(マユミがなにかしっくり行ってないのって、そういうことなんだろうな)
 唇に刺したペンを上下に揺らして、アスカはふんふんと考えた。
 ──定住している人間は、夢や理想というものを、対人関係の中で育み、壊していくものである。
 親兄弟と、あるいは友人と語り合う中で、馬鹿にされ、非現実的であると知り、より具体性のあるものを選択するようになっていく。
 そうしてできあがった夢を将来像として、追いかけるようになっていくのだ。
 そして未来を固めるのだが……。
(マユミって、そういう相手、居なかったのかな?)
 親とも話していないようである。
 自分やシンジがそうであるから、想像はとても付きやすかった。
 保護者に付いて外国を放浪していたマユミに、夢を語れる相手などどこにも居なかったはずである。
 そうなれば内にこもるほか無かったであろうし、夢描くものは空想の域を出ないまま、現実に研磨されることはなく、ふくれあがっていく一方であったことだろう。
 しかし、マユミには、ちゃんと現実を見る力があった。
 夢は夢──そう割り切って考えてしまえる情緒があった。
 では夢を描き、そうなれば良い……と思うたびに、現実的にはそれは無理だとあきらめてきたというのであれば、なにが残っているのだろうか?
 答えは簡単であった。
 まさに自分や、シンジである。
 そんなわけで、アスカはレイの元を訪れることにしたのであった。


 ──しかし、レイの反応はとても冷たく、彼女は歓迎されはしなかった。
「なんかもう最近、あんまりアスカとは話したくないんだけどなぁ」
 そんなこと言わないでよぉとアスカは甘えた。
 場所は地下闘技場の、パイロット控え室──別名、闘騎手部屋であった。
 壁に埋め込み式のロッカーがあり、あとは、ベンチシートと、各所のデータを検索できる、データベースが設置されていた。
「この間のことは謝るから……って」
 ふと気が付く。
「なに?」
「あんた……」
 アスカはレイの頭に抱きついたままで、偶然触れた胸をもにゅもにゅと手で覆って揉んでみた。
「太った?」
「ひゃん! 育ったの!」
 レイは真っ赤になって泣き笑いで愚痴をこぼした。
「うう……初揉まれがアスカだなんて」
「まあまあ」
 ごめんと素直に謝る。
「好きな相手じゃない場合はノーカウントだって!」
「え? あたし、アスカのこと好きだけど?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「やめて、ごめん、お願い」
「……うん」
 どうやら捨て身過ぎたようである。
 自爆になった。
「で、なんの用?」
 レイは大人の雰囲気を醸しだし、足を組んで、たばこの箱をとんとんと叩いた。
 一本取り出し、口にくわえる。しかし火は点けようとしない。
 あきれた目をしてアスカは訊ねた。
「ナニ味?」
「ビターチョコ」
 巻いてある紙がもろもろになっちゃうのが難点なのよねと、お菓子の欠点を口にする。
「模擬訓練ってけっこうお腹空いちゃうのよね。カロリー消費激しいから」
「マユミのことなんだけど」
 自分で振っておいてアスカは放置した。
「レイってさ、あたしたちの中じゃ、一番将来のこと考えてるんじゃないかって思って」
「いやん☆」
「…………」
「将来だなんてぇ、そんなの、お嫁さんに」
「アテもメドもないくせに」
「あるもん!」
「却下」
「まあアスカが焦るのもわかるけどぉ?」
「大却下!」
 だぁめとレイ。
 笑って語る。
「シンちゃんと一緒にあっまーい家庭作っていちゃいちゃして暮らすんだぁ〜〜〜。そんでもって嫁き遅れのアスカさんをいじめて遊ぶのが日課なの」
「誰が嫁き遅れるってのよ! 誰が!!」
「アスカ!」
 ビシッと、それはもうこれ以上と無くはっきりと指をさされて、不覚にもアスカはどもってしまった。
 まるで負けを認めるように。
「ふっ、勝った」
 勝ったじゃない! っと、拳を固める。
「いい加減に! 話が進まないでしょうが!」
「ままあることじゃない」
「わかってるなら横道逸れるなぁ!」
 びりびりと控え室の壁がふるえた。


「やる気のあるなしってのは、誰にでもあるよね」
 ぼんやりとほうきを左右に動かして、校舎裏の精を出すシンジがここに居た。
「まあこれはこれで楽しいんだけど……」
 そしてちりとりで落ち葉などを片づける。
 中学、高校がああだったので、清掃に関する想い出がないのだ。
「業者さんがやってたもんな。『向こう』じゃ生徒でやってたけど」
 しかしそれも、こちらに引っ越してくる前の話である。
「こういうのも、遊んで怒られたりして、まじめにぃとか、そういうの、あるんだよな」
 それもまた想い出になり、情操教育へと繋がっていくのだ。
「山岸さんって、そういうのがすっかり抜け落ちちゃってるんだな……僕も人のこと言えないけど」
「なにをぶつくさと口になさっておられるのですか?」
 おやっという顔をシンジはした。
「アネッサ、どうかしたの?」
 そこにいたのは、確かにアネッサだった。
 珍しくスーツなどを着込んでいた。プラム色で、少しスカートが短めだった。
「…………」
「似合いませんか?」
「新鮮な感じ。そういう服も着るんだ?」
「まあ……着慣れないものであることは確かですわ」
 正直、本人は気に入っていない様子であった。
「お兄様が見立ててくださったのですが……」
「プレゼントなんだ?」
 はぁっとアネッサは吐息をこぼした。
「プレゼントと言うよりも、意地悪なのですわ」
「意地悪?」
「はい。少し、頼まれごとを……それくらいであればと思い引き受けたのですが、なにごとも形というものが重要であると」
「スーツを着るような仕事ねぇ……」
「そのようなものは、それこそ……」
 下の者に命じてと口に仕掛けて、アネッサは思いとどまった。
 ジャージ姿で清掃をしている目前の青少年が、まさに自分が命令口調で話さなければならない、労働階級の人間であったことを思い出したからである。しかし、少し遅かった。
 シンジは気づき、苦笑した。
「まあ、アネッサに頼むってことは、それだけ重要なお願いなんだよね」
「そうでしょうか?」
「暗号化したメールで送っても、どこかで盗み読みされる可能性はあるわけだから。でも、学校に用事だったの?」
「理事様にですわ」
「内容は……知らないか」
「はい」
 そう言えば、と、アネッサは上らせた。
「海」
「ん?」
「お姉様方は、ご旅行に出られると」
「みたいだね」
 シンジはほうきを杖の代わりにして、顎をついた。
「まあ、いろいろと問題は多いみたいだよ?」
「お兄様も、忙しくなさっておいでですわ」
 なにしろと校舎を見上げる。
「一つこの街を出れば、その身に大きな不安を抱えていらっしゃるご息女ばかりですから」
「……よくわかんないんだけど」
「わたくしには」
 育ちの悪い胸に手を当てる。
「フェーサーという名がありますわ。この名を持つ者を亡き者にせんとする方々はたくさんおられますもの」
「そういうのか……」
 生臭い話だなぁと感想を抱く。
「っていうことは……」
「はい」
 シンジはアネッサをまねて校舎を見上げた。
 一クラス三十人ほど、それが一学年数室あって、そのほぼすべての女生徒が、特別な生まれであるというのだ。
 当然、身代金が目当てと言った俗な話から、アネッサのような特殊な事情に至るまで、日常的に注意が必要な者たちは様々にいる。
「その一人一人の方々に、護衛を付けることは事実上不可能ですわ」
「そう? 騎士団をかり出せばなんとかなるんじゃ……」
「それだけの能力者の方々を、この土地から外に出すのですか?」
 それは無用の警戒心をあおり立てる選択になる。
 シンジは、つくづく……と考えようとして、はたと気付いた。
「じゃあ、ここに……この『国』に移住してきた人たちの中には、外よりも治安が良いからって理由の人もいるのかな?」
「それは、当然、そうですわ」



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。