碇シンジが地下街から本部へと上がってくると、そこは戦場の様相を呈していた。
「なんだこれ?」
マユミを迎えに行こうとして、のほほんと歩いていた途中である。
もうすでに戦闘は終わっているのか、それらしき音は聞こえない。だが壁が煤けていることからも、相当の戦闘があったのは理解できた。
「けが人は……いないみたいだけどな」
気にしていないのは、この程度のことはよくあるからだ。ちょっとした発火能力者が、誰かを脅そうとしただけでもこの程度の被害は起きる。
通路を目的地へ向かって歩いて行くと、被害の始まりはどうやら更衣室であるようだった。遠くから声がする。格納庫だろう。
声が響いてくるということは、扉を開きっぱなしにしているのかもしれない。だがそれにしては作業を行っている騒音がしてこないから妙な話だ。
しかし、疑問はすぐに氷解した。
「うわぁ……」
扉は開けられていたのではない。内部からの爆発によって吹き飛んでいたのだ。
挙げ句にはトライデントが狭い格納庫の中で使用されたようで、あちこちに機体をぶつけて機械や機材を破壊していた。
三機がかりでトライデントは何かを押さえ込んでいた。
「なんで量産機がこんなところにあるんだよ?」
シンジは横目に歩きながら、肩にあるはずの機体ナンバーを確認しようとした。しかし……ない。どうやら支給配備前の新品の機体のようである。
「山岸さんと一緒にこっちに送られてきたってやつか」
んっと、彼は、騒いでいる一団をようやく見つけた。
●
火種はすでに点いており、そしてもぐさは風にあおられるのを待っていたのだ。
「マユミをどこに連れて行く気!?」
マナは高飛車に言い放った。
「ちょっとやり口が陰険なんじゃない?」
その物言いに、少女たちはかちんと来たようだった。
「陰険なのはどっちよ!」
「人の手紙捨てるようなことして!」
マナは鼻で笑って見せた。
「ふんっ! 直接渡すような勇気もないやつがなに言ってんのよ! マユミこっちに来て!」
「はっ! そんなどっかで聞いたようなセリフでしか言い訳もできないの? 行く必要ないからね、山岸さん!」
ばちばちと火花が散り、その狭間でマユミはアウアウと慌てた。
「あの、喧嘩は……」
「マユミは黙ってて!」
「そうよ! これはあたしたちと霧島さんの問題なんだからぁ!」
そうだっただろうか? マユミはそうではないだろうと思ったが、ヒートアップしていく少女たちの感情を理屈で推し量ることは不可能であった。
「大体やり方がセコイんじゃない? マユミを使ってシンジ君に近づこうだなんて!」
ふんっと彼女らは鼻で笑い返してやった。
「だからって親切な振りして山岸さんにチェック入れて、碇君に誰かが近づこうとするのを牽制するなんてどういうことよ? セコイのはどっち?」
「はっ! そういうヒネくれた見方しかできないなんてサイテェ……あたしとシンジ君はちゃんとしたお友達ですぅ」
「……ムサシ君をキープ扱いにして、予備に浅利君? 本命にシンジ君って見え見えなのよ!」
「誰がそんなことやってるってのよ!」
「あんたでしょうが!」
おろおろとするばかりのマユミはもう泣きそうである。声もかけられない。
最初はマナも焦っていたのだ。彼女たちはマユミに制裁を加えるつもりなのだろうと焦っていたのだ。だがどうやらそれは勘違いであったようで、だからマナは次に彼女たちはマユミを取り込もうとしているのだと誤解した。
だが彼女たちもまた、マナこそがマユミの取り込みを計っているのだと勝手な思い違いを働かせていた。
──良い迷惑なのはマユミなのだが、生憎と当人は気づいていない。
「やめてください! こんなところで……」
「そうよ! 山岸さんはあたしたちとケーキ食べに行くんだからね!」
「霧島さんはムサシ君と仲良くディナーでもご一緒したらぁ?」
いやらしい目つきに憤慨する。
「なんでムサシなんかと!」
──にやりとする。
「あ、いいのぉ? ムサシ君に聞こえちゃってるよぉ?」
マナの背後、ちょっと距離を置いた場所でいじけてしゃがみ込んでいるのが見えた。
しかしああっと人ごとながらに焦るマユミとは違って、当事者であるというのにマナは目もくれなかった。
「聞こえたからってなんだってのよ!」
ざっくりととどめを刺されて昏倒するムサシである。
ケイタ他数名が傷は浅いぞと慰めているが、どう見ても深い。
「ムサシ……」
「良いんだ……慣れてるよ、はは」
「じゃあほっといてもいいかな?」
「誰か俺に優しくしてくれ」
しかし男ばかりなので冷たかった。
「大体シンジ君には大事な人が居るんだからね!」
「だからって霧島さんが口出しする権利なんてないじゃない」
「あたしはシンジの友達だから良いの!」
「なにが良いのよ!」
「あんたたちみたいなのが近づかないようにって……」
「それって霧島さんが困ってるだけなんじゃないのぉ?」
「そうそう。碇君ってぇ、付き合い良いもんねぇ?」
むぎぎとマナは奇妙に唸った。
ここで彼女の怒りは付き合いが良いと言うよりもただだらしなく見えるだけのシンジへも飛び火した。
(なんであたしがシンジの心配なんてしなきゃいけないのよ!?)
しかし目前の敵から逃亡するのも癪である。
「直で誘ったって断られるだけだからって、マユミを使わないでよね!」
「なにそれ? 霧島さんって山岸さんの保護者ぁ?」
「マユミだって迷惑してるって言ってんの!」
「言ってないって!」
「そうよ! 碇君のこと抜きにしたって、別に友達になったって良いじゃない!」
「なんで霧島さんが山岸さんと友達になって良いかどうか決めるワケぇ?」
「誰もそんなこと言ってないじゃない!」
「言ってるのと同じじゃないの!」
「言ってないっての!」
「言ってる!」
『う〜〜〜』
人数差をものともせずにやりあうマナもマナであるが、それは少女たちが数押ししようとしていなかったからこそであった。
構図としてはともあれ、彼女らは友達であっても同時にライバルでもあるらしいのだ。ただ面白くないと憤慨しているマナとは違って、ベクトルがシンジへのアプローチという点に置いて一致しているというだけの話である。
「やめてください!」
ここに来て、マユミはようやく口を挟むことができた。
「なんで喧嘩なんてするんですか!」
「や、山岸さん?」
「ちょとマユミ……」
──ヤバい、キレた。
彼女たちは見解を一致させた。
「ちょっとマユミ、落ち着いて……」
「そうそう、あたしたち、いっつもこんなだから」
確かにそうなのかも知れないが……マユミはうつむき、口にした。
「一番ずるいのはあたしです」
「マユミ?」
「さっき友達だって言ってもらえて嬉しかったんです……友達だって。わかってます、碇君のことが知りたいってだけだって。でもそんな理由でも、碇君には悪いと思いますけど、でも」
おろおろと彼女たちは慰めにかかった。
「そんなに深く考えなくっても」
「山岸さん、考えすぎだって……」
「そうそう」
「お、おい」
こちらは遠巻きに様子を窺っていた少年たちである。
「なんだよ?」
「何か聞こえないか?」
「え?」
ズゥンと、確かに何かが聞こえた。
「なんだってんだよ?」
「この音……」
「この壁の向こうは?」
「トライデントの格納庫の隣だろ? 確かドイツから送られてきた新しいエヴァがチェックを受けて」
──ドォン!
うわあああ! あるいは、きゃああと皆は悲鳴を上げた。
激震に揺さぶられながらもムサシが叫んだ。
「格納庫へ戻るぞ!」
力を使って道の揺れを止め、ムサシは皆を格納庫へと誘導した。
「マユミ!」
「山岸さん!」
マナが手を引くようにしてマユミを急かし、残る少女たちもマユミをかばうようにして周りを固めた。
「あ、あたし……あたし」
また? マユミは覚えのある状態に、蒼白になって、何も考えられなくなっていった。
──それが十数分前の出来事だったのである。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。