豪奢と言うよりも、単に趣味の悪い黒塗りの車に、碇ゲンドウとどこぞの社長の姿があった。
 時田氏である。
「たった一年でここまで来ましたか」
「……機械は補給やメンテナンスを必要としますが、彼らには必要ありませんから」
 答えたのはゲンドウに付いている秘書である。ケイコだった。
 車の後部座席は向かい合う形にセッティングされており、ゲンドウとケイコは運転席側に腰掛けていた。
「……必要な物は、飲食物とちょっとしたジョーク……なんです」
「ジョーク?」
「はい」
 にっこりと花でもちりばめているかのように微笑む。
「皆にとっての開発や建設は、遊びの一環であって仕事ではないのです。楽しいからこそ集中できる。そういうものなのです」
「しかしそれでは不謹慎ではないのかな?」
「気乗りしないことに使用しようとしても、エヴァは発現しませんから」
「なるほど」
 そうかと彼は、ガラス越しに見える光景を眺めやった。
 ここはネルフ本部のさらに下層に建設された大地下街の一角である。
 低速、高速のレーンが行きと帰りで四列の車道を形成している。そしてその両側にはビルやマンションが建設されていた。
 もちろん、その用途は様々である。
 本当に居住用として作られているものがあれば、あるいは工場として建設されたもの、食料品を販売している店があれば、飲食店も存在していた。
「まさに街ですな」
「ああ……」
 時田の問いかけに、ゲンドウは重々しく答えた。
「ここは、彼らの街だ。すべて、彼らに決定させている」
「都市開発計画のようなものは?」
「ない」
「だからの混沌ですか」
「そうだ……が、いずれその効率の悪さにも気が付くだろう。その時のことはその時のことだ。考える頭はあるのだから、自ら状況を顧みて、対処の方法を編み出すだろう」
「教え(さと)しはしないと?」
「子供の教育とはそういうものだ……。アニメやコミックの影響を受けて、他人に傷を負わせる者がいれば、大人がしてやるべきことは、原因の除去などではない。ならばお前はこういうことを学んだのだなと、自覚を促してやることだ」
「しかし、原因があって、結果がある以上は、原因となるものにある問題点を示唆してやることは必要なのでは?」
「……それでは管理者側の詭弁で終わる」
「詭弁ですか?」
「そうだ……責任問題を恐れるあまりに、問題となるものをすべて排除し、より扱いやすく仕上げていく。それではなにも育たんだろう。過ちを犯し、そこから何かを学び取ることができるように、機会を与えてやることもまた教育だ。あえて傷つくように仕向けるのもな? そしてその結果に悩む子供に手をさしのべてやるのも大人の仕事だ」
 ぎろりと睨む。
「子供たちのやることには、ただ付き合ってやれば良い。必要があれば意見を求めに来るはずだ。だが管理しようとする人間は常に理解の枠からはみ出そうとする者を異端と決めつけて粛正する。それは手間がかかるようになるからだよ。自由な発想と自由な思考。この二つを許してやると、非常に管理が面倒になる。だが手間を惜しんでいてはなにも育ちはせんよ」
 なるほどと感銘を受けている様子の時田氏に、ゲンドウはにやりとして笑いかける。
 その会話を(はた)で聞いていて、ケイコはよく言うなぁと感心していた。
(この間、副司令が『朝礼』で言ってたことじゃない)
 だからまずは君たちでやってみろ、それで失敗したなら相談に来ればいい。
 君たちだけでは解決できない問題を尻ぬぐいしてやるためにこそ、わたしたち大人はいるのだから。
「何百億と必要なはずの巨大事業が、遊びの範疇で済んでしまう……確かに各国が派遣を願うわけですな」
「そうですね」
 雑談はケイコが受け持つことになっていた。
「……溶接が必要であれば、火や(いかずち)を扱える者を呼び出せばいいことですから。それに、資材についても、実は似たようなことが言えます」
「たとえばどんな?」
「はい。足りないものがあるとすれば、それは分子間結合を操作できる者に頼めばどうとでもなります。もっとも、これには正確な認識と科学知識が必要になりますから」
「一般人の学者は必要になると?」
「技術者についても同じことが言えます。道具を必要とはしませんが、工学的なことについては力学だのなんだのと、図面を引く能力が必要となります」
「エヴァとは不便なものですな」
 もっとこう! ──両手を広げる。
「いきなりの革新に、認識力が拡大してとか」
「マンガの見過ぎですよ」
「わたしたちにとってはマンガと同じだからねぇ……。超能力なんてものはもっと便利で世界が広がるものであって……」
「でも足枷があってよかったと思います」
「そうかい?」
「はい。なんでも自由になって、どんなことでもできるなら、それこそろくでもないことをしでかす人間ばかりになっちゃうんじゃないですか?」
「社会からはみ出す恐怖心があるからこそ、社会的システムの維持に努め、積極的に参加もしようとすると?」
「そうですよ。子供の頃は、みんなスーパーマンになりたかったってところ、あったんじゃないですか? でもよくよく考えてみたら、スーパーマンになりたかったんじゃなくて、かっこよく誰かを守りたかった、救いたかった、そして好かれたかった。そうじゃありませんか?」
 時田はケイコの微笑みに、だらしなく頬をゆるませた。
「そうだね。そうだな、そうかもしれないな」
「そうなんです。ですから、騎士団のようなものまで結成されてしまうんですけど……」


「あ〜〜〜ふ」
 むにゅむにゅと口を動かして、なんとかあくびを終わらせる。
「たいくつ……」
「だったら手伝ってよぉ」
 椅子を前後逆にして座り、アスカは背もたれに腕を敷いて顎を乗せていた。
 そしてその正面では、レイが書類に埋もれている。
「自業自得……」
「うう」
「大体やり過ぎなのよね、あんた」
「もう! なんで一回の模擬戦でこんなに書類ができちゃうのよぉ」
 ばぁかとアスカは言ってやった。
 本来このようなものは別の課で処理されるべきものだ。しかし今回は反省を促すためにと回されていた。
「そ、そう言えば、さ」
 立場が悪くなり、レイは慌てて話題を逸らした。
「山岸さん、大変だったんだって?」
「誰から聞いたのよ」
「ミサトさん」
「あいつは……」
 まあ、大したことじゃないんだけどと口にする。
「ミサトもシンジも、あたしも一緒だってこと説明してなかったみたいなのよね。それで、さ」
「なに?」
「あの子の横に倒れ込んで寝ちゃったんだけどさ、朝まで身動き取れなくて、固まってたんだって」
 あはははははっとレイは笑った。
「それって、襲われるって思われたんじゃない?」
「なんであたしが……」
「でも女の子受け良いよ? アスカって」
「嬉かないわよ、そんなもん……あんたこそ騎士団はどうなってんのよ」
 レイは本当に嫌そうな顔をした。


「騎士団?」
 街に出たマユミを中心とした三人は、まずは地図を手に入れるために中央図書館に赴いていた。
 図書館は非常に大きな建物で、中は南側三階分が吹き抜けとなっている。
 人も多く、飲食物の持ち込みは禁止となっていても、休憩所はあるからそれなりに大勢の人がくつろいでいた。
「そ、騎士団」
 ハンディコンピューターに、備え付けの端末から街の地図を落とし込む。
「実際のところは自警団。街の治安維持を目的とした存在で、位置づけとしては警察の下になってるの。独自の捜査権とかも持ってて、結構幅利かせてる存在よ?」
 はい終わりと、端末から接続コードをひっこ抜く。
「ポータブルのここを押せば、いつでもこの地図が呼び出せるから」
「はい、ありがとうございます」
「シンジ、行くよ?」
「あ、うん」
 雑誌を読んでいたシンジが、棚に本を戻し歩いてくる。
「どうしたの?」
「騎士団のこと説明してたの」
 行きましょうと建物から出る。
「騎士団っていうのは、みんなでそう言ってるだけ。本当の名前はかなりヤバげでいかがわしいから」
「いかがわしい?」
「保安諜報部。保安部と諜報部が合同で設立した部署よ」
「諜報……」
「そ。透視能力者とか遠視能力者を集めて最初はやろうとしてたんだけど、それじゃ覗き屋とかわんないでしょ? 守ってもらってるって感謝しろって言われてもね」
「でも……」
「もちろん、保安部とか諜報部には必要な人たちだけと思うけどね。その人たちが常に見張ってるって言うのはやっぱり無理があったのよね」
「今……見られてるんですか?」
「ううん。そういう人たちが投入される前段階? みたいなものを置いて、緩衝帯を作ればなんとかなるだろうってね? 今じゃ安心できるシステムが確立されてる」
「システムですか?」
「シンジが作ったの」
「え?」
「ATフィールド……そう呼ばれてるものを利用する法をね」



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。