「今日も残業かぁ」
 ミサトである。
「なんだか懐かしいわねぇ」
「なんですか?」
 子供たちの試験官役を終え、マコトはミサトのもとへと赴いていた。
「これ、今日のテストの結果です」
「ありがと……ほら、こうなったらあたしたちって、用なしになるんじゃないかなぁとか思ってたでしょ?」
 まさかとマコトは軽く応じた。
「僕はともかく、葛城さんは……」
「でも作戦立案なんてもうする必要が無くなってるじゃない? そろそろお役ご免かなぁ? なんてさ」
 だがその考えが甘かったのだ。
「なのに……結局みんな、子供のままなのよね、まだ」
 だからと告げる。
「こういう書類整理とかさ! 単純で単調な仕事っていうのをめんどくさがって、嫌って……」
 苦笑する。
「大人になりきれないってことですか……」
「そうよ。平均的なところでみると、まだ働く必要性のない年代ばかりだし、仕方ないんだけどね」
 マコトは首を傾げた。
「働く必要性ですか?」
「ええ。……彼女に貢ぐだとか、家族を養っていくだとか、そういうね? どこか自分のやりたいこととか、わがままを抑えてまで、お金を稼ぐために従事しようっていう精神? そんな諦めとか、覚悟とか……」
 ああ……とマコトはようやく了解した。
「そうですね、それはそう感じますよ」
「でしょ?」
 座ってと彼に椅子を勧めて、リツコに分けてもらった粉を使い、珈琲を入れる。
「すみません……」
「リツコの特製品よ……ちょっと怪しんだけど」
「……人体実験ですか?」
 くすりと笑う。
「大丈夫よ、そういう意味じゃね?」
「はぁ……」
「本当はちゃんとサイフォンにかけるようなものなのよ、それをリツコはインスタントにしちゃったってわけ」
「なるほど……粉末にしてしまったわけですか。美味しいですね」
「リツコに言わせると、まだまだだそうなんだけどねぇ……」
 それでも標準よりは上なのだろう。
 話を戻す。
「遊びの延長なのよね、やってることが……だから真剣味が足りないっていうかさ」
「面倒なところは、こっち任せですしね」
「そういうことよ」
 あ〜〜〜あと彼女はのびをした。
「もう完全に婚期逃しちゃったしねぇ」
「え? 葛城さんって」
「なによ?」
「あああ、あの……」
 本気で怖がっている。
「結婚とか、そういうの考える人だったのかなぁって」
 軽く落ち込む。
「そういうこと思われてたか」
 恐縮する。
「すみません……」
「まあ仕方ないのかもね……」
 頬杖をついてそっぽを向いた。
「立ってる場所は同じなのに、ここ数年でどんどん責任は重くなってるし、仕事の量も増えてきてさ、その内容もやたらと重要なものになってるし」
「相対的に、葛城さんの役職って、酷くやっかいなものになってるんですよね」
「ネルフ作戦部のトップともなれば、渚君よりは下だけど、それでも下手な議員よりは上よ?」
「用なしになるはずが、ですか?」
「そういうことね」
 笑い合う。
「あ〜〜〜あ、今日もまた宅配弁当ね……シンちゃんのご飯の方がうまいのに」
「アスカちゃんじゃないんですか?」
「どっちでも良いわ……冷えた弁当って言うのがね?」
 あれっと思う。
「でもデリバリーやってるのって、熱系統の力を使える子じゃなかったですか?」
「詳しいわね?」
「似たようなものですから」
 そちらと同じですよと口にする。
「温かいお弁当をっていうのがウリ文句でしょう?」
「そんなサービスがあったなんて初めて知ったわ」
「変ですね?」
「ええ」
 だが考えていても答えは出はない。
 今度訊ねてみようと言うことで結論は一致した。
「もうほんと……家のことはシンジ君に頼りっきりだし」
「でも掃除してくれる人が居るだけマシですよ」
「日向君にはいないの?」
「出会う機会もありませんよ」
「せいぜいマヤちゃんか……おしかったわね?」
「今や部署も違いますしねぇ……」
 トホホとうなだれる。
「めったに帰れないから埃だらけで……この間なんて振り込み忘れてて追い出されそうになりましたよ」
「そこまで?」
「振り込みに行けなかったんですよ。めったに地上に出られないから」
「で、大丈夫だったの?」
「赤木博士に頼んでMAGIを使わせてもらいました」
「それって裏技じゃない……」
「でもおかげでキャッシュディスペンサーとか、そっち方面についても話し合われるようになったんですから」
 回線だけは無駄に余っている施設である。機械さえあればなんとでもなるらしい。
「問題は業者なんですよね、どこに入ってもらうかってことで」
「端末の?」
「銀行についてもです。上の街にある銀行って、書類上は『外国の銀行』ってことになってるじゃないですか。その銀行にネルフ本部内で店を開かせてもいいのかって」
「そういうことか……」
「こっちは大人でないと出来ない話だから、子供たちは蚊帳の外ですがね」
 下手をすると国営銀行を開くということにもなりかねない話である。
「問題は山積みね……」
「そうらしいですけど、その内便利になってきますよ」
「コインランドリーとかも欲しいんだけど……」
「クリーニングなら地下の街に……」
「そういうのじゃなくてさ」
 こう、と適当に解説する。
「制服なんて滅多に洗うもんじゃないしね? 下着だけ洗えたら良いんだから」
 切ない一人暮らし故にか? マコトはわかると頷いた。
「そうですねぇ……洗濯物の大半って、靴下とパンツなんですよねぇ……」
 同調する。
「あたしの場合はブラもあるけど……日向君ならアンダーウェアか」
「そうなりますね」
「おばさんって言われたくないけど、でもこんな状態だと気張ったものなんて付けていられないしね? この程度の安いものなら、コインランドリーで十分か、なんて」
 でも……とマコトは考えた。
「それだとますます家に帰らなくなるんじゃないですか?」
「う……それはそうなんだけどさ」
 どうせと言う。
「今だってマユミちゃんにあたしの部屋上げちゃおうかなって感じだしさ……いつまでもアスカと一緒だなんて可愛そうだし」
 マコトはマグカップから顔を上げた。
「そう言えば……あの子っていつまで面倒を見ることになってるんですか?」
 きょとんとミサト。
「あの子はずっとここにいるでしょ?」
「いや、そうじゃなくて……」
 困ったなと頬を掻く。
「葛城さんがですよ」
「あたしが?」
「シンジ君かもしれないけど……今は研修期間じゃないですか? 所属が決まれば自立ってことにもなるんでしょうし」
 ミサトは眉間に皺を寄せた。
「でも……あの子、大丈夫だと思う?」
「え?」
「友達を作るのが上手くないじゃない? やってけるとは思えないのよね」
 マコトはあまり親しくないからわかりませんと、微妙に線引きをして逃げたのであった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。