──国連本部。
「彼の行動指針は身内に甘いところがある……というのだね?」
 小会議室で話し合われているのは、碇ゲンドウという男性に対しての評価であった。
「しかし、それもやむを得ないことなのでは?」
「そうだな。彼の妻……碇ユイ。彼女から端を発した問題であるのだから」
「いや、それは正しくはないでしょう。彼女はその後に明らかとなる真実の一つに過ぎなかったのですから」
「さよう。失われた白き月。あれは彼女よりも先に確認されていた」
「だからと言って、彼の横暴をどこまで許すかが問題になる」
 ふぅむとうなり声を上げるのは、各国から出向いている書記官である。
「君の国はなんと?」
 初老の男は肩をすくめた。
「第三新東京市──現アースから提供される新技術を失うわけにはいかないからね。それを元に開発しているものは二十や三十では利かないのだから」
「それはどこの国もそうだろう。うちも新産業の開拓によって景気は上向きになりつつある。セカンドインパクト以来、ようやくと言って良い特需だよ」
「しかし目先のものに惑わされて、気が付けば崖っぷち……というのではな」
 一人が読んでいたなにがしかの資料を放り出した。
 ぱさりと大きな音が立つ。
「結局は月がなんであるのか、エヴァ人とは旧時代の人種であるのか、新人類であるのか、定義付けの問題になるのではないかな?」
 一同は聞く体勢を作った。
 それだけ興味を惹かれたのだろう。
「真実を元にしたレポートの作成が急務だよ。あとはマスコミへリークする際、ちょっとニュアンスを変更すればそれで良い」
「……エヴァリアンはあくまで人類の変種であると?」
「可哀想な彼らは保護せねばならんよ」
 いかんとひげ面の男が立ち上がった。
「その優位性、優越感が、どれだけのひずみを生み出すものか? それを避けるための碇の起用であったはずだ!」
「エヴァ人と袂を分かつというのであれば、戦争は避けられんよ?」
「それはどうかな?」
「なに?」
「力を持っているのは子供だよ。彼らは本当に戦争ができるのかな?」
 場にどよめきが起こり、男たちは互いに目を見交わした。
 そこには結果がどう転ぶかという、狡猾な色合いがうかがえた。


「え? 海に……ですか?」
 はいと少女たちは一斉に返した。
 出席簿を胸に抱いたまま、マユミは逃げられずにとまどった。十人近い人数で囲まれてしまうと、狭い廊下では通行の邪魔になってしまう。
「今度の学級遠足、海がいいなぁってみんなで話してたんです。でも、海になると出国許可が必要になるでしょう?」
「山岸先生なら、なんとかって」
「わたしが? どうして……」
「だって……」
「ねぇ?」
 本当にわかっていないらしいと読みとれて、逆に少女たちが不安顔になった。
「山岸先生って、渚さんとか、惣流さんとかとも親しいでしょう?」
「なんとかお願いできないかなぁって」
「そんなことを言われても……」
 困ったなぁと口にするマユミを遠目に眺めて、ミヤはやったなとカナコとヤヨイの二人をにらんだ。
「あんたたちでしょ?」
「なんのことぉ?」
「この間から、なにかたくらんでるとは思ってたけど」
「まぁ! 心外な」
 どこからか取り出した扇子で口元を隠す。
「わたしはただ、もう一つ壁をなくすことができればと思っただけですわ」
「そうそう、親睦会ってことで」
「あんたたちの狙いはわかってるのよ」
 惣流さんと綾波さんでしょうとずばりと口にする。
「な、なんのことでしょうか?」
「さっぱりですわ」
「どもってんじゃないっての」
 嘆息する。
「あのねぇ……山岸先生をうまく乗せることができたって、惣流さんたちを引っ張り出せるかどうかはわかんないでしょう?」
「かまいませんわ」
 ヤヨイはピシャッと扇子を閉じた。
「そう……これは偉大なる第一歩に過ぎないのですから」
「ほぉ……どう偉大なわけ?」
「まず親しくなっとけば、お休みの日に訪ねていったっておかしくないでしょう?」
「……はぁああああ」
 せこい、せこすぎるとうなだれる。
「親しくなるためのダシにされたんだ……なんてわかったら、山岸先生、壁どころか日本海溝並の溝作るんじゃない?」
「「まさか……」」
「そういうの、惣流さんが見逃すわけないと思うんだけどなぁ」
 ヤヨイとカナコは、ミヤの脅しに顔を引きつらせた。
「「う……」」
「それでどう睨まれるかって」
「「山岸せんせーい」」
 しかし、遅かった。
「ええと、じゃあ、聞いてみることは聞いてみるけど」
 きゃーっと嬌声が上がる影で、ふたりは「あああ」と突っ伏したのだった。
「自業自得……」



「ということなんです」
 どうでしょうかと、マユミはびくびくと問いかけた。
 カヲルを呼ぶとなると場所も問題になる。ついでにということで食事会を開くことになったのだが、ここはカヲルの強固な要請によって、なぜだか屋台のラーメン屋になってしまっていた。
「まあ良いんじゃない?」
 ずるずるとフカヒレラーメンをすするアスカである。
 屋台と言ってもワンボックスカーを改造した厨房と、その周囲に椅子やテーブルを勝手に置いて開いている店であった。一同はその隅の方に陣取っていた。
 時折視線が向けられるのは、アスカの金色の髪、レイの青い髪、カヲルの銀色の髪が、隠しようもなく目立ってしまっているためだった。
「と言いたいところなんだけど……」
 ちらりとカヲルに目配せをする。
「どう?」
「僕的にはノーだね」
「なんでよ?」
「順番が違うからさ。まず学校側の許可を取らないとね」
「でもあんたの許可を取ってからでないと、説得力ないんじゃない?」
「それこそ逆さ。権力を盾に好き放題しようとしている……なんて見られたくないだろう?」
 これはマユミに向けての言葉だった。
「生徒に嫌われるか、学校側に嫌われるか、二者択一と言うことになるけど……」
 一方、傍観者を装っている二人が居た。
「はいシンジクン、あ〜ん」
「良いってば」
「ふぅふぅ……ぱく、あ」
「…………」
「もう! ここでおっちゃこちょいだなぁ、あははーってコンボ成立は基本でしょう?」
「……寒いよ、やってることが」
 そうかなぁと首をひねるレイである。
「あ、え、なに?」
 視線に感じて顔を上げる。
「話終わった?」
「あんたねぇ……」
 きりきりとこめかみを痛める。
「相談に乗る気がないなら帰ったら?」
「帰っても良いけど、こっちにはこっちの話がね」
「なによ?」
 レイはどさーっと、テーブルの上に手紙の束をぶちまけた。
「招待状」
 はん? っと首をひねったアスカであった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。