(……考えてみれば、誘拐事件って、怖いものなんだよな)
ところが、の街ではそのような事件が発生しない。
それは警察などが抑止力としての効果を発揮しているのと、同じような機構が存在しているからである。
俗称──騎士団と呼ばれている団体には、多種多様な能力の持ち主が参加している。彼らによる追跡調査は、必要とあらばゴミの山の片隅から、全世界にまで及ぶのだ。
そして跳躍能力者によって、瞬時に事件の解決に乗り出す。
(そういうことを知ってれば、馬鹿なことをしようだなんて、思えなくなるんだろうけど……)
大事なことは、騎士団は警察と、また違った存在だと言うことである。
彼らには負うべき義務も、責務もないのだ。
必要があって集まったのが、騎士団創設のきっかけなのである。
(怖い人たちじゃないんだけどな……)
だがシンジやカヲルは嫌われていた。
──能力者の勝負は、単純に能力の強弱が課題となる。
たとえば能力者の力を増幅するためには、それをできる触媒的な能力者が必要となる。
過去にいた、マサラである。
これは逆に言えば、彼女のような存在無しには、『結果』を増幅することはできないのだと言う結論になっていた。
──ATフィールド。
それは個々人が持つ絶対圏のことである。生体力場が作り上げる確定領域なのだが、能力者はこの範囲内に、様々な不可思議現象を引き起こすのだ。
一説には、エヴァ変質者が所持している膨大なエネルギーが、周辺空間を変質させ、その個人特有の『世界』を擬似的形成してしまっているのではないかという話があった。
このあたりの研究は、まだ始まったばかりのことである。
ともかくも、肝心なことは、能力保有者はATフィールドを『壁』として展開させることはできずとも、微弱ながらにも絶対領域を展開しており、他人の能力を増幅させるためには、このATフィールドの波長に同調しながらも、合一化することなく、共振によって波動を『暴れさせる』ことができなければならなかった。
この特性を理解しないままに、共振作用を求めた能力者同士が協力したとしても、ATフィールドは共振によってたかぶることなく、ただ『浸食』を拒む壁として機能し、反発しようとして働くのである。
──ということは、どういうことか?
能力者は、百人集まったとしても、相乗効果で巨大な力を発生させられるようにはならないのだ。百人の集まりは、ただ百人の能力者が集まった……となるだけのことである。
その百人の中に、目的にそぐう力も持ち主が存在しない限り、それらはただの烏合の衆と呼べてしまう。
ここからシンジや、カヲルレベルのエヴァ保有者に対しては、なんら有効な手段を用いることができないと言う理屈になってしまったのであった。
(まあ……よくあるパターンにならなかったのは、ありがたいんだけど)
弱い人間は警戒するものである。
強い人間が、いつかその力を振るうのではないかとおびえるものだ。
これは良い悪いではなく、本能に根ざす問題である。
強い人間は、突発的な事態に対しても、さしてあわてないものである。
そのときになって、どうにかすればよいのだと、とても肝が据わっているし、またその実力も持ち合わせている。
ならば、力を持たない者はどうすれば良いのか?
(いつ、なにが起こっても大丈夫なように、準備して備えるしかないんだよな……)
それが行き過ぎれば、とても不幸な事態を巻き起こすのだが、シンジには中学時代のことがあった。
綾波レイほどには危険視されていないのである。
絶対に……とまではいかないのは、シンジが親しくしている相手に、渚カヲルが居たからであった。
●
「まあ僕については、今更さ」
シンジはアネッサに着いて、行政府へと訪れていた。
正しくは、カヲルが待っていると、連れ出されたのであるが。
「どうだい仕事は、慣れたかい?」
いいやとシンジ。
「掃除って、けっこう体にくるんだよね……モップとか、腰使うし」
「良いことさ」
時折すれ違う職員に、カヲルとシンジ、それにアネッサの三人は会釈する。
「僕たちは『力持ち』だけど、実際に鍛えることも無駄じゃない」
(突発的に授かった力なんて、いつなくなってしまうかわからないもんな)
シンジはそういう状態を経験したこともあったから、カヲルの言外の言葉を読みとることができたのだった。
「一番辛いのは、眠れないことかな」
なにげなく、そんなことを口にする。
「だらけてたからね。朝起きて、ちゃんと出て、仕事して、帰って……って、そういうスケジュールと、今までの習慣とが、全然合ってないんだよね」
「それで、眠れなくなるのかい?」
「疲れを抜くことができないんだよ……疲れすぎて眠れなくなって、寝てないからよけいに疲れて」
それは問題だねとアネッサに頼む。
「どうだい? シンジ君を癒してあげては」
「まあ……」
にっこりと、花のような笑顔を浮かべる。
「それは、どのようにして、ですの?」
しかし目は笑っていなかった。
「……冗談だよ」
でもと、ぐちぐちと言う。
「シンジ君になら、アニーを任せられるのに」
「まだあきらめていらっしゃらないんですの?」
またってなにさとシンジ。
「変なこと、考えないでよねぇ……」
カヲルはげんなりとするシンジを笑った。
「別に、妻として、なんてことは言ってないよ。愛人でも、第何婦人でもかまわないさ」
「お兄様……」
それは良いお考えですわと、アネッサは一緒になってからかった。
「どうでしょうか? 第一夫人の座はコダマ様……ですか? その方にお譲りして、第二と第三はレイお姉様にアスカお姉様……ああ、マユミ様もおられますから」
「もうやめてってば!」
必死になって押しとどめる。
「カヲル君も、そういう冗談はやめてよね。趣味が悪いよ」
いいやとカヲルはかぶりを振る。
とても真剣な顔をして。
「趣味の悪さで言えば、僕なんて比べようもないよ」
珍しく、その秀麗な顔をゆがめている。
シンジは踏み込むのをためらって、深く訊ねようとはしなかった。
面白くなく、多分に不快な思いをさせられるだけだなと、察することができたからである。
「それで、僕に何の用なの?」
カヲルはこの先で、騎士団のトップが待っていると話した。
「能力保有者ではなくとも、学校の女の子達は国民だからね……添乗員ついでの護衛役を選出して、出したいってことなんだけど」
「なにさ?」
「僕たちの監視には、いつも人数を取られている。だから、この際」
「まさか」
シンジは顔を青くした。
「僕に、一緒に行けって言うんじゃ」
カヲルは非常に曖昧な形で笑って見せた。
それは、自分から最後まで言わなくて済んだという、曖昧な感情を形とした表情であった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。