「もう良いんじゃないのかい?」
カヲルはカップを持ち上げ、口を付けた。
睨むわけではないのだが、片目を細くして見せる。
「カモフラージュ用のインタビューだとしても、それなりに語って見せたと思うんだけどね?」
緊張からか? 体を強ばらせていた彼──彼女であったのだが、ふぅっと息を吐いて力を抜いた。
すると体の線が細くなり、胸と腰が豊かになって、スーツを内側から張り上げた。
顔は基本としているカヲルに似たものへと変わった。髪も少し長く伸びる。
彼女は前髪を払いのけ、正面に腰掛けている恐怖の対象を睨みつけた。
「どうしてわかったの?」
「匂いだよ」
「犬じゃあるまいし……」
「君はまだその顔をしているのかい?」
こちらこそ驚いたわと彼女は返した。
「あたしのことを覚えていたなんてね……」
「記憶力は良い方なのさ」
「じゃあさっきの話、勘ぐっても良いのね?」
睨みつける。
「魔女狩りどころじゃない……あたしはあなたがなにをしていたか、知っているわ」
「だから?」
「そのあなたが権力の座に着いている。これをなんでもないことと考えるのは不可能なことよ」
それがどうしたんだいとカヲルはのたまう。
「具体的には、僕をどうするつもりなんだい?」
面白がるカヲルを前に、彼女は無表情を保ち続けた。
「……ドイツの人間は、みんなあなたを信用していないわ。上もそうよ、サードやセカンド、ファーストとも結託して、なにを企んでいるの?」
「なにも……と言ったところで信じる気はないんだろうね」
「当たり前よ」
「君は気丈だねぇ」
実際、カヲルは呆れていた。
「足が震えているよ? ……うそだよ」
はっとして足を押さえた彼女にくくくと笑う。
「馬鹿にして!」
「顔、赤いよ?」
「そうじゃないでしょ!」
「僕は好きで狩りをしていたわけではないよ」
唐突に真顔に戻る。
「君たちを管理者の下から逃すわけにはいかなかった……なぜなら自由となった君たちは、まさに魔女狩りの原因となりえるかもしれなかったからだ」
「管理者?」
「ゼーレと呼ばれている者たちだよ」
「ゼーレ……」
内緒にね? と指を一本唇に当てる。
「それこそ天上の人たちさ。彼らはみな君たちに期待している……だからこそ、目先の欲に負けて暴走するような、そんな勝手な真似をすることなんて許せなかったんだよ。いずれ来る予定であった今のような時を、比較的穏やかに迎えるためにね?」
「つまりませんわね」
唐突なアネッサの言いぐさに、シンジはなにがと聞き返すほか無かった。
「どんなことになって欲しいの?」
乙女のように、両手を組み合わせてアネッサは言う。
「こういうところなのですから、やはり素行の悪い方にからまれて……」
「……カヲル君でも助けに来るの?」
「シンジ様がばったばったとなぎ倒し……」
「シチュエーション的には、やっぱり王子様が助けに来て、お姫様は心を奪われて、従者は嫉妬するってところ……って痛いよ」
お尻をつねる手を離し、アネッサはもうっと拗ねて見せた。
「そのようなことをおっしゃられるシンジ様は、嫌いです」
「はは……」
さてどうしようかと悩むシンジである。
「でもさ、僕だって女の子を案内するなんて初めてなんだよ」
「そうなのですか?」
「いっつも後について回ってるだけだったからね……」
アネッサはアスカにレイにマナと言った面々のことを思い浮かべて、そのような人間に好かれるタイプなのだなと酷く納得した。
「あ、でも、マユミ様は?」
「山岸さん?」
「マユミ様は人の前を歩くような方ではないと思いましたが……」
「そうだろうね」
でもと告げる。
「山岸さんみたいなタイプは、結構自分勝手なんだよね……人に合わせるのが苦手だから、逆に一人を好むんだよ。自分の殻に閉じこもって、人のことなんて知るかって、そう言うんだ……その方が楽だから」
アネッサは驚いた顔をしてシンジを見上げた。
「なにかございましたの?」
「なんでさ?」
「そのように……辛辣におっしゃられるなんて」
シンジは反射的に謝っていた。
「ごめん……ちょっとね、そんなタイプに心当たりがあるもんだからさ」
「どなたですの?」
昔の僕だよと、シンジは口にした。
●
『たかが数千年前、なりゆきで伴侶をやっただけのあなたなんかに言われたくない!』
スクリーンの中で女が叫ぶ。
『彼女がゴルダだって?』
その女の肩をつかんで、男が喚いた。
『そんなの無茶苦茶だよ! だってゴルダってのは、東方王の奥さんの名前じゃないか』
女は男を睨みつけた。
『そうよ? だってあなたは東方王をやっていたんだもの』
『そんなわけがない! 僕は』
『今はサラリーマンでも、あなたは確かに東方王だったのよ』
つまらない映画だというのが、マユミの感想のすべてだった。
「で」
カヲルは問いかけた。
「何をしに来たのか? 話してもらえないかな」
「極秘任務と言ったら?」
「ネルフに協力を求めるだけさ」
わかったわと彼女は答えた。
「山岸マユミ……あの子の調査研究よ」
それは同時に、赤木リツコに協力するために来たのだという、彼女の訪問の理由も述べる答えになっていた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。