今日はお泊まりだと喜ぶレイに引っ張られ、マユミは本部から外に出た。
これからレイの部屋に行って、彼女の着替えを持ち、葛城邸に移動する予定である。
シンジは居ない。
彼は一人で、初号機の下に赴いていた。
「母さん……」
感慨深げに怪物面を見上げている。
「母さん……なのかな?」
シンジはすっと腕を横に伸ばした。
その腕に重なるように、まるで腕に背を預けるように、少女の姿が浮かび上がる。
「これ……ね、リツコさんがやってくれたんだ、シミュレートして作った母さんのモデルだってさ」
茶色の髪と、切れ長の目。
だがどこかレイに似ていた。彼女よりも歳は上だが。
「一旦僕の中に入ったことで、エヴァに吸収されて消えかけてた遺伝子情報の欠損部分が補われたんだってさ。でも僕の中にある情報は僕の……十七歳の僕のものだからね、当然、母さんも若返っちゃうらしいよ」
おかしいよねと笑いかける。
「エヴァから母さんの体を剥離させることはできるようになったよ。もう難しいことじゃないんだ……でも、母さんの魂はどこにあるのかな?」
それが見えないんだと、彼は母の幻像を消した。
「コダマさんのことだってそうだ……僕は目に見えないものを見れるようにならないといけないんだね、そして触れられるようにもならないと」
そんな具合にぶつぶつとこぼしているシンジのことを、高い位置にあるデッキの隅から、じっと覗き見ていた二人がいた。
「見ました? お兄様」
「ああ」
アネッサとカヲルである。
「なんですの? 今の……」
「シンジ君のお母さん……らしいよ」
はてとアネッサは小首を傾げて考え込むようなそぶりを見せた。
「随分とお若かったような……」
それはそうだろうねとカヲルは頷く。
「赤木博士とMAGIが作った絵だからね、あれは」
「でもなぜ01に話しかけていらっしゃったの?」
そうかとカヲルはアネッサを促し、ケージを出た。
「君は知らなかったんだね」
「はい?」
「初号機はね……シンジ君のお母さんが作ったものなんだよ。そしてお亡くなりになられた直接の原因となるものでもあるんだ」
アネッサはその明晰な頭脳を持って、開発時代の記録をひもといていった。
「……接触実験の事故ですか」
そうさと首肯する。
「資格のない者はエヴァを動かせない……だが資格のありすぎるものは取り込まれてしまう。そういうものだからね、エヴァは」
はいと頷いてから、アネッサは軽く背後を──ケージにいるシンジを思って振り返った。
「……シンジ様は、お母様を取り戻すおつもりなのでしょうか?」
「少なくとも司令はそのつもりのようだよ……」
死した者は戻りませんのにとアネッサは言う。
「忘れられませんのね」
「それはそうさ……彼の少年期は、そのためにあまりにも辛いことばかりがあったからね」
「だから求めておられるのですか?」
嘆かわしいと下を向く。
「それでは、あまりにも切なくはありませんか?」
でもとカヲル。
「厳密に言えば、それは死ではないからね……。彼女、ユイさんは、元々エヴァからサルベージされた古代人であるから」
「レイ様のように?」
「そういうことさ」
アネッサはわずかに考えるそぶりを見せた。
「ではシンジ様とレイ様の間には、血のつながりのようなものがあるのでしょうか?」
「縁繋がりのようなものはあるだろうね……なんだい?」
「いえ……」
かぶりを振る。
「少し……思っただけですわ」
彼女は甘えるように、カヲルの腕に組み付いた。
「わたくしのような思いを、レイ様もされるのかと」
カヲルはそういうことかと納得してから、それはどうだろうねと苦笑する。
「彼女は積極的だからねぇ……」
まあっと目を丸くして拗ねる。
「それではわたくしが、そうではなかったように思われますわ」
彼は妹の頭を軽く撫でて微笑んだ。
「……積極的なら、いつまでもお茶会だけを望んだりはしないよ、アニー?」
ぽっとアネッサは頬を染める。
「お兄様……」
「好きになるのは良いことだよ……。ただアニーは妹のように見られてしまう、損な性格をしているからね? それを直さないことには、恋をしてはもらえないだろうね……」
アネッサはそんな兄の忠告に対し、だったら協力してはもらえませんかとからかった。
好きなのかと問われれば、シンジを好きとは言い難い。
それでもどうにも懐いてしまっているのが、今のシンジに対するアネッサであった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。