「第二十七次試験、終了します」
「はいごくろうさん」
 口にしたのはマコトであった。
 ネルフ本部第二発令所。ここはサブスタッフのための練習場として解放されていた。
 訓練校からやって来ている少女たちが、第一発令所では彼らが座っている位置について、今まで自分たちが遭遇してきた事件を元にしたシミュレートをクリアしている。
「どうでしたぁ?」
 舌っ足らずな調子で、シゲルが着くべき席から少女が振り返った。
 十七・八だろう。ショートヘアで、利発そうな女の子だった。
「まあ満点かな?」
「やった!」
 わぁっと少女たちは歓声を上げて舞い上がった。
 マコトは手にしているバインダーの書類に、いくつかの注意点を書き加えた。
 それは次回の試験で活かされることになるものである。
「しかしまぁ」
 そのバインダーを脇に挟み込み、マコトは下のフロアの女の子たちのことも一望した。
「やっぱりMAGIの自律思考型コンピューターって発想は、君たちのために考えられてたものだったんだなぁって感じるよなぁ」
 なんですかぁっと、先ほどの子が問いかけた。
「いやね? 君たちはキーボードなんて使わずに、直接MAGIと会話しているだろう?」
 コンピューターでありながらも人間のように思考するのがMAGIである。
 ただし従来のキーボードによる入力形式では、機械語という手順を合間に挟み込まなければならないのだ。だが彼女たちはそのようなこともなく、平らな透明の板としか思えないものに手を置いただけで、対話を可能としているのである。
「これが普通のコンピューターが相手だったらと思うとね」
「普通のコンピューターって、わっかりづらいんですよねぇ」
 そうそうと別の少女が口にする。
「MAGIみたいにぃ、こんな感じぃってニュアンスじゃあ通じないから……」
「結局キー入力の方が早かったりするしぃ」
「でもブラインドタッチって打ち間違えちゃうしぃ」
 一応、入力ボードはタッチパネルとしても使用できるようになっているのだが、彼女たちはこれを嫌っていた。
「でも本部発令所勤務を希望するなら、上達しておかないとまずいぞ?」
「試験、出るんですかぁ?」
「そりゃあ出るよ」
「え────?」
 苦笑しつつ説明してやる。
「いいか? ここじゃあMAGI経由での模擬訓練を行っているけどな、発令所じゃあ別のコンピューターからMAGIに指示を求めることだってあるんだぞ?」
「別のコンピューター?」
「ああ。MAGIは思考できる能力を持っているきわめて優秀なスパコンだけどな? その分だけ演算能力に制限があるんだよ。無駄な計算が多いんだな。だから単純な計算には普通のコンピューターを使ってる」
「へぇ」
「知らなかったなぁ……」
「もちろん君たちがマシン語を覚えることができたなら、問題にもならないようなことなんだけどね」
 その点では自分達の方が楽ではあるなと考える。
 ただオペレーターとして働くだけであれば、機械語に通じる必要などどこにもないのだ。
 だが彼女たちに求められている能力は、人では決して成し得ることのできない、超高速オペレートである。
 これを実現するためには、マシン語で機能している機械に指示を出すために、彼らの限度を使用する必要がある。
「ところで君たちは、これから?」
 きゃーっと黄色く悲鳴が上がった。
「それってナンパですかぁ!?」
「やっだー!」
「うっそぉ────!? マコトさんってぇ、生徒に手を出す人だったんですかぁ?」
 ぐっと詰まりつつ、マコトは否定した。
「違うよ。学校に戻るのかなって思っただけだよ」
「そりゃ戻りますけどぉ」
「なんです?」
 マコトは言いづらそうに口にした。
「いや……ね? 新しい子が今日から行ってるはずなんだよ。彼女……担当員にシンジ君が就くことになってね」
『え────!?』
 耳がキンとなる。
「いや……だからさ、気になってたんだよね、うん」
 マコトはじゃあっと、そそくさと逃げ出すことにした。
 このままここに居続けたのでは、とてもまずいことになる。
 騒然としている女性徒たちに、マコトは人気があるんだなぁと、シンジの冥福を祈って退散していった。


「山岸マユミです……」
 暗い子だ。
 それがマユミが所属することになった班の全員が抱いた第一印象であった。
 どこか沈み込んで見えるのは気のせいではあるまい。髪はほつれて口にかかっているし、よく見れば目も充血していて少し恐い。
 影があるのもまたそれを助長している。
「山岸さんの能力は未分類に属するもので、だからなにを頼むってこともできないの。しばらくはこの街の生活習慣やルールの把握に努めてもらうから」
「じゃあ適当に面倒見ればいいんだな?」
「そういうこと」
 質問したのはムサシ・リーで、受け答えたのはマナだった。
 二十人ばかりが教室の中にたむろしている。教室とは言っても雑然と事務机が持ち込まれ、書類が山積みとなり、その下にコンピューターのモニターが埋もれているのだから、立派に事務室と言っても良い体裁を整えている。
 事実、ここはトライデントに絡む作業員及びパイロットたちの基地であった。かつての教室をこうして利用しているのである。もっとも、利用しているのはどこの班も同じであるが。
「しっつもーん」
 手を挙げたのはタケシであった。
 ミサト救出のために地下に突撃して行ったあの少年たちの一人である。
「じゃあ碇もうちの班に協力してくれんの?」
「そういうことになるわね。っていうかしてもらうけどね?」
「よしっ!」
「でも碇って機械工学は専門外じゃなかったか?」
「ばっか。碇がいれば女の子が寄ってくるだろ?」
「なるほど! 合コンか!」
 あ、爆発する。
 マユミは隣でぶるぶると震えだした霧島マナから、わずかばかりの距離を取った。
「ばっかなこと言ってないで! 仕事しろ仕事ぉ!」
 どちゃどちゃと廊下に物が投げ出され、追い立てられるように少年たちが転がりだして、逃げていった。
「はぁ、はぁ、はぁ、まったくぅ!」
「はは……」
 苦笑するばかりのシンジである。
「みんなもしょうがないね」
「ほんとよ! シンジも! セッティングなんてしなくていいんだからね!?」
「う、うん……」
 しかし頼まれれば嫌とは言えないシンジである。
 なにしろ女子側からも、シンジを通して男子たちにアプローチが試みられているのだから、窓口としては対応しないわけにはいかないのだ。
「山岸さんも気を付けてね? ほんとにみんな飢えてんだから」
「はぁ……」
「機械オタクってどうしてこう……っと、で、今日の山岸さんの予定は?」
「街とネルフの見学かな?」
「シンジは案内?」
「うん」
「それってデートって言わない?」
「さあ? どうかな」
「……あたしも着いてって良い?」
「なんでさ」
「なんかこう……出てるんでしょ? 接待費」
「接待費って言わないって」
「やっぱり出てるんだ!」
「そこそこにはね」
「よし! 山岸さんっ、デートよデート!」
「え? ええ!?」
「とりあえず今日はこの街のスポット案内ってことで、ケテーイ!」
 じゃああたし着替えてくるからと更衣室にスキップして去って行く。
 そんなマナを見送ってから、マユミは着いていけませんとがっくりと肩を落とした。
「パワフルな人なんですね……」
「ここの人はみんなああだよ」
「うう……あたし、こんなところでやっていけるんでしょうか?」
「そのうち慣れるよ」
「自信ありません……」
「そのうち気づくよ。自信なんていらないって」
「え?」
 マユミはシンジが優しく見守るような目をして見てくれていることに気が付き、赤面した。
「え、えっと……それって」
「……自信なんていらないんだよ。誰かに認めてもらう必要なんていらないんだからさ。ここに在ろうとしてなにが悪いんだって気持ちさえあれば十分なんだよ」
「はぁ……」
「在ろうとする気持ちが、自分って形を固くするんだ。それがエヴァってものに繋がっていく。山岸さんに必要なのは身勝手さってことになるね」
「そんな……」
「性格的に合わない?」
「はい」
「僕と同じか」
「え?」
 なんでもないよとシンジははにかんだ笑顔を見せた。
「とりあえず、ここの班に入ることになったんだから、馴染まないとね」
「はい」
「みんな女の子が好きだから、フォローはしてくれるとは思うけど」
「でも……苦手です、そういうのってす」
「意識しすぎだよ。半分からかってるだけさ、みんなマナのファンだからね?」
「ファン?」
「うん。チルドレンって言ったってさ、エヴァの保有が認められてるナンバー取得者ばかりじゃないんだよ? マナだってそうさ」
「え!?」
「驚いた? マナは力なんて持ってない、普通の人間だよ」
「お待たせぇ!」
 フード突きのスウェットの上に、ジーンズとスニーカーを穿いて戻ってきた。
「どうしたの?」
「マナがナンバーズじゃないって言ったら驚いちゃって」
「え? なんで?」
「だ、だって……その」
 おろおろとする。
「あんまりみなさんのこと、ぽんぽんとやっつけてらっしゃったから」
「ああ。バカばっかりだからね」
「バカ……」
「そうそう。そういうところは能力のあるなしなんて関係なくバカなんだから」
 ねぇっと彼女はシンジに振った。
「シンジだってそうなんじゃないのぉ?」
「さあね」
「ずっるー」
 けたけたと笑う。
「ところでさ」
「はい?」
「山岸さんってかたいよね」
「かたい?」
「そうそう。しゃべり方からしてかたくない?」
「ごめんなさい……ずっとあちこちの国を行ったり来たりしてたから、ちゃんとしゃべろうって癖が付いちゃってて」
「それでかぁ……職業病みたいなもんね」
「それも変だよ」
「良いの! さっ、行こう?」
「は、はい」
 やれやれと言った調子で、シンジはマユミの手を引っ張って歩くマナの後を追いかけた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。