれば、そんなあこがれを抱いてくれると思っていたんだが」
 そう言って、ゲンゾウは小さくかぶりを振った。
「君、彼らはどうなるんだ?」
 先の研究員に尋ねる。
「どう……とは?」
「まさか射殺なんてことには」
「まさか! それをしないために所長はがんばってくれているんですから」
「大丈夫なんだな?」
「ええ。こんなこと言っちゃなんですが、力のからみで感情制御が下手になってしまってるんですよ。だからキレるとすぐにやり過ぎてしまう……。でもわたしたちにとっては大事であっても、彼らにとってはこの程度のこと、という感覚でしかないんです。ですから、この程度のことでなぜ殺されなくちゃならないのかって、もし銃なんて向けたらそんな話になっちゃいますよ」
「そうか……」
 ほっと胸をなで下ろす。
「じゃあ、誰かが説得に?」
「たぶんゴルゴンジュールが……」
 マユミはすっと音が引くような錯覚に囚われた。
(え……?)
 音が消える。無音……もちろんそんなはずがない。
 するりと父の手から手を抜いて、彼女はそこに立ち止まってしまった。
 マユミと聞こえた気がしたが、それにも気づかず彼女はそこに立ちつくした。
(誰か……呼んでる? この先で)
 脇道へとそれる通路がある。
 慌ただしく人の流れるこちら側と違い、不自然なまでに静まりかえって感じられる。
 マユミはわずかばかり躊躇したものの、一度だけ人波に流されてしまった父の方角へと視線を向けただけで、そちらへ向かって歩き出した。


 爆発が来る。
 狭い通路だけに吹き荒れる勢いは凄まじい。警備員の何名かは身構えたものの、実際に火にあぶられるようなことにはならなかった。
「ゴリアテ!」
 その大きな背中が彼らをかばい、立っていた。
 金色の壁によって通路を遮断し、熱も通さず彼らを守る。
 壁の向こう側では炎が渦を巻いていた。スプリンクラーが作動して、雨が降り出す。
 ゴリアテは火の手が収まるのを待ってから壁を消した。
 ──歩き出す。
「やりすぎだぞ、B」
 ふんと鼻を鳴らしたのは彼だった。
「こいつらがあんまり話を聞かないからだよ」
 蔑む調子で足下にはいつくばっている少年たちを見下ろした。
 服のあちこちが焦げている。髪もだ。
「殺してはいないな?」
「俺はお前よりずっと優しいんだよ」
「そうだろうな……残りはどうした?」
 肩をすくめた。
「逃げたよ」
「まあ大人しくしてくれるのなら問題はないが」
「こいつらは?」
「任せよう」
 警備の者たちに引き渡す。


 彼らは逃げていた。
「なんでBが!」
「わかんねぇよ!」
「だからやりすぎだって言ったじゃない!」
 逃げているのは三人だった。


 マユミは道を歩き進む内に、見覚えがあるなと記憶をたぐり始めていた。
「ここ……確か」
 エヴァンゲリオンの格納庫から来た道だとわかる。
 不安から胸元で手を組み、きょろきょろとせわしなく辺りを窺う。
「また……」
 そんな不安感の増長に合わせて、余計に『声』が聞こえ始める。
「なんなの?」
 独り言が多いのは不安の表れでもある。
 彼女は道を急いで、その内、正面から人が駆けてくる音がするのに気が付いた。
 ──ばったりと出くわした。
 窓の外、隣にエヴァが並んでいる。頭が三つ、映り具合はマユミの背丈と同じである。
 そしてウィンドウの終わり、再び施設内通路に戻る出入り口に現れたのは、逃亡中の三名であった。
「誰よ!?」
「見かけない顔だな」
「新人ちゃん?」
 まずいなという顔つきになる。
 Bとゴリアテ。この二人が出張って来たということは、自分たちは犯罪者として認定されてしまったのだ。
 彼らはそう怯えていた。
「おいっ」
 マユミはビクリと身をすくめた。
 呼びかけが威圧的だったからだろう。そして直感的に、暴れていたのが彼らだと言うことも感じ取ってしまっていた。
 素早く身を翻して逃げようとする。
「きゃ!」
 通路に引き返そうとしたのだが、その間に少女が空間を渡って出現した。
 少年二人に、少女一人。間に挟まれて逃げ場をなくし、マユミは心の中で悲鳴を上げた。

 ──嫌っ!

 グンッ……と、三機のエヴァが頭を上げた。
 そしてぐるんと揃って首を横向け、彼らを見た。
「お、おい……」
 少年の一人がそれに気づいて、仲間の肩を叩き、注意を促した。
「エヴァが動いてるぞ!」
「なんだって!?」
 ──激震。
「きゃああああ!」
 マユミは悲鳴を上げて廊下に転んだ。少年少女たちも揺れる動きに踏ん張りが利かず、よろめいた。
「なんなんだよ!?」
 エヴァだった。
 身をよじり、体を囲んでいた鋼材を押し倒し、クレーンを押しのけ、拘束から逃れようとしてもがき暴れていた。
「ひいっ!?」
 少女が涙まじりに悲鳴を上げた。
 まぶたを開けるだけ開いて恐怖に黒目を収縮させた。
 ドガンと最も手前にいたエヴァが固定台より足を抜いた。それを踏み台にして渡り廊下に手を伸ばした。
 エヴァの右手が通路を襲う。身をよじったが腰を抜き切れずに倒れてしまったと言った感じになってしまった。
 それでも巨大な手のひらは、窓を押しつぶし通路をその巨大な手のひらで分断した。
 ──マユミと少女は、間一髪のところで救われていた。
「大丈夫か?」
「ゴリアテさん!」
 マユミは泣き、すがるようにして抱きついた。
「無事なようだな」
「でもなんだよ、これ……」
 エヴァはそれぞれの格好で停止していた。それでも破壊の跡は凄まじい。
 Bはどういうことだろうかといぶかしんだ。向こう側に居る彼らと関係は……ないだろう。ならば?
(この子なのか?)
 Bはゴリアテにしがみついて泣きじゃくっているマユミに目を細めた。
 調べねばなるまい……と、彼はゴリアテにも目線を送った。
 ──その時だった。
「なんだ!?」
 再びの震動。
 それは地下から突き上げるようにして起こされたものであった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。