バンッと壁を叩いて、セーラー服の少女は声高に叫んだ。
「やっぱり納得できない!」
 壁にはマユミの盗撮写真が幾枚も貼り付けられていた。
 おおよその行動表まで用意しているあたり、ストーカーとしても酷いものである。
 部屋には三人の少女たちがいた。つまり、彼女の前には二人の女の子が椅子に腰掛けていた。
 学校の小会議室であった。生徒会が、あるいは部が会議に使うための部屋である。
 少女は金切り声をヒステリックに叫び放った。
「どうして? なんで!? あんな女がアスカお姉様のご寵愛をいただいてるわけ!?」
 短髪髪の女の子が、うんざりだと彼女の意見に反対した。
「あんた変な小説の読み過ぎだよ」
 ふわふわとした髪の子も、そうねと同調気味にうなずいた。
「でもカナコの言うこともわからないではないわ」
「そう?」
「ミヤはなんとも思わないの?」
「あたしはそっちの趣味はないからなぁ……」
 ばりばりと少年のように刈り込んでいる頭を掻いた。
「ヤヨイこそどうなんだよ?」
「わたしはレイ様派ですから」
「あ、そ」
 どうしてこいつらと友達なんだろう? ミヤはむっすりとしてほおづえをついた。
 要は、ブームなのだ。
『他国』からの『移住者』が増えたことによって、そのような状況が起きていた。
 上流階級と呼ばれる階層の人間を受け入れるに当たって、混乱を避けるためにそのような『方々』のための男子校、女子校を設けていた。
 この隔離政策が妙な悪害を生み出して、「ごきげんよう」な世界を作り出してしまっていたのである。
 その空気に毒されてしまったのがカナコであり、ヤヨイは元々そのような生まれであったので疑問を持っておらず、ただミヤだけが、入る学校を間違えたなと後悔していた。
「アスカおねぇさまぁ!」
 写真にキスしてもだえるクラスメートに、今からでも友達をやめられないかなと、ミヤは真剣に思案した。


「そういうのがあるっていうのは聞いてるけど」
「聞いてるんだ……」
 最近妙な視線を感じると不安を訴えるマユミを伴い、シンジはレイの下を訪ねていた。
「でもマユミちゃんが酷い目に遭うってことはないと思うよ? そんなの視えないし」
 レイの部屋は実に殺風景なものだった。
 フローリングの部屋にパイプベッドがあって、あとは冷蔵庫とカレンダーが飾りのように彩りを添えているだけである。
 あとは……無造作にゴミを放り込んでいるのだろう。ふくらんだ青いポリ袋が、内容物をこぼし気味に、部屋の隅に積み重なっていた。
「引っ越したばっかりでまだなんにもないの」
 おちつかない様子のマユミに、お茶も出せなくてと謝りを入れる。
「あたしの取り巻きって、アスカと違って宗教的だからね……シンジクンが聞いたっていうのとはまた違うと思うんだけど……」
 祖である者たちに属する生まれの綾波レイは、高貴で、純粋な血族なのだ……と信じている輩もいる。
 彼らは徒党を組んで、綾波レイを守ろうと、勝手な運動を行っている。その一部は騎士団に重なっていた。
「でもまあ、シンジクン良い勘してるよ」
「じゃあ、やっぱり?」
「うん。マユミちゃんが感じた視線の正体って、そっちの系統で間違いないな、これは」
 むーんっと目を細くして、レイは眼前に浮かせている青く白い玉を凝視した。
「嫉妬の範疇なんじゃないかな? なにそんなに心配してるの?」
 シンジは「う〜ん」とうなって天井を見上げた。
「カヲル君がやけに脅すからさ……なにかあるのかと思って」
「考えすぎなんじゃない? カヲルって、『国王』になってからすっごく責任とか考えるようになったしね」
「ふぅん……」
 マユミはなんともなしにシンジの横顔を見て、そこに違和感を見いだしてしまったが、正体をつかめずに、小首をかしげてしまったのだった。


「過保護すぎるんじゃない?」
 レイの家を辞し、二人は帰宅して、今度はアスカと意見を交わし合った。
「そっかな?」
「そうよ」
 ぱくぱくとご飯をたべる。
「そりゃ頼りないけどさ……かばってやるったって限度があるんだから、まずマユミになにかがあって、マユミがそれをなんとかしようとしてからでないとね」
 頼られたって迷惑よと彼女は宣言した。
「冷たいなぁ……」
 でもそれも仕方ないのかとシンジは口にする。
「僕たちがなにかすると反感を買うシステムなんだね」
「そういうことよ」
 箸を置いてマユミと向き合う。
「別にね、あんたがうっとうしいとかってわけじゃないのよ。でも順番を間違うとまた酷い噂の種になるわけじゃない?」
「はぁ……」
「まあ好きでこんなところにいるんじゃないとか……そういうこと思ってる部分ってあると思うけどね」
「そんな……」
「ない? ……まあいいけどさ」
 見透かした目をして言い含める。
「でも、助けてほしいときには、助けてって言ってよね? 遠慮されると、あたしたちも気分悪くなるからさ」
 それは一緒に暮らしている者としての、仲間としての言葉であった。


「シンジ様」
 そして翌日。
 森の切り株。いつもの場所にシンジは居た。
 そしてそんなシンジの顔をのぞき込むようにして、アネッサは上に被さった。
「どうなさったんですか?」
「なにが?」
「元気がないように見えます」
「僕はいつもこんなだよ……」
 わずかに体を起こす。そんなシンジの隣に、アネッサは足を崩した感じで座り込んだ。
「マユミ様のことですか?」
「それもかな」
「よくわかりませんわ」
 不満に唇をとがらせたアネッサに、シンジはかなわないなと正直に告げた。
「ちょっとね、嫉妬したんだよ」
「嫉妬?」
「レイとアスカと……カヲル君にね」
「お兄様たちに?」
 またずるずるとずり落ちて寝転がろうとする。
「こういうことは、誰を頼ればいいとかさ……こういうときはカヲル君に、アスカに、レイにって、三人とも、信用し合ってるんだなって」
「でも……その中にはきっと、シンジ様も含まれておりますわ」
「僕を通せば、レイやアスカを動かせるって?」
 逆もだねと口にした。
「卑屈ですわね、シンジ様」
「そうだね……」
「でもなぜ急にそんなことを思われたのです?」
 言外に、そのような関係は前からのものであったのではと訊ねている。
「カヲル君に言われたことが引っかかってるんだよ……」
 あきらめ気味に口にする。
「焦ってるのかもしれないな」
 だが正体をつかめない以上、その不安を語ることはできないと、シンジはアネッサに謝った。



[BACK][TOP][NEXT]


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。