──だぁ────っはっはっはっ!
大笑いしているのはミサトであった。
持っていた缶をテーブルに叩きつけるようにして置いて、よじれる腹を押さえて前に曲げる。
正面ではシンジが笑いごとじゃないですよとブスッくれていた。
「大変だったんだってば」
「アスカが嫉妬したとか?」
「違うって……霧島さんだよ。エッチとかスケベとか言ってからかうし、レイも調子に乗るしさ」
「アスカは?」
「山岸さんの顔色が悪かったから」
「あの子も面倒見いいからねぇ……」
くっとビールをあおる……時間は朝である。シンジはこれからネルフへ、ミサトは逆に夜勤明けで寝るところだった。
タンクトップシャツにショートパンツと、いつもの部屋着である。毒されたように似てきているアスカを見ていると、山岸さんもこうなっちゃうのかなぁと思ってしまうのが正直なところであった。
「まだ寝てるの?」
「もうネルフに行っちゃったよ……今日は山岸さんと一緒に下のブロックだって言ってたけど」
「なにしに?」
「今日の模擬訓練はレイが出るでしょ? だからってさ」
「見学か……」
ふぅむとミサトは軽く唸った。
「で、どうなのあの子……」
「どうって?」
「やって行けそう?」
「どうなんだろ……」
「やっぱ不安か……」
「そりゃそうだよ。……ミサトさんだってわかってるでしょ? うち解けてるように見えるけどさ、あれって、周りに合わせてるだけじゃないか」
よくわかるのねぇとミサトは笑いかけた。
「自分もそうだったからってさ」
「からかわないでよ……もぉ」
「ごみん……で、経験則で言うとどんな感じ?」
「……僕がうち解けたって感じになるのに、何年かかったと思ってんのさ」
「ひと月ふた月でどうにかなるもんじゃないか……」
「それも、僕の場合は使徒との戦闘があったからね……引きこもってばかりじゃ居られなかったし」
「アスカやレイのためにも?」
「やらなきゃならないってことって多かったじゃないか。でも山岸さんは違うよ……できないからって困る人がいるわけじゃないしさ」
「あの頃はせっぱ詰まってたもんねぇ……シンジ君にはやってもらわなきゃならなかったし、嫌って言ってもね?」
「そうでしょ?」
「確かにそうなのよねぇ……なぁんとなくせっぱ詰まってる内に馴れ合っちゃってるとかさ、そういうことってあるし」
「拗ねてるわけにもいかなかったから、でも」
「あの子にはその暇があるわけか……」
ううむと唸る。
「義務とか別にないもんねぇ……のんびりやっててくれりゃいいわけだし」
「本部でもそういう感じなの?」
「ん?」
「いや……必要あるとか、ないとか」
そうねとミサトは明かすことにした。
シンジに秘密にしていても仕方のない話だからだ。
「作戦部としては現状を維持したいって気持ちなのよね。システムとしてはこれ以上なく円滑に運用されているわけだし? でもあの子の力っていうのは使い方によってはいくらでも幅を広げられるわけでしょう? けどさぁ……それを試すためには、いくらかの冒険が必要になるわけで」
「それでももし便利だったら? 少しはみんなが危ない目に遭う回数って減るんじゃないの?」
「それを実証するためにも……やっぱり危うい橋を渡らなくちゃならないわけよね」
「はぁ……」
「それにね? あたしたち大人とチルドレンとが、なんとかうまくやって来られたのって、どう使うか、どう扱うかってことは考えないで、基本的にそっちの自主性に任せて、あとは付き合うだけだってスタンスを保ってきた……そういう部分があったからじゃない? それを崩したら周りの子がなんて言い出すか」
「そうですね……」
「でもあの子くらい自主性とか積極性がないとねぇ……。こっちからどうこうしろって決めてやらなくちゃ話が進まないトコあるしさ。でもこっちから命令しちゃうと問題になるのよね」
「どんな?」
「……協力しろってことにしても、協力しなくてもいいってことにしても、どっちにしたって、自分で決めたことじゃないって言い訳の材料を与えることになっちゃうわ」
「そっか……でも」
「なに?」
「多分だけど」
僕ならこう考えるかなと思って……シンジはそう思って告げた。
「山岸さんって、一応研究協力費とかもらってるはずなんだよね」
「あ……」
「なのにちゃんとしたことをしてないっていうのは」
「そっか……」
「それに、この家だってさ」
「結局居着いちゃってるじゃない」
「でも居候の身分じゃないか?」
目を細くする。
「ミサトさん……見てるんでしょ? 山岸さんの身上報告書」
「……見たの?」
「見てないけど……なんとなくわかるよ」
僕と同じ感じがするからと言う。
「人のうちで、迷惑にならないように萎縮してるって言うか……面倒くさがられないように、なるべくきちんとして……良い子でいようとしてる」
「……経験者の言葉は重いわね」
「山岸さんって、そういうのに慣れてる感じがするんだよね。今までそうやって来たんじゃないのかな?」
「正解よ」
「アスカがかまってる理由もそれだと思うよ? 昔の僕を見てるみたいでイライラしてるだ、きっと」
「イライラねぇ……」
「あの頃のアスカと僕って、最低だったから、もうちょっとはマシにってさ」
「そこは自信ないんだ?」
そりゃそうですよと肩をすくめる。
「こっちに来てから、三年もかかって覚えたんだから……。人なんて、一つや二つの気持ちだけで動いてるものなんかじゃないんだって」
●
「カモーン」
ひょいひょいと手招きをする青のエヴァンゲリオンに、白い機体はそれでもなお躊躇して距離を測った。
「やるわね、あの機体の奴」
「そうなんですか?」
マユミはアスカと共に特等席に着いていた。ドームの頂上付近にある部屋である。
ドームの内部は円形であるから、正面のガラスは下に向かって傾斜を付けた形となっていた。マユミは豪奢な椅子の座り心地の悪さに、つい前のめりとなって観戦してしまっていた。
「そんなに面白い?」
話しかけられ、マユミははっとして赤くなった。
「は、はい……あれ、ほんとうに人が乗るものだったんですね」
「作業場でも動作チェックくらいはやってたでしょう?」
「でも、あんなに動くなんて……」
マユミの中にあるのは、不格好に動き、人を襲おうとしたエヴァンゲリオンの姿だけである。だから、これほど小器用に『いなす』動きができるものだという印象はなかったのだ。
「もっと獣みたいにつかみ合ったりするものだって思ってたから……」
「猫背はどうにもならないんだけどねぇ」
肘掛けに腕を置いて頬杖をつく。
「白い機体に乗ってる奴らで、シンクロ率は六十パーセント強。レイで八十ってとこね」
「アスカさんは?」
「あたしは四十くらいかな」
「え!? でも……」
「昔は高かったけどね」
肩をすくめる。
「エヴァを使えなくなってから落ち込んじゃってね……それでもなんとか動かせてたんだけど、リツ……赤木博士の話だと、体の発育に合わせて脳神経の硬化が始まってて、うまく神経接合ができなくなって来てるんじゃないかって……」
「はぁ……」
「簡単に言えば、本を読みながら音楽を聴いて、ついでにテレビをつけてたって、子供の頃ってなんとなく全部を理解できてたでしょう? でも大人になってくると、一つを追いかけるのがやっとになってくるじゃない。注意力の問題じゃないのよね、注意してなくても受信できていたものが、処理仕切れなくなってくるのよ。これはもう避けられない話らしいわ」
「じゃあいつかは乗れなくなるってことですか?」
「そのあたりは実際にそうなってみないとわからないことだから」
「はぁ……」
「っと、そろそろ決着がつくみたいね」
慌てて目を戻すと、耐えきれなくなったのか、量産型エヴァンゲリオンが槍を突き出すところだった。
「危ない!」
正確に零号機の胸を突くかに思えた、が、零号機の姿はかすれて消える。
残像を残して移動したのだが、これはレイの常套手段だ。
驚きもせずに、白のエヴァンゲリオンは大きく槍を振るって、背後に現れた零号機の胴をなぎ払った。
──これも残像であり、かき消える。
しかし十分な心理的効果はあった。レイは迂闊に飛び込めないなと、距離を取って出現した。
「それなら!」
第三眼を展開し、零号機の額付近で球状化させ、そこからビームとしてエネルギーを放出させる。
──量産型機は槍でビームを突き返す。ビーム……エネルギーは、この一突きに静止した。
「そういうことなら!」
この瞬間、相手が誰であるのか見抜いたレイは、手加減をやめた。
彼は『あの時』、手助けがあったとはいえ、最強と思われる形態の使徒を止めているのだ。
「ムサシ君なら!」
加速と減速をくり返し、レイは量産型機の周囲を駆けた。これにより無数の残映が量産型機を取り巻いた形となって見える。敵パイロット──ムサシには、分身したとしか思えなかっただろう。
「後ろからぁ!」
レイの叫びにとっさに反応してしまい、量産型機のムサシはエヴァの半身をひねらせてしまった。
「と見せかけて前からぁ!」
──ズリぃ!
そんな声が聞こえた気がしたが、レイは無視して量産型機を蹴り飛ばし、壁にめり込ませ静止させた。
──観客席から、声援と拍手が巻き起こった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。