翌日、いつものようにお茶くみ係としての大役を果たしていたマユミの元に、昨日の少女たちが現れた。
「ちょっと良い?」
 嫌な雰囲気であった。だからこそマユミは恐ろしくて、言われるままに従ったのだ。
 この後に待っていることを考えると、足がすくんで倒れそうになってしまう。それでも言いなりとなるしかなくて、マユミは彼女たちに囲まれて、格納庫から連れ出されていった。
 ──そして偶然にも、この動きを見てしまった者が居たのである。
「マナ」
 それはムサシのことであった。
 彼はトライデントのコクピットに座り、幾つかあるカメラのセッティングを行っていたのだ。
 そうして左手のカメラの調整用に、ちょうど良い距離にいたマユミを被写体として対象に選び、その焦点を合わせていた。
 ちょうどその時であったのである。
 ムサシは無線でマナを呼び出すと、彼女に急ぐように指示を出した。


 分厚い壁を通しても、巨大な工作機械の立てる音は響いてくる。
 倉庫を出てほんの少しばかり歩くと、そこには作業着をクリーニングするための部屋があった。同時にシャワールームともなっているのだが、見張りを立てれば尋問室として最適なスペースに早変わりする。
 外に一人、中に三人。
 マユミはこれから行われる断罪ショーに怯え、貧血を起こしそうになっていた。
「これ」
 彼女らは青くなっているマユミの眼前に、昨日マナが取り上げていったはずの手紙を突きつけた。
「昨日渡したよね?」
「あ、あの……」
「そこのごみ箱にあったの」
 叱られると思っているのか? それにしても十七・八の娘にしてはおどおどとしすぎていた。
 まったくもうっと少女は嘆息する。
「別に山岸さんのこと、怒ってるわけじゃないの」
「──え?」
 ふぅっと彼女は鼻から息を吹いた。
「最初はね? 山岸さんが捨てたんじゃないかって思ったんだけど……」
 騎士団に調べてもらったのだと彼女は明かした。
「山岸さんは知らないかもしれないけどね……騎士団っていうのがあって、こういうことも調べてくれるのよ」
「霧島さんでしょ?」
 まったくもうっと、彼女たちはマナに対して憤慨した。
「碇君の彼女でもないくせに、っていうかあの子、ムサシ君と仲好いくせにねぇ?」
「あたしたちの場合、喧嘩ってただごとじゃすまないでしょう? そりゃしないってわけにもいかないけど、でもするならするで勘違いでそうなったりしないようにしなくちゃならないじゃない? だから騎士団が調べてくれるのよ」
 でもとマユミはしゅんとした。
「渡すってお預かりしたのに……」
「そんなに落ち込まないでよ……」
 いじめてるみたいじゃないかとおろおろとする。
 どうやら悪い人間ではないようだ。
「あんな場所で渡しちゃったあたしも悪かったんだし……」
「そうそう。でも一応さ、すっきりしたいから、ね?」
「それだけだから」
「はい……」
 マユミはそれでもと、ごめんなさいともう一度だけ謝りを入れた。
「あたし、どうしても断るっていうことができなくて……」
「それっぽいよねぇ」
 けたけたと笑う。
「手紙を渡してくれって頼まれても断れないし、だからって取り上げられてもダメだって言えないし」
「でもそういうのって損じゃない? 山岸さんって損ばっかりしてるでしょ?」
「そんな……」
「それとも損してるってことに気づかないタイプかな?」
「まあいいや」
 それじゃあ和解もできたってことでと、勝手に握手をして行きましょうかとマユミに出ようと促した。
「もちろんタダで許すつもりはないから安心してね?」
「え……」
「そうそう。お友達の山岸さんと一緒だったら、碇君とお話ししたっておかしくないでしょ?」
「ああ」
 マユミは胸元に手を当ててほっとした様子を見せた。
「そういうことでしたら」
 少女たちは目線を交わし合い、それから訊ねた。
「ねぇ……聞くけど、山岸さんって碇君のこと、どう思ってるの?」
「どう……って、なにがですか?」
「え────!? それ本気で言ってるの?」
「え? え?」
「碇君、かっこいいって思わない?」
「それとも碇君って、家じゃだらしないとか?」
「そ、そういうことはありませんけど……」
 どうかなぁと首をひねる。
 マユミが思い起こしたのは、アスカに叱られて彼女と一緒にならんで食器を洗っている姿であった。
 他に、食事中に湯を溜めるという行為が習慣化しているのか? アスカが調理している間に風呂の掃除を行っているし、部屋も片づけろと彼女がうるさいので散らかさないように注意している。
「……お尻に敷かれているって感じは、あ」
 きらきらと少女たちの目が輝いた。
「それって惣流さんに!?」
「きゃーっ、やっぱりそうなんだぁ!?」
 あの、そのっと慌ててしまう。
 同じ女の子でもこういうところはよくわからないのだ、彼女には。
 どうして好きな男の子が他の女の子と仲が良くてそれが好いのか?
 まったく同調できないマユミである。
「ああ、やっぱり山岸さんと友達になっておいてよかったぁ」
「え?」
「そうそう。そういう話が聞きたかったのよねぇ」
「あ、あの……」
「ほら! 下の街行かない? 良いお店あるんだぁ。ケーキが美味しいの!」
「でもまだお仕事が」
「大丈夫大丈夫!」
「ほらほら!」
 ──待ちなさいよ!
 部屋を出て、格納庫とは反対の方向へ行こうとしていた一団を止めたのは、肩を上下させて息を乱している霧島マナ、彼女であった。


 ネルフ本部司令部付き秘書課秘書室。
 ケイコを筆頭に四人の女の子がおしゃべりを楽しみながら、お茶とせんべいを味わっている。
 そんなところに入り込んでしまって、アスカは一瞬、なんとも言い難いような表情を形作った。
「ん? どうしたの突っ立って」
「アスカもおいでよ」
 秘書室の作りはなぜだか壁に向かって机が配置されるようになっていた。そして中央に皆がくつろぐための大テーブルが据え置かれている。
 それもどこで手に入れてきたのかと目を疑うような豪奢なものである。
 室内は赤絨毯によって足下を埋められ、壁もクリーム色の材質で固められている。もちろんその裏側は他と同じ無骨で頑強なだけが売りの金属板であるが、天井の四角い蛍光ライトと言い、他とは違った趣によって彩られていた。
「なんかこう……間違ったとこに来たなって気がするのよね、一瞬」
 それが席に着いたアスカが漏らした感想であった。
 きょとんとしながらも女の子の一人が、そんなアスカの前に湯飲みを置いた。ちゃんとお盆を胸に抱くように持っているあたりから、どこかのドラマで見て覚えた秘書の態度を真似ているだけなのだとうかがい知れる。
 朝宮マミであった。彼女もまたアスカと同じく、ネルフのクリーム色の制服を着ている 。
 アスカは彼女が椅子に落ち着くまでを目で追って、げんなりとした様子で口にした。
「なんかねぇ……。秘書室っていうより、女子校の教室っぽいのよね、ここ……」
「しかたないんじゃなぁい?」
 ケイコである。
「だって本物の秘書がどういうものかなんて、誰も知らないんだし」
 マミもまた同調した。
「そうなんですよねぇ……司令って秘書付けてなかったみたいだし」
「じゃあなんでできたのよ?」
「副司令の都合みたい。昔は副司令が司令の補佐やってたけど、ほら、仕事が増えすぎて司令の補助にまで手が回らなくなったんだって」
「それでか」
「後は後任の問題とかもあるみたいよ?」
「え!? おじさま司令辞めちゃうの!?」
「アスカ……」
 ケイコたちはがっくりとうなだれた。
「そりゃシンジ君のお父さんだし、わかるけど……おじさまってのは」
「なによぉ……良いじゃない。昔からそう呼んでるんだし」
「……まあ、イイケド。別に辞めるってわけじゃないけどね、でもいつかは誰かに役職を引き継ぐわけでしょう? でも引き継ごうにもその人に誰が仕事を教えるのよ? 内容とかやり方とかを巧く伝えなきゃいけないわけじゃない? 司令、そういうの苦手だからって」
「まあそうでしょうね……」
「ふうん?」
「なによ?」
「さっすがシンジ君のことになると、『お父様』についても理解が深いなぁってね?」
 まとめてにやにやとする一同に、アスカはやめてよと手を振った。
「あたしだってあんまり知ってるわけじゃないんだから」
「でもちょっとはわかってるんでしょ?」
「まあね」
 肩をすくめてアスカは答えた。
「司令って、シンジにどっかそっくりなのよね」
 のろけるなっと、アスカに向かってせんべいが数個投げられた時だった。
 内線電話が悲鳴を上げた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。