打楽器を主にして弦楽器が追従し、軽快な楽曲が広場の中央で演奏されていた。
その演奏に合わせてジャグリングを披露する者、人形を操って見せる者、ダンスを見せつける者と、さらには外周を固める露店もあって、非常に楽しげな空間を演出していた。
民族衣装めいた服を着て、謎の歌を唄い上げる歌姫まで居る始末である。
そしてそんな芸人たちに、アネッサは惜しみない拍手を送っていた。
笛の音がして、アネッサはそちらへと目を向けた。フルートに似ているが、それは朱塗りの棒だった。
横向きに口に当てて穴を指で押さえている。
アネッサはそんな楽器の一つ一つにまで、驚きと感動を覚えているようだった。
「お父様や御爺様は、このようなもの、庶民のにぎわいに過ぎないとおっしゃっておられましたけど」
「アネッサは初めて見るの?」
「はい!」
指先を合わせるように両手を揃えて、アネッサは背後のシンジを仰ぎ見た。
「貴族のお祭りと言えば気品にあふれた、お上品なと……そのようなことばかりに気を遣ったもので」
「息苦しそうだね……」
「そうでもありませんでした……けど」
アネッサはわぁっという驚きの声に、慌ててなにを見逃してしまったのかと視線を戻した。
すると太鼓腹の男がたいまつを持って、口から炎を噴いていた。
ほうっと頬に手を当ててアネッサは言う。
「このように心躍るものがあるのだと知ってしまうと、舞踏会などはただの集会であったのだと思い知らされてしまいますわ」
「わくわくしないってことか」
「驚きなんてありませんもの!」
芸人たちは基本的に非能力保持者である。そのこともまたアネッサに驚きを与えていた。
「感動や驚嘆を与えるのに、特別な能力など必要ありませんのね! ……もちろん努力と修練によって培われたものとは別の」
わかるよとシンジは笑った。
「僕たちが力を使ってやれることはズルばっかりだよ」
「狡いこと、ですか?」
「そうさ。物を持ち上げたかったら、立って歩いて傍によって、両腕を使えば良いんだよ」
「そうですわね。この感動はきっと、とうてい真似のできないことだから……驚嘆し、魅せられてしまうのでしょうね」
「力を使えばやれて当たり前だと言われるだけだよ。でもこの人たちは当たり前にできないことをやって見せているんだよ」
「シンジ様は……」
アネッサは感嘆する目をシンジに向けた。
「そのようなこともお考えになられておいででしたのね」
受け売りさとシンジは逃げた。とてもくすぐったく感じたからだ。
「僕もそう言うことなんだよって教わっただけだよ」
可愛いと笑うアネッサである。
「シンジ様のおよろしいところは、そのように教えくださる方に恵まれておられるところですわね」
「そうだね……みんな色々と教えてくれるよ」
もちろんアネッサもとシンジは付け加え、驚かせた。
「わたくしもですか?」
「そうさ」
背後から彼女の両肩にポンと手を置く。
「女の子って、こんなにはしゃいでくれるものなんだなってさ……なのに僕は気を遣わせてばかりで、いつも水を差してばかりだった」
ああ……と、アネッサは胸に切ないうずきを覚えてしまった。
シンジの内なる影が見える……そこにはアスカやレイが居て、二人につまらない想いをさせてしまっているなといじけた顔をしているシンジも居た。
●
「まだ……か」
マユミは玄関口まで戻ってきて、もう少し余分に暇を潰してくるかと引き返そうとした。
「あれ?」
そこにちょうど、アスカがエレベーターで戻ってきたのである。
「なに? 買い物?」
「いえ……そういうわけじゃ」
アスカはははぁんとあたりをつけた。
「誰もいないんで居づらいなって思ったんでしょ?」
「そんなことは……」
「いいのいいの。あたしだって最初はそうだったんだから」
軽くマユミの背に手を当てて帰ろうと促す。
「最初の内は人の家って感じが抜けなくってさぁ……ほとんど合宿のノリだったしね? ちゃんとゴミ出しとか、そういう役割分担ってこなさなきゃなんないって気張ってたし」
「今は違うんですか?」
「気が付いたらやればいいかって感じ? まあ、やっちゃうんだけどね、落ち着かないから」
習慣ってそういうものでしょと家に戻る。
「ただいまぁ」
「えと、ただいま……」
アスカはさっさと洗面所へ向かうと、アコーディオンカーテンを閉めもせずにパッパと服を脱ぎ捨てた。ついでに鞄も逆さにして、シンジの汚れ物を篭に落とす。
「マユミも洗うものあったら出しといてねぇ……一緒に洗っちゃうからぁ」
わかりましたぁと返事が聞こえた。アスカはちょっとだけ何かを思ったのか、下着姿のままで待つことにした。
「……やっぱり」
慌てたように汚れ物を抱えてきたマユミに嘆息する。
「え? え?」
いけませんでしたかと不安げにするマユミに、そうじゃないわよとアスカは告げた。
「あんたの性格からすると……きっとまだかなんて思われない内にって、急いでまとめてくるんじゃないかって思ったのよ」
だからとマユミのトレーナーの胸元を突いた。
「シャワー浴びてからにしても良いですかって、それくらい言えばいいじゃない? なのに着替えちゃってさ」
「すみません……」
「プラグスーツの裏地って、結構特殊だし気持ち悪かったでしょ? ちゃんと洗いたくならない?」
「でも……シャワーは浴びてきましたから」
「そういうのとは違って……」
ああもうとアスカはがしがしと頭を掻いた。
「マユミ……」
「は、はい!」
「脱ぎなさい」
「え……」
「さっさとっ、裸になるのよ!」
「って、ちょっとやめてください! アスカさん!」
「嫌よ!」
アスカは体を小さくして逃げようとするマユミを背後から拘束した。心なしか目が血走って鼻息も荒くなっている。
「風呂は命の洗濯ってね! 裸の付き合いとも言うでしょうが!」
いま口にするような言葉じゃないですぅ……とはとても言えずに、マユミは半泣きのまま風呂場へと引きずり込まれてしまったのであった。
●
「ふぅ……」
かぽーんと音が鳴らないのが不満であると……なぜだか口にしたのはマナだった。
「なんでこんなことになってるのよ」
それはわたしのセリフであると、とても言いたかったのはマユミである。
「狭いのよ……」
「そりゃアスカがマユミを襲ったりするからでしょうが」
「あたしはちょっとまじめに話をしようかなって思っただけよ、って、無理だってば!」
アスカとマユミが向かい合うように湯船に浸かっている。マナはその真ん中に、アスカの胸に背を預けた。
ザバァとお湯が溢れて流れる。
「あああああ、もったいない〜〜〜」
「……アスカって」
ちょっとおばさん臭いよと口にする。
「うっさいわねぇ」
「ん〜〜〜でもやっぱりアスカのクッションって最高……どうしてこれでシンジ君墜ちなかったかな?」
「ちょっと、変な動きしないでってば!」
肩を揺らして肩胛骨で怪しく確かめるマナである。
ミサトが一人でくつろげるサイズの湯船なのだから、それなりに育っている人間が三人も入るにはきつすぎた。
「今度銭湯に行かない? 銭湯」
「そんなのどこにあるのよ……」
「本部の中。あ、芦ノ湖の温泉でも良いかなぁ……」
夢だったのよねぇとマナは言う。
「女の子で集まってさ、どこに行こうかってね? でもほら、あたしの居たクラスって男ばっかりだったじゃない」
だからここまで親しくできる同性がいなかったのだと告白した。
「どう? マユミは慣れた?」
必死に膝を抱いて胸を潰していたマユミは、それなりにと無難に答えた。
目のやり場に困っているのは、そんなマユミの足を避けるためにマナが大股を開いているからだ。湯面の揺らぎにぼやけているし、湯気もあるし、第一メガネをかけていないのではっきりとわかるわけではないのだが、それでもマユミは困っていた。
「少し時間が無くて大変ですけど」
「マユミはあたしたちと違うからねぇ」
マユミは疎外感を覚えてうつむこうとしたのだが、それは早計というものだった。
「あたしたちはさ、マユミもわかってると思うけど、自分たちでスケジュールの管理ができちゃうのよね。でもマユミの場合は赤木博士の都合とか出てきちゃうから」
そうよねぇとはアスカである。
「本部の道のこともあるしさ。実験室まで何分かかるとか、慣れてないとわかんないし」
ねぇっと訊ねる。
「マユミって、どれくらい前から実験室に行ってるの?」
「……いつも三十分くらい待ってます」
「それで本読んでるんだ、時間まで」
マユミは気づかれていたかとシュンとした。
「ごめんなさい……」
『へ?』
二人は同時に目を丸くして、アスカがマナのお腹を抱きながら身を乗り出した。
「なんでごめんなさいになるわけ?」
「だって……」
「そういうとこ、ほんと昔のシンジと一緒で……わっかんないのよねぇ」
そうなのっとマナはアスカから離れ、今度はマユミにもたれかかった。
否応もなく人を……それも裸の女の子を抱きしめなくてはならなくなり、マユミは初めての体験にのぼせ上がったが、マナがそれに気がついたのは、彼女が沈んだ後であった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。