「おっそーい!」
 怒っているのはアスカであった。
「あんたが来ないからぁ! トライデントで片づけることになっちゃったじゃない」
「ごめん」
 なんで怒られなきゃならないんだろうと言う顔をしてやって来るシンジに対し、アスカはさらに噛みついていった。
「なんで怒られてるのかわかってないくせに謝らないでよね!」
「ごめん……」
「ああもう!」
 いらいらと髪をかきむしる。
「あんたマユミの監督係でしょ!? しっかり付いてなきゃだめじゃない!」
 えっとシンジは目を丸くした。
「じゃあこれ……、山岸さんが?」
「そうよ!」
 はぁっとシンジは、エヴァとそれを押さえ込むようにのしかかっている三機のトライデントを見上げた。
 真下からになるのでまさに山を見上げるような状態であり、首が痛くなる。
(山岸さんは……と)
 しゅんとした様子で、皆に囲まれて立っていた。その肩を大丈夫だからとマナが抱いているが、効果はかなり薄そうである。
「まったくもう……こういうことがあるかもしれないから、あんただったんでしょうが」
「…………」
「なによ?」
「いや、初めて見る髪型だなって」
「ばっ、ばか!」
 なんでこんな時にと赤くなるアスカである。
 単に三つ編みにしていただけなのだが、ネルフの制服を着ているととても十七歳には見えなかった。
「まあ新記録は間違いないか」
「なによ、新記録って」
「ナンバーズが出したうっかり被害の」
「あのねぇ……」
 秘書課への連絡は総司令への取り次ぎを求めるものであったのだ。
 ドイツから来たエヴァンゲリオンの暴走は、過去にあった3号機の使徒化を思わせるものであった。
 その記憶があったからこそ、彼らは非常事態を告げるボタンを押したというのに、MAGIはこれを警戒すべき事態だと判断してくれなかったのである。
 だからこそ、放送がかからなかった。
 警報も鳴らず、どうしてかと焦った誰かが、とっさに直接司令に指示を求めることを思いついたのだ。
「つまり、これが山岸さんの力だったってわけか」
 びくりとマユミがすくむのがわかった。
 それに合わせて、ぐぐっと四肢に力を込め、エヴァが立ち上がろうともがき始める。
 ── 一瞬で緊張が走り、皆は逃げ下がろうとした。
「マユミ! 落ち着いて!」
「うっ、ぐ……」
 泣き出そうとしている。
「マユミぃ!」
 泣きたいのはマナたちの方であった。
 感情が高ぶれば高ぶるほど、危ない方向へと状況は飛ぶのだ。
「シンジ!」
 なんとかしろというアスカの悲鳴に、シンジはふぅむと唸って、よしと決めた。
「山岸さん」
 泣くマユミの前に立ち、シンジはその顔をのぞき込んだ。
「叱られるのが恐いの?」
 こんな状況でなに言ってるんだと、マナとアスカが噛みつこうとする。
 シンジはそんな彼女たちの気配に怯えながらも、顔を上げてとマユミの頬に手を当てた。
 ──まるで不思議な吸引力でも持っているかのように、マユミはその手の動きに逆らえなかった。
 左頬に感じる手のひらの動きに負けて、自然に顔を上向きにされる。頬骨にかかる親指、耳たぶを挟む人差し指と中指、そして首をくすぐる残りの指と……。
 ──唇に触れている無骨な親指の付け根。
 口の端にあるから、押されて薄く開いてしまう。そこが徐々に湿っていくのは、口の中から湿り気が漏れ出してしまうからだ。
 嫌だとマユミは真っ赤になった。真っ赤になって思考停止状態に陥った。
 あまりの気恥ずかしさに真っ白になる。見つめられて……まさに完全ショート状態に陥った。
「止まった……」
 愕然と口にしたのはムサシであった。
「こんな方法で」
 ケイタもアンビリーバボーと口にする。
 ただ……慣れのないマユミは気づくことができなかったが、シンジの微笑みは非常にひきつったものであった。
 なぜならアスカとマナの視線が、とてもきつく注がれていたからである。



「で、この状態なわけね」
 感想を述べたのはレイであった。
「いまいち同情できないんだけど?」
「……しっかり注文してるの誰だよ?」
 地下街のケーキハウスである。
 総司令への事情説明が長引いてしまったことから、おなかが空いたとシンジはアスカとマナに引っ張られてきていた。もちろんレイとマユミも一緒である。
「でも……」
 マユミはしゅんとしていた。彼女の前には手つかずのままでレアチーズケーキが鎮座している。
「あたしのせいで、あんなことに……」
「けが人も出てないし、良いんじゃない?」
 ん〜〜〜あむっと、ケーキをほおばるアスカである。
「それにコントロール不可の能力だってこともあったんだし。おとがめなしは当然でしょ……予算的には凄いことになってるみたいなんだけど」
「うう……山岸さんずるい。あたしなんてこぉんな始末書の山もらっちゃってるのに」
「あんたのは自業自得でしょうが」
「うう……」
 シンジは食べなよと話しかけた。
「もうやっちゃったことなんだし、落ち込んでたってなんにも変わんないよ」
「そうでしょうか? ……あたしにはよくわかりません」
「そう思うなら、明日みんなに謝っちゃえば?」
「霧島さん?」
「ごめんなさいってね? 一人一人に……そうすればまたやっても怒られることないし」
「……はい」
「それよりおっどろいたわねぇ、マユミの力」
 アスカは極力明るくなるよう努めて言った。
「エヴァの無線操縦? インターフェイスとかでの接続もなしにコントロールできるなんてシンジ並じゃない!」
 えっとマユミはシンジの顔を凝視した。
「碇君にはできるんですか? そんなことが……」
 シンジはやろうと思えばねと肩をすくめた。
「でも山岸さんのとはちょっと違うと思うよ?」
 マユミは自分に関わりのあることだから? 必死の様子で身を乗り出した。
「どう違うんでしょうか?」
 それはねとシンジ。
「父さんにさ……ドイツから回ってきたって報告書を見せてもらったんだけどね、山岸さんのは一種の意識介入なんだよな」
 食いついたのはアスカであった。
「どういうことよ? それ」
 つまりねとシンジは、紅茶をスプーンでかき回しながら口にした。
「エヴァにも……使徒にも、一種の自律思考回路みたいなのがあるんだよ。エヴァの場合は人格移植OSだったかな? これって意識は薄いけど本能的ではあるんだってさ」
 顔をしかめるアスカである。
「つまりエヴァも使徒も生き物だっていうんでしょ? そんなのわかってるわよ」
「だから山岸さんは、催眠術みたいなので言うことを聞かせられるみたいなんだよ。助けて欲しいとか嫌だって山岸さんが考えると、助けたい、守りたいって」
「使徒やエヴァが勝手に動き出すっていうの?」
「そういうこと」
 目を丸くし、マナは呻くように言葉を漏らした。
「凄い……」
「なによマナ?」
「それって拡大解釈したら、人も自由にできるってことなんじゃないの?」
「どういう意味よ?」
「そのまま! あたしでも使徒とエヴァと人間とナンバーズの相関関係は知ってるよ? ならその内のエヴァと使徒に意識誘導がかけられるなら、人間にだって」
「できるだろうね」
「そんな……」
 蒼白なるマユミをちらりと見て、でも……とレイが口を挟んだ。
「それってシンちゃんにもできることなんじゃないの?」
「なんでさ?」
「前……覚えてる? レイノルズって人が暴走しちゃったときのこと」
「うん……」
「あの時、シンジクンに引きずられてみんな同調してたってリツコさんに聞いたもん」
「あの時のことはよく覚えてないんだけどな……」
「でも同じことができるっていうなら、同じようにコントロールできるんじゃない?」
「それは……」
 言いよどむシンジに変わってアスカが答えた。
「それはダメよ」
「なんで?」
「だってシンジの場合は……人と疎遠になって、なるべく感情的にならないって方法で押さえ込んでるだけじゃない」
「そっかぁ……」
「そういうのは、やっぱり寂しい方法だと思うのよね……だから」
「マユミには、他の方法を見つけてもらわなきゃならないか」
 一同の視線を浴びて、より一層の不安を見せるマユミに対し、レイが親切そうに語りかけた。
「とりあえず、いっちばんナンバーズ歴の長いあたしが見てあげるから、ね?」
「はい……お願いします」
「というわけで始末書の方はアスカよろしくぅ!」
「…………」
 アスカは呆れてものが言えないとばかりに、はいはいと素っ気なく手を振った。
「どうせろくなことにはならないでしょうけどね」
 レイはぷぅっと頬をふくらませ、シンジとマナは吹き出して……。
 一人理解しきれずに、マユミはきょとんと小首を傾げた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。