「ってことがあったんだ」
──帰り道。
シンジとマユミは共に暗い夜道を歩いていた。
とは言え、駅から家までの十分ほどの道である。ただ道の広さに対して街灯間に距離がありすぎるだけのことであったのだが。
「そっちはどう? うまくやってる?」
「はい」
「よかったよ。最初はどうなるかなって思ってたから」
「そうですか?」
「そうだよ……。だって父さんから直に頼まれることって滅多にないからね」
そもそもろくな目にあった試しもないのだ。エヴァンゲリオンのことといい、レイのことといい。やっかいで、それでいて投げ出すことができない問題が非常に多い。
「でも……」
「なに?」
「それはあたしも同じですから」
わたし、ではなく、あたしと口にするあたりに、うち解け具合が見えてきていた。
黒のサマーセーターに、前合わせの白のスカートを穿いている。シンジは知らないことであったが、異性に、それがたとえ肩であっても、彼女は肌を見せることを嫌悪していた。
視線が無粋であるからだ。
「総司令って人とか、アスカさんとかレイさんとか、テレビで見たことのあるような人から碇君を紹介されて。その後は同居だし、渚さんとか、アネッサ様とか、とてもお友達にだなんてなれないような人たちに次々紹介されちゃうし、で」
くすくすと笑っているシンジに、意地が悪いですねと赤くなりつつ憤慨する。
「それに! そんな人たちみんなに慕われてる碇君って、どういう人なんだろうって恐くって」
「今でも恐い?」
「そんなには……でもやっぱり男の人だから」
「苦手なんだ」
「はい」
「そう言うところは似てるんだな……」
「はい?」
いやねとシンジは口にする。
「仮面……とまでは言わないけどさ、やっぱり苦手なんだよね、女の子って」
「碇君がですか?」
うそだぁとその目が疑っている。
「だって、でも」
「……中学生の頃には、引きこもってたんだよ、僕は」
恥ずかしそうに過去を明かす。
「友達も居なくてね……部屋に帰るとゲームばっかりしてた」
押しかけてくる人間は居たのだが。
「そうなんですか?」
「うん……信じられない? でもホントにそうなんだよ。今でもそうだよ? それなりに慣れたけど、やっぱりこうやって話すのって経験……っていうのも変かな? 考え慣れてることとか、言い慣れてることに関しては話すのって楽なんだよね。ぺらぺら話せるんだ」
ああ、わかるな……とマユミは感じたようだった。
「そうですか」
「うん。僕はさ、アスカやレイみたいに、考える前に話すってことができないタイプの人間なんだよね。考えちゃうんだ。考えてしまうから口を開く前に話題は次にとんじゃってて、どんどん会話から追いていかれる。山岸さんと話しやすいのは、一緒に住んでるからだよ……。共通してる話題があるからだね」
「そうかもしれませんね……。あたしもマナさんやアスカさんとは話しやすくなってますけど、レイさんとは、ちょっと……」
「かみ合わない?」
「そんな感じです」
そうだよねとシンジは月を見上げた。
「このままなにもないと良いんだけど……」
「はい?」
「自分で言っちゃなんだけどさ……わざわざ僕を引っ張り出しておいて、なにもないっていうのは、なにか落ち着かないなって思ったんだよ」
マユミはどういうことかと不安顔で、訝しげに首を傾げた。
●
「え? 碇君にですか……」
「うん、頼むね」
その時は、マユミはいつものことかと安請け合いをしてしまっていた。
シンジとコンタクトを取ることは容易ではない。
極力人を避けて行動しているシンジであるし、誰かといたとしてもそれはレイであるし、アスカである。
カヲルであることはめったにない。
その点、マナは垣根としては低く見られているのでいるのであるが、彼女はきっぱりと取り次ぎなどを断るタイプの人間なので、やはり彼女たちは敬遠していた。
──そんなところに、マユミが登場したわけである。
彼女は普通の人間であった。あまりにも普通であったから、このようなことを押し付けるのも容易であった。
「マユミっぃ! ……どうしたの? なにそれ?」
今日の作業も終了である。
一緒にシャワーを浴びに行こうと誘いをかけに来たマナであったのだが、彼女はマユミが手にしているものを見て目を丸くした。
「ラブレター!? なんたるアナクロ」
「……でも、一生懸命書いたものでしょうから」
「誰が?」
「さあ? 知らない人でした……」
まあ告白して来た人間を知ってることはめったにないかと納得する。
「で、もう読んだの?」
「え!?」
「えってなによ……」
「だって、これ、碇君にですけど」
マナは露骨に顔をしかめた。
「マユミ……」
「はい?」
「それ……、捨てた方が良いよ」
えっとマユミは驚いた。
「そんな……だって」
「利用されてるだけだって。わかんないの?」
「それは……そうでしょうけど」
「そうなの! シンジもまじめだからちゃんと断るだろうし……そうしたら釣れるんだって話になって、どんどん利用されるようになるよ? だから捨てるの!」
「あ!」
取り上げられて、マユミはおろおろとしてしまった。
「でも、でも」
「大丈夫! これはあたしが処分しとくから」
「はぁ……はい」
「大丈夫・大丈夫! さ、シャワーを浴びに行きましょう!」
「はい……」
しかし、マユミはそんなことをして大丈夫なのかなぁと心配になり……。
その夜はなかなか寝付けないことになったのであった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。