レイの膝の上には、問題の少女が泣き疲れて眠っていた。
 すがりつくような姿勢である。その寝苦しさが悪夢をよりいっそう酷いものへと強めているのか、眉間に縦皺が寄っていた。
 レイはそんな少女を見下ろして、少しだけ、ほんの少しだけ吐息を漏らした。
(あたしたちと違う生き物だ……)
 泣きわめき、不安をぶちまけ、そうして最後には助けてと泣きついて、疲れて眠ってしまった。
 シンジや……少なくともアスカは、後天的に目覚めた人種であるはずである。
 そのほかの少年少女とてもそうであるが、このように取り乱したりはしなかったものだ。
 ならば、なにが違うというのか?
(マユミちゃん……自分を責めてなきゃ良いけど)
 そんな心配もある。
 こうしてやることで、少女も少しは安心し、眠っている。だが、レイは決して少女の不安を理解してはいなかった。
 きっと、目覚めれば、どうして理解してくれないのかと不満を持って、逆に当たってくるはずなのだ。
 その程度の予測は付いていた。
(でもシンジクンに任せるってわけにもいかないし……)
 他の誰にでも同じである。
 この少女が手にしたものは危険すぎる……。レイは、涙にくすんでしまった黒髪をなでつけてやりながら、そっとため息をこぼしたのであった。



 ──雷が落ちる。
 晴天である。
 雨雲どころか、雲一つ見つからない。
 そんな天気であるというのに、街の一角……再開発地区の片隅、解体中のビルの谷間は暗かった。
 足を踏み入れたシンジとレイは、最初は驚き、とまどった。
 まず、レイの力が異常動作を引き起こした。
 量子レベルでの運動を操作できるレイの能力発動が阻害されたのである。
 それは、この場の物質の運動を、何者かがレイ以上の力でもって、支配下に置いているということであった。
 そして、それは、シンジにも言えた。
 レイは、シンジの体が徐々に光り出したので驚いた。
「シンジクン?」
 シンジはレイの呼びかけに、無意識の内に発動されていたATフィールドの存在に気が付いた。
 守るように、フィールドの範囲を操作して、レイを身のうちに引き入れた。
「ん……」
 レイは一瞬、つやっぽい声を出した。
 フィールドは自意識領域の拡張でもある。取り込まれるのは、一種、犯されるのと同義なところもある。
 普通は、人は、このようなことは嫌がるものだから、反発し合う形となって現れる。
 それを、レイは、シンジが守ろうとしてくれているのだからと許容して、彼に包まれることを認めたのだ。
「シンジ……クン?」
「ごめん。でも、危なそうだから……」
 シンジの自己防衛境界線、ATフィールドの断層面が、ちりちりと金の粉を噴いていた。
 ぶつかる力が弾けているのだ。
「強くはないけど、体には悪そうだ……」
 問題は、他にもある。
 量子とまでは行かずとも、原子、分子のレベルでの操作であるのかもしれない。となれば、この場を満たしている空気、酸素などは、すでに人が呼吸できるものではなくなってしまっているおそれがあった。
 最悪、毒素そのものであるのかもしれない。
「この先に、いるの?」
 シンジはわからないとかぶりを振った。
「逃げたって子かどうかはわからないけど……」
 シンジは言った。
「こんな危険な感じ……久しぶりだよ」
 ビルの谷間とは言え、そう深くはないし、先も知れたものであるはずなのに、奥を見通そうと目をこらしても、真っ暗闇でわからなかった。
「ダークマター……暗黒物質を放出するのがその子の力か……なんちゃって」
 シンジは、絶対、暗黒物質が何かを知らずに言ってるなと思ったが、さすがに冗談に乗る気にはなれなかった。
 ただ、気分的な高揚感は認めていた。
(これって、使徒と戦ってたときの感覚だ)
 まだ力が使えず……エヴァに乗っているだけだった頃の感覚。
 それをシンジは、今に感じて、レイもまた感じているのだろう、シンジと同じ顔つきになっていた。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。