「船尾貨物ハッチオープン」
「速度、軸合わせ共に良し」
「大きいな、どうだ?」
「四十メートルの巨人と百メートルの船ですよ? 両方なんて入るわけないじゃないですか……」
その言葉を聞いて、小さなウィンドウの中で金色の髪の少女がにっこりと微笑んだ。
「こっちの船は潜行させ、そちらを自動追尾させますから問題ありません」
「しかし航続距離の問題は?」
ミサキとやり合っているのはコウゾウだった。
「普通の船じゃありませんから、それよりわたしの要求は?」
「……客室を用意する。そちらの行動を制限したりはしない。その代わりにこちらの命の保証はしてもらう」
憮然とした彼女は言った。
「……こんなかーいい女の子が、そんな事すると思いますぅ?」
両頬に人差し指を当ててぶりぶりっとする。
十五・六と言ったところだった。髪は肩より少し長めで、全体的にシャギーがかかっていた。
「正直どうして今まで謎の存在とされていた君たちが、こうも安易に姿を見せてくれるのかわからなくて戸惑っているよ」
「だってあたし達はなんにもしてないしぃ、ヘヴンズキーパーだって、あたし達に会った事のある人って居ませんよ?」
ブリッジがどよめきに満たされた。
「こんな所で国際級の秘密に触れられるとは思わなかったよ」
「それはなにより」
今度はにっこりと温和に微笑む。
一気に歳が五つは増えたように見えた。ミサキとはそう言う女の子だった。
「それじゃあそちらに移りますから、だまし討ちは無しですよ?」
ウィンクの後に通信が切れた。
その可愛さにだらしなく緩む男性クルーに、女性側から冷ややかな視線が投げかけられる。
「エンジェルキーパー……どう思うかね?」
隠しウィンドウにリョウジが映っていた。
「彼らがその気なら、とっくにこの船は沈んでますよ」
「そうだがな……」
エヴァを収容する。軽い振動が伝わった。
急いで修復された外壁。だがエヴァの張り付けた手形だけは生々しく残っている。
アスカはその前でミサキに引き合わされていた。
なにこの女?
それが第一印象だった。
「ん〜〜〜、なるほど。アスカちゃんってこんな子だったんだぁ?」
ジロジロとアスカを値踏みするように、何度もぐるぐる回っている。
「あんたねぇ! きゃ!」
ぺろんとスカートをまくられた。
「ななな!?」
「あ〜あ、濡れて透けちゃってる」
ボッとアスカは赤くなった。
「何てことすんのよ!」
「大丈夫よ。見てたのこの人だけだから、ね?」
そっぽを向いているリョウジが居る。
「なぁに子供相手に照れてるの?」
「ん、いや見てないと言うことにするのが普通だろ?」
「見られたぁ〜〜〜、あーん!」
泣き出すアスカ。ニコニコと笑うミサキ。困り顔のリョウジ。
カヲルは三人から少し離れて、軽く肩をすくめていた。
「かーんぱーい!」
コンッとぶつかった缶が鳴る。
シンジは目の前の食べ物を確認した。
空揚げ、ハンバーグ、クッキー、ビスケットに乗せて食べるための缶詰。
……レトルトとそのまま売ってる惣菜ばっかりじゃないか。
シンジはくいっとコーヒーを飲んだ。
「ま、二人の同居記念に時間かけて何か作るのもバカらしいし!」
「……ほんとはこんなのばっかり食べてるんでしょ?」
マナは引きつった笑いでごまかした。
「まったく……」
「それよりもぉ〜〜〜」
ずりずりっと移動する。
「な、なにさ?」
「あの車! 今度乗らせて?」
しなだれかかる。
「ねぇ〜〜〜、いいでしょぉ? ねぇってばぁ」
だめだよっとシンジは慌てて逃げ下がった。
「え〜〜〜? どうしてぇ!?」
「だってあれ……燃料だって高いんだよ?」
「燃料?」
「うん。緊急離脱用のカプセルユニットを車に改造してあるんだよ。駆動は内燃機関なんだ」
「い、いんちき!」
「電気駆動車に負けるはず無いんだよ」
ビスケットをかじりながらシンジは笑う。
「それにあれは目立つからね? そんなに乗りたくないし」
「でも良いの? こんな所に置いといて……」
「ロートルだけど一級戦闘艇だからね? ここ、軍の敷地なんだ」
「うそ!?」
「かなり厳しく監視されてる。さっきのバトルも衛星で記録されると思うよ?」
「もう!」
ぷりぷりと怒る。
「たまに軍の人達も様子を見に来るからね?」
まあ僕のせいじゃないんだけど、と、シンジは心の中で呟いた。
居住施設としてのドームは幾つかあって、それらが繋がり巨大な街を形成している。
他の街へはシンジ達が戦った様な道路を使うか、あるいは飛行機を利用するしかない。
どちらが一般的かは言うまでもないことだった。
ゴォオオオオオ……。
宇宙ステーションから直接プレーンが降りて来た。
ツルのように口先の折れた機体がゆっくりと着陸する。キュキュッと鳴いたタイヤが接地と同時に深く沈み込んだ。
赤い眼鏡に髭面の男と、青い髪の少女。
機体の客室には、二人の人間が、離れた席に座っていた。
「アスカ、何処にいっとったんや!?」
「ん〜〜〜、ちょっとドジっちゃってねぇ」
ぼりぼりと頭を掻いてごまかしにかかる。
「いいけどあんまり心配かけるなよぉ?」
「あんたに心配してもらわなくても……」
「俺じゃなくてトウジだよ」
「な、なに言うとんねん!?」
背後で騒いでいるのだが気にしない。
「ねえ? それよりヒカリ知らない?」
「そっちの部屋じゃないのか?」
「……何処に行っちゃったんだろう」
ヒカリはトウジ達の部屋へ向かう途中で、立ち尽くすようにして固まってしまっていた。
仲のいい男女が真っ正面から歩いて来る。
あれって……、カヲル君!?
苦笑いを浮かべている。もう一人はミサキなのだがヒカリが二人の関係を知るはずも無い。
カヲルはヒカリに気がついたのか? ミサキから離れるように歩幅を広げた。
「やあ」
「あ、え!?」
「ヒカリさん……だね?」
ヒカリは舞い上がって返事ができなかった。
しかしそれ以上に、隣の女子の存在が気にかかってしまう。
「君は確か、アスカちゃんと同じクラスだね?」
「え、え!?」
アスカ!?
憧れの人から告げられた名前に驚いてしまう。
「彼女をよろしく頼むよ?」
すっとそのまま通り過ぎていく。
アスカ……、アスカ!?
シャンプーでも香水でも無い、不思議な香りが鼻をかすめた。
磯の香りだ、ヒカリが知るはずも無い匂い。
ガチャ……。
ドアを開けて、カヲルがエスコート役を買って出ていた。
ありがとっと小さく笑って中に入る。彼女に続こうとしたカヲルが両手で押し出されて来た。
「僕でもダメなのかい?」
「こう見えてもレディーですから☆」
フケツよー!
ばたばたとヒカリは駆け出した。
両手で顔を隠して……、妄想モードに入っていた。
「最低〜〜〜」
つり革に全体重を掛けたのはマナだった。
「なぁんで電車なんかで学校行かなきゃなんないわけ?」
ぶつぶつと不平を漏らすが、マナはシンジから離れようとしなかった。
「……別に逃げやしないんだから」
「そういって勝手に走りに行っちゃうつもりなんでしょ」
でもなぁとシンジはモノレールの中を見回した。
明らかに様子を探られている。
それも柄の悪い連中ばかりにだった。
「やっぱ目立っちゃう?」
マナはぶら下がっている姿勢のままで、シンジの顔を覗き込んだ。
「……普段見ないタイプの人達ばっかりだからね。なんで睨まれるんだろ」
マナの頬が赤くなった。
「……前にね? ちょっと宣言しちゃって」
「え?」
「付き合うならあたしより速くなきゃダメって……」
「それって、ええ!?」
驚いて首をぐりんと回転させる。
しかしマナはそっぽを向いていた。
「……まだ張ってるよぉ」
そっと倉庫の入り口から外を覗く。
学校だけでも胃が痛くなるような状態であったのに、シンジ達は家にまで追いかけられてしまっていた。
「あたしのファンが半分、勝負したいのが半分じゃない?」
マナは機体の左翼に腰掛け頬杖をついていた。
「そんなぁ……」
「その内、車持って乗り込んで来るかも……」
でも……とシンジは機体を眺めた。
「説明したでしょ? こいつなら誰が乗っても勝てちゃうよ」
「そう?」
「僕がマナに勝てると思う?」
「……思う」
「へ?」
シンジは間抜けな声を漏らした。
「……シンちゃんカーブの出口で外側から被せて来たでしょ?」
まるでマナのラインを読んだかのように。
「アウトに膨らんでく車に合わせるなんて普通じゃないよ」
「そうなのかなぁ……」
実を言えば、抜くためのラインは表示されていた。
シンジはそれに合わせただけだった。
「……じゃあさ」
「なに?」
「やっぱりマナに乗ってもらおうか?」
ゆっくりと頬を上げる。
「いいの?」
「うん……」
「ダメなんじゃなかったの?」
「限界走行は僕じゃ無理だし、ね? ただし!」
「条件付き?」
「僕を後ろに乗せること!」
「うん!」
勢いよく飛び降りる。しかし彼女は失念していた。そこにあるのは床ではなくて……工作機械の群れであった。
がしゃん☆
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。