「で」
シンジはなぜ呼び出したのかと父を見た。
「まさか山岸さんを地下に連れて行けなんて言わないよね?」
軽く睨みつける。昔のことを考えれば、無駄に人を恐れなくなっている分だけ、迫力というものが身に付いていた。
──そのようなやり取りをしたのだと聞けば、アスカも呆れざるを得なかったのである。
「アンタも馬鹿ねぇ……」
「なんだよ」
「喧嘩売ったってしかたないでしょうに」
どうぞと横合いから差し出されたカップを受け取り、アスカはアネッサに有り難うと微笑み返した。
「あんたも大変ねぇ……」
「はい?」
「シンジが居なかったらどうしてんの?」
こんな場所でと周囲を見渡す。
ジオフロントの森林、再開発区域である。
同じ場所のはずなのだが、わずか数週間で異常だと言えるほどに木が育っていた。
シンジとアネッサが背もたれのかわりとしていた切り株までも、新たな枝を伸ばそうとしている。
「その時は一人でくつろいでいますから」
「こんなところで? 危なくないの?」
くすりと笑って、アネッサは柔らかく否定した。
「ここには、お兄様と、シンジ様の気配がありますから」
「危ないものは寄ってこないってこと?」
「はい」
気配ねぇと納得できない様子で、アスカは紅茶を一口含んだ。
「ん、おいし」
「少し葉の調合を変えてみましたの」
「今度少し分けてくれない?」
「よろこんで」
ぽかぁんとしているシンジに、アスカはなによと頬をふくらませた。
「紅茶なんて似合わないとか思ってんでしょ?」
「そうじゃなくてさ」
「なによ?」
ぽりぽりと頬を掻く。
「アスカって……ペットボトルの紅茶くらいしか飲まないんだって思ってた」
殴られたことは言うまでもない。
ぷっと吹き出し、カヲルはそれでとアネッサに訊ねた。
「二人はどうしたんだい?」
「シンジ様はマユミ様のところへ、アスカお姉様はお仕事だそうですわ」
くすくすと笑いが収まらず、カヲルはなかなか手に持つカップから紅茶を含むことができなかった。
「驚きましたわ。お姉様って、粗暴なところがおありでしたのね」
「相手はちゃんと選んでいるよ」
「シンジ様にはお優しくないのですか?」
カヲルは逆だよと肩をすくめ、それからようやく紅茶を含んだ。
「はぁ……それで痣になって」
「ひりひりするよ」
マユミはシンジの案内を受けて、本部内にあるという大図書館へと向かっていた。
図書館と言っても蔵書が保管されている倉庫のことである。皆の間でそう呼ばれているというだけで、現在は本運営される図書館へと運び込むための整理の手が入れられていた。
「治さないんですか?」
「え?」
「あ……ほら、医療班の方とか」
「ああ」
すっかり慣れたのだなとシンジは思った。
怪我をすれば医療班の下へ行く。そうすれば軽い怪我など跡形もなく癒してもらえる。
それがここの常識であった。
中には他人の形状にまで手を加えられる能力者もおり、整形外科手術すらいらないという世界である。
『中』の人間でなければ、およそマユミのような発想はできないはずであった。
「めんどくさいからね……」
「はぁ……」
それこそマユミにはよくわからないという感覚であった。
痛みを残していて、それが良いということはなにもないのに、シンジは消すことこそ面倒だと言う……。
「ここだよ」
すみませんと扉を開いて、シンジは中の人間に声を発した。
部屋の中はうずたかく積まれた本に占拠されてしまっていた。
本が壁のようになり、奥にどれだけのスペースがあるのかわからない。その隙間を縫うようにして、シンジと同程度の背丈の少年が現れた。
「あれ? 君は」
「アレンです、シンジ様」
シンジはマユミに、アネッサの友達だよと紹介した。
「友達では……わたしとアネッサ様とは主従の関係で」
「日本じゃそれを友達って言うんだよ」
アレンばかりでなく、マユミも呆れた顔つきになったが、シンジは取り合わなかった。
その方面に詳しくなる必要性を感じていなかったせいもある。
「こっちが山岸さんだよ」
「あの……よろしくお願いします」
会釈するマユミに、アレンはこちらこそと手を差し出した。
慌てて握り替えし、マユミは少しどぎまぎとした。
アレンの笑い方が、とても綺麗だったからである。
(素敵な人……)
……アネッサの周囲を固める人間なのだから、容姿も選ばれた条件要項の内には入っている。しかしマユミは、このような笑顔までもを含めた所作を身につけている人間に、大した免疫を持ってはいなかった。
「総司令から話は聞いていますよ」
マユミははたと現実へ戻った。
「で……でもわたし、自信ないんですけど……」
急におどおどとしだした様子に、そういう子かとアレンは読みとったようであった。
「そうなのですか? 総司令直々にということでしたので、少しばかり期待していたのですが」
マユミはしゅんとなって謝った。
「ごめんなさい……本を読んでいるとは言っても、好きなものばかりで、詳しいと言うほどでもなくて」
もちろん後始末も十分にこなせるアレンである。
このように落ち込んだ少女を見放したりはしなかった。
「大丈夫、心配いらないよ。なにしろこの有様だからね」
山を見上げる。
「国別に本を分け、年代で分け、さらに種別でも区分し、あるいは筆者を確認する。ここにあるのは年代分けに入るものだけど、内乱が続いた国のもので、貴重と言えば貴重なものだよ」
だから隔離してあるのだと言う。
「酷いのは日本や韓国だね。歴史書や歴史小説、MANGA、後はなんだったかな……写真集があればゲームの読本もあるし、とにかく多様で区別がつかないんだよ」
だからここには様々な国の人間を招き入れているのだと説明した。
「正直、ただの小説好きな人でも良いんだよ。その系統のノベルズが片づけば、それだけでも前進したことになるからね」
「それで良いんですか?」
「後は……そうだね、整理中に本が読みたくなったとしても、せめて仕事が終わってから読んでくれれば」
くすくすと笑う。
「なにしろこんな場所で、集まっているのが本好きだろう? もっとも、寄ってくる人間も、読んだことがないような本があるかもしれないっていうのを目当てにしているからね……時々持ち帰ろうとするのが困りものなんだ」
シンジは不思議に思ったのか口を挟んだ。
「そういうときはどうしてるのさ?」
「この区画から出られる道は一つだけですから……それに、この辺りにはリリスの影響がありまして」
「ああ、そういうこと」
「リリス?」
「山岸さんは知らなかったっけ? エヴァのクローン元みたいなものだよ」
その傍では、よほどの人間でもエヴァを発動できないのさとシンジは教えた。
「それじゃあ僕は」
「帰られるのですか?」
「うん……後で迎えに来るよ。何時頃が良いかな?」
「あ、でも」
「迎えに来てもらった方が良いな」
アレンの言葉に、マユミはどうしてという表情をしたが、二人から苦笑を返され、結局彼女は了解せざるを得なくなった。
[BACK][TOP][NEXT]
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。