「これが報告書です」
 所長室である。
 緊急避難所と化したこの部屋には、五人の警備員とリュンを含めた三名の職員が集っていた。
 当然のことながらマユミも居る。
「どういうことなんだ?」
「廃棄肉、エヴァンゲリオン、そして現在の使徒化した物体……そのすべてが彼女の悲鳴をキーに活動を開始しています」
 マユミに視線が集中する。
「その子が、操っている?」
「いえ。彼女にそのような能力はないものと」
「ではなんだ?」
「わかりません」
 本当にわからないのだとリュンはかぶりを振った。
「使徒は彼女を守ろうとしているのかもしれません。あるいは彼女にはキー的な意味合いのものがあって、使徒はそれを欲しているのかもしれません」
「どちらにせよ、使徒は彼女を求めているのか」
「はい」
 そんなとマユミは自分の体を抱きしめてがたがたと震えだした。
 皆の痛ましい目が集中する。
 何人かは逆に逸らしたが。
「だがだからと言って、どうすれば良いというのだ?」
「それは……ですがエヴァは停止しています。廃棄肉の時も信号は止まりました。なら」
「彼女が平常に戻ればあるいは、か」
「はい」


「ぐ、う……」
 きついなとゴリアテの額に汗が浮く。
 ATフィールドはただの障壁ではない。自己を核に展開されている高密度空間だ。
 二つの異空間がぶつかり合っている。その余波は物理的な風となって吹き荒れる。
 ゴリアテは、レイそっくりの顔をゆがめて耐えていた。
 髪は風に暴れて流されている。広めの額が露わになっている。
 気にするような神経は、彼にはないが。
(それもおかしいか)
 ゴリアテの陰に隠れながら、Bはそんな感想を胸に抱いた。
 ゴリアテの本体はこの女性体ではない。これはあくまでレイシリーズとしての擬態であって、本体は床に直立している槍なのだ。
「ゴリアテ! どうする! 手伝うか!?」
 風に負けぬよう大きく怒鳴る。
 ATフィールドの残骸が、壁に、床に切れ込みを入れている。空間そのものが刃となって弾けているのだ。
「……頼む、持ちそうにない」
「わかった!」
 Bはゴリアテの背に胸を合わせて、その体を抱くように腕を伸ばした。
 ゴリアテの──レイの細い指に指をからめるようにして、小さな手を包み込む。
 途端、少女の姿は消失した。槍となったゴリアテをBは支える。
「こっ、のぉ!」
 二股の穂先が大きく震える。
 振動による共鳴が、彼の力を増幅する。
 槍は単体でも武器ではある。だが武器はやはり持ち手があってこその武器なのだ。
 ゴリアテのようにはATフィールドを張れない彼である。
 壁の消失と共に前進を再開した怪物に、Bは槍を構え、突きだした。
 ──ガン!
 穂先が回転する中心輪にぶつかった。
 彼は舌打ちした。接触する寸前のところで穂先は止まってしまった。届けることができなかった。
 よく見れば使徒は薄ぼんやりとした繭によってくるまれていた。それこそが使徒の展開しているATフィールドである。槍はそこに錐状の穴を穿って潜り込んでいた。
 Bは押されないように踏ん張った。
 槍のねじれが開いてエラとなり、呼吸する。
 ──ブシュウウウウ……。
 グンと力強さが増した気がして、Bは槍に引きずられるようにして前に出た。
 その分だけ使徒が下がる。
 だが──。
(なんだ!?)
 使徒の力強さが増した。回転も勢いが上がる。
 Bは原因らしいものを探って、槍を通してマユミの気配を感じ取った。
(強くなってる! 呼んでる!? リュンの奴よけいなことでも吹き込んだのか!?)
 彼は心の中で舌打ちした。


「……リュンさん」
 マユミは床にへたり込み、うなだれたままで彼女を呼んだ。
「マユミちゃん?」
「わたしが……悪いんですか? わたしが」
「それは……」
 ふぅっと彼女は嘆息した。
「良い? 確かに被害は出てるけど、人死にが出てるような状態じゃないの。だからそこまで怯えなくても良いのよ」
「でも……」
「もし仮にあなたに原因があったとしても、そうやって怖がっているのをやめてくれたら、話は簡単に終わってくれるかもしれないのよ。だから、ね?」
「でも……不安なんです。ほんとうにわたしのせいなんですか?」
 所長もその考えには同調する姿勢を見せた。
「リュン」
「はい」
「彼女と一緒に格納庫へ向かおう」
「格納庫へですか!? しかし……」
 不安げにマユミを見下ろす。
 もしそれが肯定されたとき、この少女が壊れはしないかと不安になったのだ。
(悪循環を起こしてるのよ)
 ちょっとしたきっかけが使徒を呼び覚まし、その使徒への恐怖心がさらなる恐れを与えている。そうして無限大に彼女の不安は増幅されている。もしここにこれ以上のものが被さったなら?
「所長……」
「もし彼女にもエヴァがあるのなら……エヴァは自分自身でそのケリを付けなければならない」
 それがエヴァンゲリオンなのだからと、彼は答えた。


「エヴァンゲリオン……」
 マユミはうっすらとまぶたを開いた。
 枕元にある時計に目がいく。
 一時間ほど経っている。
「あたし、エヴァなんだ……」
 横からでも十分に恐かったエヴァンゲリオン。
 その姿は、下から見上げるとさらなる恐怖を生み出した。
 天井付近の一角に穴が空き、二人の人が落ちるのが見えた。恐い! マユミはその内の一人がゴリアテであるのに気が付くと、だめっと、助けてっと、誰かに願った。
 ──突如、静止していたエヴァが動いた。
『インターフェイスも無しに反応した!? いえ、マユミの感情を指示として受け取ったの?』
 愕然とする。
 真ん中に立っていたエヴァが、ゴリアテとBが着地できるように手を伸ばしたのだ。
 そして使徒が降ってくる。高速回転にギョルギルと音が鳴っている。
 警備員たちが恐れから下がろうとする。マユミも一緒になって逃げようとした。
『凄いわ、凄い!』
 リュンはマユミを見て、微笑むと、瓦礫の中に落ちた使徒に向かって歩き始めた。
 破片を飛ばして使徒は瓦礫から抜け出ようとする。その破片の一つがリュンの頬を切り裂いた。
 赤い血が流れ出す。
 所長が戻るんだと喚き声を上げた。Bやゴリアテも何かを言ったようだった。
 だがリュンは止まらない。
 マユミはリュンが使徒の針に弾かれ、潰れるのを想像して、「だめ!」っと大きく叫んでいた。
 ──止まった。
 使徒は止まった。彼女の願い通りに止まり、そして遠心力を失った輪は中心の柱を軸に絡まり合うように回転しながら地に落ちた。
 そして中心の軸柱(じくばしら)も力を失い、横たわった。
『あ…………』
 誰もがその結果に言葉を失ってしまっていた。
『使徒を呼び出し、使役できるというのか? 君は』
 そんなの知らない! マユミは泣き叫びたくなってしまった。
 もしその時、「マユミ!」と父が駆け込んできてくれなければ、どうなっていたかわからない。
 ただ、父の胸の中で泣きじゃくりながらも、リュンの仮説だけは非常によく耳に残ってしまっていた。
『なるほどね……すがれる人が側にいると安定するのね。不安を解消できるから』
 不安を打ち明けられる相手がいないと、誰かを求めてしまうのだ。それがエヴァとして発現し、使徒を呼び寄せ、守護者的に役割づける。
『やっかいな力ね』
「ん…………」
 マユミはもう一度眠ろうと思った。
『本部には同じように自分の力に悩んでいる子たちが集まっている。せめて、その力を制御できるようにはならないとな』
 見放すわけでも、放り出すわけでもないんだが、と、それでも言い訳がましくなってしまうなと父は笑った。
(お父さん……)
 自分はファザコンなのかもしれない。血の繋がっていない父親だからなおさらなのかもしれない。
 そんな自己分析の中で、マユミはどさりと真横に人が倒れ込んだのを知った。
(葛城さん?)
「え?」
 目を開くと、そこには──。
(えええええ────!?)
 人形のような、美しい顔。
 惣流アスカの寝顔があった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。