「むー!」
 頬をふくらませて怒る姿を、アスカは可愛いとは思わなかった。
「やめなさいよ、歳考えろっての」
「アスカより下だもん!」
「嘘付くなぁ!」
 公称九月生まれのレイに対して、アスカは十二月生まれであった。
「うう、こんなに可愛くない妹なんて」
「だからなんなのよ」
 なんなのじゃないでしょーっと怒るレイに、アスカはごまかし笑いで難を逃れようとした。
「だからぁ、ごめんってば」
「しゃれになってなーい!」
 別に、歳の話ではない。
「アスカがよけいなことバラすから!」
「はいはい」
 レイの部屋の話である。
「おかげでみんな、こっち見てくすくす笑うんだからね! アスカの部屋のこともばらしてやろうか……」
 やめときなよと言ったのはシンジであった。
「アスカはともかく、山岸さんが可哀想だよ」
 あんたも言うようになったじゃないと、こめかみをヒクつかせるアスカである。
 だが実際に、マユミは困り顔で弱っていた。同罪ではあるからだ。
「でもねぇ……」
 アスカは頬杖をついて、ポテトチップスの山に手を伸ばした。
「話したの、今朝だったんだけど……。昼にはもうネルフにまで伝播してるとは、女子学生の連絡網ってのはあなどれないわね」
 レイはへにゃへにゃと突っ伏した。
「お願いだから、気を付けてよぉ」
「今度からね」
 シンジが問う。
「どんなこと言われたの?」
 んっとレイは起きあがった。
「整備班の人とか、通りすがりに人の肩をぽんって叩いて、言うのよ……うちも似たようなもんだって。ねぇ? わかる? 男の子に言われる屈辱がわかる? ねぇ!?」
 レイはぎんっとアスカを睨んだ。
「……この恨み」
「だから不毛なことはやめときなってば」
 んじゃあとレイは、剣呑な目つきでシンジを睨んだ。
「なにやってるの……それ、この間のお見合い写真でしょ?」
 苦笑し、シンジは一枚取った。
「お見合い写真じゃなくて、招待状だよ」
「顔写真付きのね。好みのがあったの?」
「いくつかね……冗談だよ、睨まないでよ、痛いって!」
 左右から耳を引っ張られた。
「つまんない冗談は言わない!」
「でぇ〜〜〜なにやってたの?」
「断る理由作り……かな?」
 自分でもよくわかっていないようであった。


「もちろん、一人一人……いや、表向きは、団体の代表と言うことになっているけどね、嘆願の理由は違うわけさ」
 カヲルもまた、シンジと同じ作業をしていた。
「だからこうしてチェックしている」
 カヲルの自室には、アネッサのための部屋もある。
 カヲルが忙しくなったことで、別々に暮らすようになっている二人であったが、たまにはこうして、一緒の時を過ごすようにもしていた。
「そちらの書類は、なんですの?」
 二人きりの時には、気兼ねも遠慮もアネッサはしない。
 妹として、気軽に振る舞っていた。
「ああ、山岸さんのね」
 小首をかしげるアネッサに見せる。
「海の話さ。立案者は彼女だけど、海は他県……他国の領域だからね、彼女を責任者にするわけにはいかないだろう?」
「ああ……それで学園の名簿を」
 ちらりと目を落とす。
 名簿とは言っても、教員名簿であった。
「それで適当な方はおられましたか?」
 いいやとカヲルはかぶりを振った。
「外の人たちは、アースの人間だからと言うだけで、皆超能力者か、超能力者予備軍だと思いこんでいるからね、それが難しいんだよ……」
 しかし、実際に出かけるのは、ただの女の子たちである。
「からんでくる人間もいるだろうしね……腕力が必要な場合もあるんだろうけど、これがなかなか……」
「そうですか」
 カヲルはくだらないことを思いついて、くすりと笑った。
「いっそのこと、アネッサ、君も転入してみるかい?」
「お兄様」
 剣呑な目をしてにらみつける。
「わたくしの歳をお忘れですか?」
「アネッサならごまかせるよ」
「それは子供っぽいと言うことでしょうか?」
「外国人の歳はわかりづらいと言うだろう?」
「日本の方の言葉など知りませんわ」
 知ってるじゃないかとカヲルは愚痴る。
「まあ、そうすれば彼に、教員として潜り込んでもらえるなと思ったんだよ」
 カヲルが言っているのは、アネッサの執事兼教育、監督役を担っている男のことであった。
「あれは……」
 眉間に皺を寄せ、アネッサは区切るように話した。
「あれは、そのようなことをするために、ここに居る者ではありませんわ」
「しかし、アネッサも暇だろう? こうしてすることがなにもないと……毎日が」
 あらっと、アネッサは首をかしげて魅力的にほほえんだ。
「こう見えても、忙しい身ですのよ?」
「そうなのかい?」
「はい……お兄様には、内緒のことですが」
 降参だよと、カヲルは肩をすくめて見せた。
 たとえ兄妹と言えども、隠しごとは認めなければならない。それがカヲルの考え方であったからである。


「それにしても……」
 レイは不快を通り越して、けだるい疲れを覚えていた。
「あんたたち、どこまでしゃべって回ったのかなぁ!?」
 ん〜〜〜っと怖い顔をして二人に迫る。
「ああ! わたしが、わたしがふがいないばっかりに」
 よよよと嘆いたのはヤヨイであった。
「カナコさんのおしゃべりを止めることができず」
「人のせいにしないでよ!」
「あのね」
 アスカの話を真に受けたのか、住居であるマンションの側をうろうろとしていた二人を、レイは素早く捕まえていた。
「あんたたちのせいでね、ふんとに」
 彼女はベッドに、二人にはカーペットに正座をさせている。
「なにかあったんですかぁ?」
「渚君に馬鹿にされたのよ!」
 ほへーっと二人は感心した。
 渚カヲルと言えば国主である。
 そんな人物と親しいとなると、それだけで驚けるのだ。
 レイにとっては昔なじみでも、二人にとっては遠い世界の人間である。
「ほんとにもぉ……清掃局第二特務メイド分隊なんてわけわかんないとこからもメールが来るし」
「は?」
「メイド?」
 きょとんとした二人であった。
「なんですかそれ?」
「カルト集団」
 レイはずっぱりと言い切った。
「元はただのコスプレ集団だったんだけど……。清掃局の女の子たちが、冗談のつもりで始めたのよね、メイドコスプレ」
「はぁ……」
「そしたら彼氏と、ご主人様とか言ったり言わせたり? で……まあ、そう、便所掃除ってやったことある?」
 二人は「はぁ?」っときょとんとした。
「最初は汚くて嫌なんだけど、やってる内に綺麗になっていくのが面白かったり楽しくなっちゃったりして、だんだんはまってってやめられなくなるのよね。んで、最後まで完璧にやっちゃうのよ」
「…………」
「つまり、そういうこと」
「…………」
「メイドなプレイにはまった連中が、どつぼにはまって本物のメイドになりきっちゃったのよ」
「あの〜〜〜」
 ヤヨイは、カナコのように問いかけた。
「それが、レイ様とどのような関係が……」
「だからぁ!」
 泣きそうになっている。
「ファーストナンバーのあたしがそれじゃあイメージが悪いから、派遣しましょうかって」
「いけないのですか?」
「あの連中のこと知らないから、そう言うこと言えるのよ!」
「……はぁ?」
 レイは半泣きになり、切々と訴えた。
「メイドってのはね、本当は雇うものなの。今日はなにをする、どうする。何時に起きてなにをして、なにがどうでって、スケジュールの決まってる人間が、補佐的なことをやらせるために雇うもんなのよ! つまり、ええと」
「あ〜〜〜」
 ぽんと手を打つカナコである。
「規則正しく生活しないと、困るって顔をされて、たまらないと」
「そう、それ!」
「ですが……」
 ヤヨイは非常に情けなさそうにレイを見た。
「うちにも家政婦がおりますが……それほど気になるようなことは」
「そりゃあ? ヤヨイちゃんのところは、旧家で家も大きいし?」
 まあっとヤヨイは照れ恥じらった。
「レイ様は、わたしのことをご存じで?」
「うう……知らなきゃ良かったかな」
「聞かないでください」
 非常に友だち甲斐のないカナコである。
「うちなんて八畳ないのよ!? そんな狭いワンルームでメイドだとか言ってホントはただのコスプレだってのに、じーっと待機されるのよ!?」
 カナコは思った。
「それは……怖すぎかも」
 一般的なワンルームの部屋の半分は、中型ベッドで埋められている。
 反対側には机があって、間には食事などで使うのだろう硝子テーブルが置かれていた。
 そんな、狭くて隙間のない空間に、エプロンドレスを着た女がじっと待機しているのだ。
「うわぁ……」
 命令を待って、上目遣いに無表情で。
「実際にコスプレやってる連中って、ほんとにメイドがどういうものかって知ってるヤツ、いないのよ? ただこういうもんだろうってのをやってるだけなの! だからもう怖いんだから!」
「でも、生活の改善だけなら、通いの家政婦さんでもかまいませんよね?」
「そこがもう嫌がらせになるじゃない!」
 なるほどとヤヨイは納得した。
 しかしよりよく理解していたのはカナコであった。
(汚い部屋に慣れちゃってると、清潔にされてる部屋って居心地が悪いのよね)
 つまりは、そういう問題であった。


「聞きましたよ、レイさんの話」
 話しかけられて、アスカは相手のことを思い出せなかった。
(誰だっけ?)
「清掃局の方で、変な相談してるみたいですけど」
「変な相談?」
「だって、あそこって、ほら……地下の闘技場で、エヴァの格闘訓練があるとき、管轄じゃないのに引っ張り出されてるじゃないですか」
「そうだっけ?」
「闘技場はネルフの施設だからって、でも、あれって、みんな訓練の見学じゃなくって、野次馬をしに行ってるだけでしょう? だから、結構ゴミ、散らかすし」
 そういえばと思い返す。
(あれだけ騒いで、そんなに汚くならないってのも……)
「まあ、直接レイさんのせいってわけでもないんだろうけど」
 ところでと彼女はさりげなく訊ねた。
「そろそろわたしの名前、思い出せました?」
「それが……あっ」
 ばつが悪そうにするアスカに、彼女はくすくすと笑いをこぼした。
「仕方ないですよ、覚えてなくても」
「ごめん……」
「高校一年の時に、同じクラスだったんですよ。でも、すぐにばらけちゃったから」
「そっか……」
「あたしも、アスカさんとか、レイさんとかは、目立ってたから覚えてますけど、他の人はちょっと」
「……まあどうせ、他の連中も似たようなもんなんだろうけど」
「本当は、あたし、先生になりたかったんだけどなぁ」
「先生ねぇ……」
「大学とか、教育学科とか、ちゃんとしてるのかな……ここ」
 そういえばとアスカも思った。
「大学ってどうなってる……じゃなくて、学校教育って将来の目標があるから進学コースがあるのよね」
 ああ、そうか、そういうことかと、マユミのことで、アスカは前髪を掻き上げた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。