マユミがのぼせて鼻血を垂らし、気を失ってしまっていた頃、シンジはアネッサにそろそろ帰ろうかと話しかけていた。
「今から戻っても……もう結構な時間になるよ」
「あら? 今日はデートなのですから、お泊まりであってもよろしいのではありませんか?」
ほらほらと怪しげなネオンを指さし袖を引くアネッサに、シンジは勘弁してよとお願いした。
ふふと笑うアネッサである。
「冗談ですわよ」
「人をからかってさ……そんなに面白い?」
「面白いですわ」
当然でしょうと笑いかける。
「お兄様とお話になられているときのシンジ様はとても落ち着いておられて……森でもそうですわ、お兄様に通じるものがおありですもの」
「そうかなぁ……」
「はい。そんなシンジ様でもうろたえたり、困り顔をなされることがあるのだとわかれば、少しは親近感もわいてきます」
「それは悪趣味って言うんだよ」
むくれるシンジの腕に、えいっと組み付いて甘えながら、アネッサはケージで見たシンジの姿を思い浮かべていた。
(ほんとうに……)
心からの素顔を見せてくれているのだろうかと不安になる。
「どうしたの?」
「なんでもありませんわ!」
ですがと口にする。
「お食事くらいは、まだかまいませんでしょう? この時間ですもの」
「そうだね……上に出てからで良いかな?」
「はい!」
じゃあとオートラインへと向かう。そこからエレベーターとリニアを利用して地上に出るのだ。
(シンジ様は、楽しんでいらっしゃる)
表面に出さないようにして、アネッサは今日一日で観察したシンジの姿を思い浮かべていた。
嘘はなく、隠している風でもない。ならばこれはもう二重人格に近いのではないだろうか?
素晴らしく切り替えに慣れている……そのこともまたこれまでに味わってきたのであろう苦悩を窺わせていて、アネッサは何かを思わずには居られなかった。
●
「アスカが女の子に走ったっていうのも驚きだけど」
「違うっつーの」
「マユミちゃんもそっちのケがあったんだぁ……」
「あんた殴るわよ?」
レイはおおこわと風呂上がりの牛乳をんぐんぐと飲んだ。
ショーツ一枚。胸は首にかけたタオルの先で隠している。
「さっさと服着なさい! シンジが帰って来たらどうすんのよ!」
「良いんじゃないのぉ? 今更だしぃ?」
「うっそ!? レイとシンジ君ってそういう関係!?」
これはスクープだと、ゲームに走っていたマナが振り返った。
ちなみにマユミは彼女らの真ん中に寝かされていた。頭にはタオルが乗せられ、アスカがうちわで扇いでいた。
「しょっくぅ……シンジ君ってレイみたいなのでも良いんだ?」
「なに言うのよ……」
「だってぇ……あたしシンジ君ってぇ、アスカよりももっと胸が大きい子が良いんだって思ってたからぁ」
「どうしてそういうこと言うの?」
「ずばりレイが相手してもらえなかったのってペチャパ……」
「すたれた言葉で表現するなぁ!」
ああもう牛乳がこぼれるでしょうとアスカがいさめる。
「レイの胸の話なんて飽きたのよ」
「飽きてない!」
「……今更どうにもならないでしょうが。成長期も終わったくせに」
「うう……アスカがイジメル」
「大体どうして胸が基準になってんのよ?」
いい加減なことをマナは言った。
「だってぇ……葛城さんとか、実は赤木博士も凄いって話だし? 見慣れてるとレイくらいの胸って胸板にしか見えないかもとか」
「胸板……」
アスカはレイへと首を向け、あまりな表現に憐れんだ。
「無様ね」
「うわぁあああん! こうなりゃ自棄食いしてやるぅ!」
「ってあんたそれあたしのヨーグルト!」
「もーらい!」
軽く肩をすくめ、マナはゲームへと復帰した。
「でもあれよねぇ……なんでレイってここでお風呂に入ってんの?」
「いけない?」
「だってここってアスカたちのうちじゃない」
「寂しいんだもぉん」
さらっとそのようなことを口にする。
「家に帰っても誰もいないしねぇ」
「……あんたの場合は、家に帰ってもごはんがない、でしょうが」
「あはは、ばーれーたーかー」
「……じゃないっての、まったく」
あ〜あとアスカは、レイから取り戻したヨーグルトの残りを口にした。
「でもほんと、レイも泊まってくし、狭いのは確かよね」
「シンジ君って押し入れだっけ?」
「物置」
「同じでしょ?」
「可愛そうなシンちゃん……」
あたしの部屋にと言い出したレイの足を、アスカはていっと手で払いこかした。
どすんと尻餅を打つレイである。
「いったぁ! もう!」
「ふざけたこと言ってんじゃないっての」
「どこが?」
「どこがって……」
レイはあぐらをかいてももの上に頬杖をついた。
「まあ、マユミちゃんのこともあるし? シンジクン、当分の間はまだここに住むしかないんだろうけどね」
マユミの体がピクリと動いたが、誰もそれには気づかなかった。
──マユミは夢うつつの中で話を聞いた。
「マユミとシンジか……」
(誰?)
「元々シンジもさ、管理監督って理由でミサトと同居ってことになったのよね。あたしもそうだし」
「アスカも? そんなに危険人物?」
「じゃなくて、シンジを普段から見張ってるようにってね」
「ひっどーい。裏切りものぉ」
「ばぁか、シンジだってちゃんと了解済みよ。あの頃はまだあたし、力が使えたしね?」
そういえばとマナは思い出したようだった。
「今ってもう印象薄いけど、アスカってシンジ君の次に凄かったんだっけ?」
「……桁が違いすぎて、次って言っても大したことなかったけどねぇ」
今のレイくらいかなぁとアスカは分析比較した。
「量子誘導を行えるレイなら、あたしがやってたことの大半ってできるはずだし」
「うん、できるよ? 色々試したもん」
「なんかムカツクー」
「ふーんだ」
これもシンちゃんの傍にいたいという愛の表れよと勝手にのろける。
「シンジクンといつまでも一緒に居たいしね?」
「……まあこいつのたわごとは放っとくとして」
「どこがたわごとよー!」
「だってシンジが一緒に居たいって思ってないじゃん」
「うぐっ!」
きっつーと胸を押さえたレイのことを、マナはさすがに可愛そうだと思ったのか慰めた。
「ま、まあ元気出してね?」
「うう……ありがと」
「シンジ君もいつか振り向いてくれるって」
ぽそりとアスカが邪魔をする。
「そう思ってもう三年かぁ」
がっくりとうなだれたレイをほほほと笑った。
「無様ね!」
「アスカなんて六年以上でしょうが」
「うう……そうなんだけどさ」
見事な自爆を決め込んだ。
「ま、この子の場合は、この子次第ってことでさ……」
ひんやりとした感触──マユミは無意識の内に、気持ちが好いと身震いをしてしまった。
アスカは苦笑し、そんなマユミの額から手のひらを離した。
「実際……これからも面倒な子って出てくると思うのよね、だったらその度にシンジ、シンジってことになるかもしれないじゃない?」
「……そうなったら」
「ん?」
「寮とかできちゃうのかなぁってさ。シンジ君が寮長?」
「そうなったらあたしが寮長やるわよ。シンジは管理人ね」
「あたしはー?」
「レイは……レイは?」
「なんだろ?」
「なにかな?」
「アスカとマナがいじめるよー!」
うわーんっとレイは玄関に向かって駆け出した。それは誰かが帰ってきたという気配があったからで、ミサト以外に帰ってくる人間など、たった一人だけであった。
──うわぁあああ!
シンジの悲鳴が聞こえたのは、レイがまだ服を着ていなかったことに関係していた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。