「ようこそ、山岸さん」
にこやかに迎えてくれた赤木博士に、マユミはぴょこんとお辞儀をした。
「よろしくお願いします」
クスッと笑う。
「病院じゃないのよ? ここは」
「マユミちゃんにとっては、病気と同じかもね」
これは部屋の中を物色しているレイだった。
小部屋の中は机とファイル用の棚が一つあるだけだ。レイはファイルを一冊取り出して、ぱらぱらとめくり、眉間にはっきりそれとわかる皺を浮かべた。
「難しい……」
なんだろうとのぞき込む。
「なに見てるの?」
「なんだかわかんない……」
彼女はシンジにファイルを譲った。
「なんの数字かな? これ」
「使徒の遺伝子設計図よ」
目を向けると、いつの間にやらリツコとマユミはお茶を飲んでいた。
「あっ、ずるーい」
「そこにあるわよ」
「はぁい」
いそいそとジュースを漁るレイである。
シンジにとってはジュースよりも、このファイルの中身のことの方が重要であった。
「使徒に遺伝子なんてあったんですか?」
「らしきものがね……まあ本体を成している物質のはほとんどが、成分的にはこの三次元界に存在しているものなんだから、なんらかの整合性は見いだせるはずよ」
「そんなの調べてどうするんです?」
「エヴァとか、エヴァに変わる新しい作業機械の開発とかね、利用法なんていくらもあるけど」
「なんです?」
「メインはリリスよ……それと」
リツコは……エヴァ01と付け加えた。
●
「やあ」
通路の壁により掛かり、片手を上げている青年を見て、アスカはすっと目を細めた。
制服姿が板に付いてきている彼女である。三つ編みという普段見られない髪型に、彼──カヲルは、少しいやらしい笑みを浮かべた。
「忙しいの、じゃ」
アスカはそんな彼のことを、憮然と応じただけで、後は無視をして通り過ぎようとした。
「つれないねぇ……」
追いかけて隣に並ぶカヲルである。
「機嫌、悪いのかな?」
「朝からレイの始末書の片づけてやってたのよ!」
「なるほどねぇ……」
それよりもと、アスカは隣を歩こうとするカヲルをちらりと見やった。
「なに? その格好……近づかないでくんない?」
「冷たいねぇ……良いとは思わないかい?」
「どこがよ!」
アスカは顔を真っ赤にふくらませて怒鳴り散らした。
「ただでさえ変な噂立てられてんのにっ、そんなカッコのあんたと歩いてたら、それこそなに言われるかわかんないじゃない!」
カヲルは軽く肩をすくめて、よく見えるようにとプラグスーツを確認させた。
「ふふふ……安心していいよ。君の分もあるからね」
「なんでよ!」
「新しいプラグスーツだからだよ」
蒼白になった姿が面白いからか、彼は面白がってからかった。
「一応は量産機用の新型コクピット、『エントリープラグ』で使用するプラグスーツだそうだよ。でも生身での戦闘にも使えるものでね、……まだこう、スムーズにはいかないんだけど」
そう言って、彼はアスカが居ない右側の肩をぐるんと回した。
「今はデータ取りのお手伝いをしている最中なのさ。動きやすいように、後何度か調整を加える予定らしいよ」
「…………」
アスカは半分がた聞いていなかった。
「……なんっていうか」
「ごらんの通りさ。前のプラグスーツより薄いんだよ。……コンバットアーマーどころか、フォーマルスーツの下にも着られるようにしたらしんだけど、おかげで恥ずかしくてねぇ」
ああっとアスカは微笑んだ。
「なんだ、あんた恥ずかしかったんだ」
「……嫌味かい?」
いやさぁと後頭部を掻く。
「あんまり普通に歩いてるもんだから、好きでやってんのかと思って」
「あくまでデータ取りだよ」
「じゃあ実験施設の方でやんなさいよ」
「あっちじゃカメラを持った子に追い回されるんだよ。で、どこに行くんだい?」
「あんたこそどっか行きなさいよ」
「……君は日々葛城さんに似てくるねぇ」
反射的にアスカは拳をふるい、彼の脇腹を狙ってしまっていた。
「いったぁ!」
しかしあまりの固さに逆に拳をやられてしまった。
「……なによそれ!」
「だから言ったろ?」
苦笑する。
「生身の戦闘にも使えるものだって」
アスカはうさんくさげにスーツを眺めた。
「……どういう素材よ」
「未知の素材だそうだよ……」
これがまた怪しいんだよとカヲル。
「ナンバーズが作ったものでね、自然界にない、普通の実験では決して合成できるはずのないものだそうだよ」
「石みたいじゃない……」
「内側は柔らかいよ。……くすぐったいからやめてくれないかな?」
「感じるの?」
腹を撫でていた手を引っ込める。
「刺激……衝撃かな? 大きくなればなるほど反発力が大きくなるのさ。だから日常的な生活範囲内で、なにか困るってことはないよ」
「ふうん」
アスカはなにかを思いついたのか? 形の良い顎に手を当てて考え込むそぶりを見せた。
「なんだい?」
「ねぇ、これ」
つんとつつく。
「……子供用とかでウケないかなぁ?」
カヲルは怪訝そうに首を傾げた。
「子供?」
「ええ。交通事故とか」
「ああ! そういうことか……」
「頭打ったら終わりだろうけどさ」
「でも子供には粗相という大敵があるからねぇ」
「脱ぎ方は前と一緒? ってことはその下って」
「裸だよ」
「むぅ……」
「なんだい?」
「売りもんになんないじゃない」
あのねぇとカヲルはげんなりとした。
「これは戦闘用であって商品じゃないんだよ?」
「予算が大変なのよ! マユミがやっちゃった奴のこともあるし」
唐突に、カヲルはとてもまじめな方向へと変貌した。
「……聞いたよ。恐ろしいね、彼女は」
「まあね。シンジは深く考えてなかったけど……」
「でもこれでようやく謎が解けたよ」
「謎?」
「どうして碇司令が、シンジ君に任せたのか」
アスカはガリッと爪を囓った。
──リツコは非常に常識的な科学者である。
時に目前の成果に我を忘れる者たちと違って、相手が人間であると言うことを常に考え、行動している。
だからこそ、シンジの信も厚かった。
「以上です」
彼女はマユミに対する説明を終えると、次に総司令の下を訪れていた。
「彼女のエヴァへの認識は、病とほぼ同じものだと思われます」
「完治を願っているのかね?」
「いえ……ただ恐れているだけかと」
「ふむ……」
コウゾウはちらりとゲンドウを見下ろしたが、総司令は沈黙を保っている。
「性格的なものかな?」
「だと思われます……引っ込み思案なところがありますから、特殊な能力を持っているという、目立った場所には立ちたくはないのでしょう」
なるほどなとコウゾウは理解を表して頷いた。
「だが彼女の能力査定は必要だな?」
はいと肯定するリツコである。
「……確認が取れたことで、訓練に移れます。同時にデータを採取しつつ」
「制約を施すか」
それで良いのだなと、コウゾウはもう一度ゲンドウを見下ろした。
ナンバーズが持つ能力は、固定観念を持たせることによって、発現の幅を狭めることが可能である。
そして彼らには、恐れなければならない理由があった。
「やはり危険すぎるな、彼女は」
「だからと言って無視はできん」
「それはそうだが……」
「彼女が望むのなら、能力封鎖も……」
それはできんと、ゲンドウはリツコの提案をむげに蹴った。
不思議そうにリツコは問う。
「なぜですか?」
「それだけ希有な存在でもあるからだ」
わからないという顔をするリツコに、わたしから説明するよと、コウゾウが退室を促した。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。