「同時にと言うところが、示し合わせたようで悪い印象を与えてしまったのではないのかな?」
国連内部にあるとある場所で、恰幅の良い男たちがたばこをくゆらせ、密談にいそしんでいた。
「だいたい、露骨すぎやしなかったか? 印象が悪くなれば元も子もないだろう」
くつくつと笑い声が発せられる。
会合はヨーロピアン調の、とても趣味の悪いお金のかけかたをされた部屋の中で行われていた。
調度品はどれも、価値の高い品であることは間違いがない。
テーブルに、腰掛け椅子。敷物から壁掛け、絵、壷、他にもだ。
そんなものに囲まれて、なお平然とたばこをくわえているのである。
その男はひときわ高そうな皿に灰を落とした。
「所詮は子供相手の揺さぶりでしょう? わかりやすい方が良い……そもそも、本命は別にある」
「そうだな」
彼らは一様に、脳裏にある男の顔を思い浮かべた。
碇ゲンドウである。
「山岸とかいう男の娘を、息子にあてがったと聞くが……」
「国連とのつながりを強めるためだと、うちの者は言っていたな」
「馬鹿な話だ。あの男がそんな可愛らしい方法を取るものか」
よほど印象が良くないようであった。
「ゲヒルンは良かった。ネルフもまあなくてはならなかった。だがアースはいかんな」
うむと同意の声が発せられる。
「欲がなさ過ぎるという点が、特にいかん」
「人間、遠出をするためには、車を使うものだろう。……そして車を使うためには、ガソリンがどうしても必要になる」
「そのガソリンを得るためには、タンクローリーや、タンカーが必要となるわな」
どれも似たような口調であった。
「採掘にも目を向けてもらいたいものだな。石油を掘り当て、基地を作らねばならんよ」
「そこには当然、保険会社もからませてもらいたいものですな」
「そうして恒久的に、経済は輪転していくわけなのだが」
どす黒く空気がよどんでいく。
「中東に、なにやら無償で提供したらしいな」
「セカンドインパクトで崩壊した南半球の開発にも乗り出すようだ」
いかんよと声が上がる。
「それはなんとかならんのか? 南の再開発には、すでに莫大な資金を投入している。それもこれも、利潤が見込めると思ったからだ。これを横取りされたのでは、倒産する企業は十や二十ではきかんよ」
「しかし……復興を願う者にしてみれば、ありがたい話だろうからな。より安く、うまく、手を貸してくれるというのだから」
「その上、仕事の速さは数倍から数十倍だ。これまで復興に努めてきた労働者たちの懸命の努力をあざ笑うかのようにな」
それもまたまずい事態だとほくそ笑んだ。
「労働者の間では、かなり不満が募っているようだな」
「セカンドインパクトからの十年と少し、彼ら……特にボランティアの人間は、非常に大きく感謝されてきたわけだからな」
「それを、へらへら笑って現れた子供たちに、隅に追いやられてしまったのではな、心中穏やかなるまいよ」
「まったく」
「可哀想な話だ」
実にわざとらしく肩をすくめる。
「おかげで彼らは、身の置き場がなくなってしまった」
「現場でも、エヴァリアンにまず頼むという姿勢が目立ち始めているらしいな。自然と扱いもぞんざいになろう」
「うらむのは筋違いだが……それでも、か」
「やりきれん話だよ」
ぱんと手が打たれる。
「現状の認識が一致しているようだから、先の話をしよう。フェルナンド君、君のところはどうかな?」
はいと若い男が立ち上がった。
「世界で最も信用と信頼をいただいている保険会社としましては、エヴァリアンの経験不足を理由にできます。彼は力を持っていても人生に長けているわけではない。先の話にもあったように、人とうまくつき合っていくことができないでいます。喜ばれたら、有頂天になって、調子に乗って、影で他者の恨みを買う。それではうまくは生きてはいけませんな」
「その軋轢が現場では歪みとして働いて、仕事場の動きもぎくしゃくとしていくというわけだね?」
そうですと頷く。
「結果的に事故へと繋がる問題でしょう……これは。ああ、事故と言えば、なにかおかしいということを、職人と呼ばれる古参の技術者の中には、感じ取れる者たちがおりますが、エヴァリアンにはそれができません」
口ひげの男が割り込んだ。
「ああ……それはうちの造船所でもあった話だよ。初期の頃……あのころはまだナンバーズと呼んでいたがね。彼らを試験的に雇い入れてみたんだが、昔からの技術者が、なにかおかしいと納入された鋼材に不審な点を見つけたんだよ。ところがナンバーズの子らは、いくら調べても問題はないと言うんだね」
「彼らの能力では、見つけられない問題があったと?」
「職人の勘というものはあなどれんよ」
彼は手のひらを持ち上げ、皆に見せた。
「こんなわたしの手とは違う、グローブのように太く、がちがちに固まった手のひらで、電子顕微鏡でもなければ見抜けないような差違を触診してしまう。職人というのは恐ろしいな」
誰かが新たにたばこをくわえ、火を点けた。
「だが……そのような男たちを育てるのに、五十年はかかるというのが問題だろう」
そうだなと、問題の難しさを指摘する。
「エヴァリアンが重宝されるのは、一方ではやむを得ないことだろう。しかし、すべてを彼らに任せるわけにはいかんのだ」
男は強く言い放った。
「このままでは、近く、就職には能力の有無という項目が付け加えられることになるだろうな。世界の風潮としても、彼らが優先的に職場へと取り入れられるようになれば、経済のシステムはそれに合わせたものへと変革を余儀なくされていく」
「結果は言われずともわかっているよ。職人の育成過程が駆逐され、残るは促成栽培の能力者たちばかりになるというのだろう? ……即戦力として投入された、と言い換えても良いが」
「保険会社としても、それでは締め付けをきつくせざるを得ませんね。未熟な者たちが成熟せぬままに主流派となった世界では、事故の確率は高くなる」
「……世界が経済という名の一つのシステムの上にある以上、彼らの進出は好ましくない」
「新たな経済システムが生まれ、二つの機構が運用されるようになるか」
「最終的には、我らが駆逐され、彼らのものへと統一されることになるだろう」
「やはり、彼らがマイノリティである内に、なんとか封じ込めを考えねばなりませんな」
「別種の生き物が共存するには、この世界は狭すぎる」
「経済活動は、もはや星を覆うほどに巨大化していますからな」
●
「非常に! 申し訳なく、思っております!」
久方ぶりにありがたいお説教をくれてやろうと、学園に出向いたアスカを待っていたのは、平身低頭する二人であった。
「ええと……話はわかったけどさ」
アスカは、この二人が原因かと、カナコとヤヨイを観察した。
非常勤講師のための部屋は狭く、萎縮した様子で、それも泣きそうな顔をしていられると、とても息苦しくなってたまらなかった。
「でもねぇ……別に悪いことはないでしょう?」
「でもぉ……」
「元々は、カナコさんがよけいなお考えを持たれたのが」
「あ! 人のせいにして逃げる気!?」
「まさか、そんな」
口元にどこから取り出したのか扇を当てる。
「非があることを認めているからこそ、わたしも、こうして、ここにいるのですよ」
「それのどこが悪いことをしたって態度なのよ」
「はいはいはい」
アスカはぱんっと手を打ち鳴らして止めた。
「確かに。謝りに来たにしては、言い逃れってのは潔くないわね」
「はい……」
「にしても、どうにもよくわからないのよね……」
事務椅子の上で、アスカは足を組み合わせた。
「正直なとこ、あたしや、レイが目当てで、そういうことを考える子って珍しくないのよ」
「そうなんですか?」
「雨の日に待ち伏せして、そこで車に泥を引っかけられたんです、なんて言ってね? そういうセコい方法で責めてきた子もいるくらいよ」
「……その子、どうしたんですか?」
「敢闘賞はくれてやったわ」
「上げてあげたんですかぁ!?」
「そりゃね……泥だらけのまま突き放すのも可哀想だったし」
「放っておけばいいのよ」
「ヤヨイさん?」
「なんでもありませんわ」
「そう? ……まあ、どんな夢を見てたかはしらないけどさ、家にはシンジが居たわけだから」
「うわぁ……」
「あたしが住んでるのは、こっちで保護者をしてくれている人の家なのよ。あたしもシンジも間借りしてるだけ。マユミもね? だからどんなに頼まれたって、そう簡単に招き入れるわけにはいかないわけよ」
どうしてなのかなぁと首をかしげる。
「みんな、あたしも、レイも、未成年だってことを忘れてんじゃないかって思うことがあるのよね」
言ってしまってから、アスカは二人の奇妙な表情に気がついて、なによぉとむくれた。
「あたしそんなにおばさんに見える?」
ぶんぶかとふたりは頭を振って否定した。
「そうじゃないです!」
「でもアスカ様から、部屋を間借りしておられるというお姿は、どこか想像がしづらくて……」
「あっ、間借りって言っても、でっかい家の一室で十畳とか二十畳とかあって!」
「六畳ないんじゃないかなぁ? ベッド入れてるからもっと狭いし」
ばっさりと二人の夢を袈裟切りにする。
「それに今は、マユミと相部屋だしね」
「山岸先生と!?」
「それは」
「言っとくけど」
派手に顔を赤らめる二人をにらみつける。
「あんたたちが想像してるようなことはなにもないからね」
「……はぁい」
「ま、気持ちはわかるけどね……」
そう言って派手に明るく色が抜けてしまった髪をいじる。
「自分でも綺麗だとか美人だって言われる部類なのは自覚あるしね。ほんとは期待に応えてあげるのも義務なんでしょうけど」
聞けば嫌味としかならない台詞も、物憂げに見える表情に合っていて、二人はほうっと見とれてしまった。
「なにか、あるんですか?」
「ん? 着飾るとか、そういうのに興味がないだけ。小さい頃は、人にほめてもらいたくて、必死にそう言うこともしたけどね」
「いくつくらいの頃の話です?」
「小学校かな? それと中学の二年まで」
「ほんのちょっと前の話じゃないですか」
「そうね」
アスカは曖昧に笑って見せた。
そんなアスカに、二人は不思議そうに首をかしげた。
アスカにとっては、それまでに生きてきた十四年間よりも、この三年、四年の密度は、圧倒的に厚かった。
「まあ、そういうのもあってね……面倒さを知ってるから、どうもね」
「面倒さですか?」
「あんたたちもいつか気付くわ……自分を飾るってことのばからしさにね」
なにしろお金がかかるのよと、疲れた顔をして「ははは」と笑う。
「けど、ま、そういうわけだから、遊びに行きたいならレイのところにすれば?」
「まぁ!」
顔を輝かせて、ヤヨイは手を打ち鳴らした。
「よろしいのですか!?」
「適当におだてりゃ、オッケーッてなもんよ。あの子一人暮らしだし、訊ねてきた子を追い返すようなマネはしないわよ」
ただと、夢心地な少女をやはり崖から突き落とした。
「せっまいワンルームに一人暮らしだから、きったないわよぉ?」
けらけらと笑って、アスカは予鈴だと二人を部屋の外に送り出した。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。