ネルフ本部には、ネルフの前身であるゲヒルンの頃から存在している部署があった。
 さらにその大元をたどれば、それは国連の調査機関に端を発する部署である。
 そこには黒き月が発見された当初に派遣された者たちが、そのまま現在も居残っていた。
「彼らの言うところには、ジオフロント森林部の大地に隆起現象が観測されているとのことです」
 報告しているのはシゲルであった。
 久方ぶりの作戦会議室である。緊張の面持ちで中心に立ち、自分を囲む上官たちへ説明を行っていく。
「隆起の度合いは空洞中央部を基点にして、後はなだらかになっているとのことですが……」
「なにかね?」
「この隆起現象は、日増しに加速しているとのことです」
 ううむとコウゾウはうなり声を上げ、隣のゲンドウをちらりと見やった。
「どう思う?」
「赤木博士」
「はい」
「MAGIの判断を聞こう」
「はい。MAGIは月が拡張時期に入ったのだと」
 どよめきが起こる。
「ちょっと待ってください」
 ミサトは焦り気味に割り込んだ。
「時期……ということは、それはあらかじめ予測されていた事態であると言うことですか?」
 ゲンドウへの質問に対して、コウゾウとリツコの視線も合わさった。
 それは何かを知っているという態度であった。
「そうだ」
 代表としてゲンドウが答える。
「ただしこのことは裏死海文書の解読中に判明したことであって、確実性を欠いていた。……解読された文章の中には、大きさを示すと思われる単位が出てくる。使徒、エヴァ、他にもだが、しかし時系列にそってその数値が大きくなっていく物体が存在した」
「それが月であると?」
「……そう思われる、ということだ」
 あくまで推測の域は出ていないと言う。
「しかしこれで確証が取れたな」
 コウゾウは再び唸った。
「実害はあるのかね?」
「調査班の報告によれば、隆起現象は日に日に加速しているものの、ミリ単位以下と言うことですので」
「それでも大きいな……」
「問題が出るのは百年、二百年先と言うことになるでしょうが、それだけに済むとは思えないとのことです」
「どういうことよ?」
 シゲルはマヤに立場を譲った。
「月の膨張現象は、中心核からの計測によれば、正しく均等に行われていると言うことです。ですから、膨張するというのであれば、月は沈降するはずなのですが……浮かんでいます」
「……膨張現象のために大地が隆起してきている訳じゃないの?」
「はい。念のために測定を行いましたところ、どの区画も建築当初よりも深度が浅くなっています」
「いずれは上の街を割って頭を現す……か、でもどうして?」
「国連は月が稼働状態に入っているのではないかと見ています」
 ミサトはザッと青ざめ、つばを吹き散らし叫んだ。
「月のシステムが起動しているって言うの!?」
「そう思われても仕方のない状況なのよ、これはね」
「リツコ!」
 なに落ち着いてるのよ!? そうののしられても、リツコはあくまで理性的だった。
「国連本部は、リッキー・ドナルドの起こした事件がきっかけではないかと見ているわ。場合によっては召喚もありえるかもね」
「尋問……の間違いじゃないの?」
「でももう一つの見方もあるわ。月は地震などの自然現象によって沈降しているの。これはわたしたちが普段ジオフロントと呼んでいる森林空間を見れば明らかよ」
「月が沈んでできた空間だものね……」
「でも月が落ちてから何万年、下手をすれば何億年と経っているのよ? ならなぜ今まで岩盤を突き抜けてマントルに飲み込まれないで済んでいるの? それを考えれば、月には浮上する程度の機能はあると想像できるわ」
「膨張については?」
「機能拡張……なんでしょうけど、理由はまだわからないわ」
「原因はともかく、もたらされる混乱には頭が痛いか」
「調査については調査班に人員の補充を行わなければなりませんが……」
「なにか問題があるのかね?」
 はいとリツコはまっぐに上司二人を見やった。
「中心核の調査は外せません。これを行うためには国連との交渉と、後は、サード、フィフスクラスの戦闘技能者の協力が必要となります」
 地下の木には、それを守る者たちが居る。
 これの排除のためには、そのくらいの力のある者たちが必要であるのだと、リツコはさらなる情報を示した。


「まずいな、これは」
 同じ頃、カヲルが市長室で唸っていた。
「大幅に予定を変えなくちゃならないな……」
「予定?」
 何のことだろうかとアネッサは顔を上げた。
「地下のもののことが問題になるのは、百年も二百年も先のことになるのでしょう? 少しずつ影響は出るのでしょうけど」
 そういう問題ではないのだという。
「いいかい? 第三新東京市……この国は異常な国なんだよ」
 どこがという顔をしてアネッサは続きを待った。
「世の中には色々な考えの人たちが居るものさ……。たとえばこれはどうだろうかと言い出す人がいれば、それはおかしい、いけないと反論し出す者もいる」
「それは当然のことなのでは?」
 そうさとカヲルは肯定した。
「そうやって、あることに対しては必ず反発する勢力が生まれるんだよ。そうした人たちが抗体となって、時代の流れ、変化の緩和を行うんだ」
「緩和……」
「急進的な変化は混乱を引き起こすからね。慣れを……適応するだけの間を与えてくれるのが、そのような抗体的な働きを生み出す反対勢力なのさ。ところがこの街にはその反対勢力、抵抗勢力が存在しない」
 その理由は明白だという。
「碇さんだよ。あの人が適度な敵を目標として与え、団結や共生を促してきた」
「…………」
「都市……というものはどこも表と裏を持つものだけれど、能力者たちがいるこの街には影が生まれる余地がない」
「人為的に不自然なクリーンさがあったということですか?」
「そうだね。でもこの事態は外側に混乱を引き起こすよ」
「政府や国家にですか」
「とりあえずは国連だね。彼らは焦りからこの国に対して要求を突きつけてくるかもしれないな」
「要求?」
「地下のものに関してはどうなんだ? 放置しておくべきではなかったのか? あるいは外からの調査団を受け入れろ」
「受け入れなければ?」
「隠しごとでもあるのだろうと責めてくるだろうね。否定するために受け入れたとすれば、今度はネルフの能力者に協力という名目でなにを強制するかわからない」
「強制ですか……」
「それこそ洗脳行為を行うかもしれないな」
「考えすぎでしょう?」
「欲に取り憑かれている人間という者は、そういうものさ。手に入れることができないのなら、間接的にでも利用できるよう、手の内に納めようとするんだよ」
「腹黒いこと……」
「混乱がどこから現れるかが……問題だな」



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。